明後日4月22日は、「アース・デイ」です。
  できるところからみんなで地球の環境問題を考えようと、今から37年前アメリカで始まった運動だそうです。
  私も詳しくはわかりませんので、このWEBサイト ↓ を見てみようと思います。
                  http://210.150.197.171/2007/about.html

  私の家からいつも時季になるとカッコウののどかな鳴き声が聞こえたのですが、10年ほど前から聞いたことがありません。ツバメも昔に比べるとはっきりと少なくなっているように思うのは私だけでしょうか。何か、地球的に環境に大きな変化が原因でなければいいのですが。

  さて、今年は我が家に居ながらカッコウは聞くことができるでしょうか。もちろんちょっとまだ早いですが。  

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  2,3日前から、ある道具を入れる木の箱を作っています。
  狂いも少なくまずまずかなと喜んでいた矢先ポカをやってしまりました。蝶番を内側に付けて洒落た感じにする計画でしたが、勘違いで外付けタイプに取り付け部を削ってしまいました。そんなわけで、少し無骨になるでしょうが、蝶番は外付けにすることに変更しました。
  残りの作業は、砥の粉をきれいに拭き取ってニスをぬり、蝶番、パッチン錠、真鍮タスキステー、取っ手を取り付けて完成です。
  それにしても、材料費にはかかってしまいました。結局、出来合いの物を探して買ったほうがはるかに安く(多分1/3くらい、又はそれ以下の費用)あがったことまちがいなしです。畑の家庭菜園と同じなんですね。でも、物を作るというのは、出来はともかく楽しいものです。

 昨日17日は午後5時半に魚沼市民の憩いの場、小出公園にウォーキングを兼ねて花見の下見に行ってきました。(だいぶ日が長くなりました。)
  たくさんのソメイヨシノがありますが、海抜150mより高いところではつぼみは紅色になってはいますがまったく咲いていません。わずかに下って海抜120m周辺では平均的には二分咲き、海抜110mの私の自宅周辺では三分咲きといった感じでした。
樹齢、風、局地的な気温差及び日較差、湿度、積雪の多少、等々様々な要素で一概に相関関係を推し量ることなどはとてもできないことですが、乱暴を承知でちょっと計算をしてみました。
  仮に今日18日に150m周辺で開花したとすると、私の町内で平均的には開花が4月14日でしたから、標高差40mで開花が4日遅れるということになります。
  一般的には高度100mあがるとで気温は0.6℃下がると言われたいますから、この場合小出公園と平場の気温差は約0.3.こんな計算をしていくと気温が0.3℃違うとソメイヨシノの開花日は4日ズレルということになりそうですが・・・・でも、やっぱり考え方が稚拙ですし、何よりもあまり意味がありませんね。
  と言いながらも、やはりちょっと気になりますので、来年また忘れなかったら観察して見たいと思います。

画像昔から春先の葉と鱗茎を食用にしてきたユリ科の多年草植物です。
  私は、このまだ小さめの鱗茎が大きくないほっそりとしたものが、辛みがやわらかくてすきです。写真のものは数日前にとってきたもので、晩酌をさらにおいしくしてくれました。
  ところで、このアサツキを10年ほど前山からとってきて庭のミズナラの木の下に植えておいたのですが、奇妙なことに、いつの間にか(植えたはずのない)ニラが生えており、アサツキはなくなっていました。まさかアサツキがニラに変身したわけでもないでしょうに・・・・・ちょっと不思議です。

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  気になっていた、中越地震の震源地の近くの二子山という里山に行ってきました。中部北陸自然歩道にある山ですが、地震の傷跡はほとんどそのままです。至るところに幅1メートルくらいの地割れがあり、あっちに飛んだりこっちに渡ったりで、しまいには登山道さえもわからなくなるほどの無残な有様です。ただ、地割れの縁にショウジョウバカマやカタクリが、何事もなかったように今を盛りと咲き誇っている様子になぜかほっとしました。

  頂上では、写真のような簡単な無線のアンテナを立て、手のひらサイズの手作りの無線機で、偶然に前からの無線仲間である九州のMさんと交信できてびっくりしました。
1000キロの彼方の彼は福岡県のクボテ山(多分、「救菩提山」?)という山の頂上で同じように電波を発信していたとのこと。彼は約50キロの道を自転車でアプローチし、標高782mのその山は雲り空ながら、あたたかくて鳥がたくさん歌い最高の気分だと1000キロの彼方から伝えてきました。
  携帯電話と違って、双方の間には只一つの中継所があるわけでもなく、一方のアンテナから放たれた電波が電離層で反射し、減衰しながらも他方のアンテナに到達してコミュニケーションがとれる___ここに何とも言えないロマンを感じるのです。