サナトリウム -11ページ目

ヘッドライト

 昨日、夜、ふとテレビをつけてみると、中島みゆきが歌ってた。淡々とニコニコ歌ってるんだけど、声には力があるんだな。ニューヨークで撮影やらならにやらがあったらしい。僕が好きなのは「ヘッドライト・テールライト」。ちなみに彼女のじゃないけど「乾杯しよう」も結構気に入ってる。


リプチンスキー上映会?

ポーランド出身の映像アーティスト、リプチンスキーのDVD上映会があるらしい。

http://blog.melma.com/00086158/

メカラウロコ

 イエローモンキーの最後のイベント「メカラウロコ15」に行って来た。人がいっぱいだったので展示は見れなかったけど、二時間のビデオは本当に面白かった。イエローモンキーのことが本当に好きな人が作ったんだなーとつくづく思う。インディーズ時代の、歌も演奏も下手な頃の映像が見れてうれしかった。「Wellcome to my doghouse」なんか、昔とドームでやるようになった時とは大違い。
 最後に、彼らが出てきて「JAM」を奏ってくれたときには大感動で、涙が止まらない。吉井和哉も、ちゃんと化粧をしてイエローモンキーとして登場してくれた。彼らは何も言わかなったけれど、彼らはいったい何を言えたのだろうか、と思う。解散の理由も、よくわからないしね。
 有名になってしまい、かつてのハングリー精神が薄れつつある中、あまりたいしたことのない曲でもシングル化されてしまう、そんな状況がいやだったのかもしれない。いや、でも、ヨシイロビンソンよりも、ヒーセーのソロ活動よりも、四人集まったときのあのエネルギーを超えるのは難しいでしょうな。
 いやでもやっぱり、彼らは最高のバンドでした。

 Are you a Dreamer?
Yes, of course, I am a Dreamer.

ドキュメンタリー

 フラハティーの「極北のナヌーク」を見た。ドキュメンタリーというよりも、エンターテイメントだった。ドキュメンタリーと劇映画の違いは、映画を作る順序であって、ドキュメンタリーが現実にあるものを撮ってそこから映画を組み立てるのに対し、劇映画はこういうものを作ろうという意図の下に現実を操作して撮った映像を元に編集して物語を作る。どっちにしても、作者の意図というものが、ハリウッド映画には特定の作者なんていないかもしれないし、そもそも作者っていうのを持ち出すのは厄介なんだけど、作り手の意図が反映されるのは間違いない。
 「極北のナヌーク」には心躍らせるような軽快な音楽が最初から最後まで付きまとい、ナヌーク自身は何一つ語らず、ナレーターが全てを解説する。
 ああ、なんか、今の「戦争」報道と似てはいないだろうか?イラク人の生の声は、報道されているか?なんてことを思った。

朝のテレビ

 朝起きてテレビをつけると、イエローモンキーの「メカラウロコ」が開催されるというではないか。本人達の生演奏はないけれど、15年の活動を振り返るビデオが二時間上映されるらしい。
 僕が「メカラウロコ」に行ったのは、もう四年位前かな。武道館のアリーナの一番端っこで、マリーになった吉井和哉を見れてうれしかったのを覚えている。今回は、ビデオ上映だけだが、チケットが取れたら、最後に彼らに会いに行ってみようかな。黒っぽい服を着た女の人でいっぱいなんだろうな。

おお

 このブログを始めて、初めてコメントをいただいた。こっそりやってるブログだけれど、見てくれる人はいるんだなー。ポーランドのジャズがお好きとのことでしたが、僕はコメダ Krzysztof Komedaが好きです。昨日の夜は、スコリモフスキーの「出発」のサントラを聞きました。

フェルディドゥルケ


 ポーランド人劇団の「フェルディドゥルケ」を観た。あー、舞台ってこういうもんなんだなー、とあらためて感動。もう、ちんけな芝居は観れないな。俳優はやっぱり、存在感。声を届かせようとするだけの素人俳優たちこそがこの芝居を観て見習うべきだ。

独り言


 映画やら演劇の字幕制作に追われ、夜な夜な仕事をする。
こんなときに心を安らかにしてくれるのは音楽だ。今聞いているのは
イエロー・モンキーのアルバムSixsの最後の曲、For grandmother。
ああ、心が癒される。淡々と流れるギターに合わせ、吉井和哉の力強いが
しっとりした声が最高。血がーないてるんだよー。 
 こんなとき音楽ってすごいと思うね。村上春樹もどっかで書いていたけど。
この曲以外にすきなのは、ボブ・ディラン。風に吹かれて、と、天国への扉。
歌詞も良いけど、やっぱり声だ。叫ばなくても、大きなものを伝える声だ。 
 誰も見ないブログだからこんなことが書ける。あー、仕事に戻ろう。








報道について

広河隆一氏の言

1.戦争の現場に行ったら、その戦争、戦闘以前の地図を探す。
  戦後の地図からは消えてしまっているかもしれないものを確認するため。

2.モノクロ写真。カラー写真に映りこむ多すぎる情報を削除するため。

3.加害者は被害を隠す。

4.占領軍は腐敗する。

フォト・ジャーナリストの生の声が聞けたのは貴重な体験だった。

でも、ひとつ疑問がある。
残酷な現実を映す写真でも、構図と光の関係から美しく見えてしまうことがある。
この美しさをどう説明すればよいのか。



ヨハネ・パウロ・二世

 気まぐれでこのブログを始めてみたわけだけど、誰にリンクしているわけでもないのでアクセスは上がらないが、そのことはあまり気にせずに文章の練習だと思って書いてみよう。今回はヨハネ・パウロ二世について少し。
 彼がポーランド人で、もともとはカロル・ヴォイティワという名だということはさておいて、彼の職名について若干説明しておこうと思う。
 彼は英語で言えばPopeだが、日本語では「ローマ教皇」とも「ローマ法王」とも訳される。「法王」という語は、元は仏教の考えから来ているもののようなので、カトリック側からしてみると「教皇」の方が相応しいらしい。「教皇」は常にローマ(ヴァチカン)にいるので、特に「ローマ」は付けなくてもいいのかな。でも、Popeという語は、そもそもは「父」という意味で、「教皇」ではないのでけれど、彼の果たす役割を考えると「教皇」になるんでしょうね。ま、翻訳語はさまざまなバイアスがかかって作り上げられるものだし。
 では、彼の故国ポーランドではどう呼ばれるかというと、ojciec swietyかpapiez
(特殊記号略)。前者は「聖なる父」を意味し英語で言うところのPopeであり宗教的な意味で使われるが、後者は宗教的な文脈ではないところで同じ人を指して用いられる。ともかく、宗教的な意味では、彼は「父」なのだ。
 近代の政治は宗教を排し世俗化を進めてきたが、今日、バチカンはというよりヨハネ・パウロ二世は宗教的権威として世界の政治に影響を与えようとしている。詳しくはまだ知らないけど、気になる。