毎年この頃になると、残雪の越後三山とまぶしい新緑、それにこの草原の赤いヒメスイバのコントラストがいかにも初夏という雰囲気で、好きな風景の一つになります。
 前の晩、ちょうど絵を始めた10年前の5月21日に描いた絵を眺めながら、もうちょっとこのへんにあの色が、緑と全体の色調はもっとこうして、などと思いが膨らんできました。
 緑色など色の扱いも何も知らない頃の絵を見て、翌日リベンジするような気持ちで勇んで出かけました。

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                                  WATERFORD F6  /  HOLBEIN

 近年、急に公園などあちこちに広がり害草といわれるこのヒメスイバ。ここでは意外と広がっていませんでした。三山の残雪の雰囲気は素晴らしいが、PM2.5のせいもあってか景色は何かいまひとつスカッとしない。どうもイメージしてきた雰囲気と少し違います。近い所ですから、また頃合を見て出直すことにして帰りました。

  ヒメスイバ(タデ科)は、ヨーロッパ原産の帰化植物、小型のヒメスイバ(姫酸葉)といことらしい。性質は強く群生しやすく、シュウ酸を含むため家畜が食べないので、牧草地では害草として嫌われているということです。

 でも、これが沢山集まると、花期には花(実?)が色づき、地面一帯が赤く染まり紅葉かと思うような見事な美しさです。

 
  
ここ新潟県南魚沼市旧塩沢地内。山の雪解けの清冽な水が豊かに流れ、水田の早苗に皐月の風が吹き渡ります。あたりはすっかり新緑となり、木立の向こうには残雪の消えた飯士山(いいじさん)が、清々しい雰囲気で聳えています。
南魚沼市と湯沢町にまたがるこの山は標高1111.8m2050万年前に活動した成層火山とのことで、向こう側の南東側のなだらかな山容にその特徴がよく現れています。標高こそ低いですが、越後湯沢を代表する名峰で、その秀麗な姿はどこからでもよく目立ちます。

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                      Stillman&Birn   14X22   /  C.W&N
 
山名の由来については、山頂に穀物の神様を祀ってあることから「飯」、山の形が富士山の姿に似ていることから「士」、よって「飯士山」となったのこと。また、荘園の上田荘が一帯にあったことから、別名「上田富士」とも呼ばれていたそうです。
 四季それぞれ何回か登りましたが、頂上からは360度の大展望が広がります。谷川連峰の美しい姿をはじめ、八海山・中ノ岳・越後駒ヶ岳の越後三山や巻機山など、「日本百名山」のいくつもの名峰が望める雄大な風景です。また天気が良いと越後平野の向こうの、日本海に浮かぶ佐渡ヶ島を見ることもできます。
東京方面に向かうこの国道17号の、南魚沼市の長い直線部のどこを走っていても、飯士山が見事なまでに真正面に見えます。道路の建設図面を引いた人が、まるで粋な計らいでもしたのかと思うほどです。

峻険な山の西側とは対照的に、南東斜面では緩やかな地形を利用して、1931年から始まった岩原(いわっぱら)スキー場が広がっています。子供の頃、進駐軍専用スキー場から一般に開放されたこのスキー場で、初めてリフトというものに乗ったことを懐かしく思い出しながらスケッチをしました。 

   

 新潟県柏崎市にある黒姫山は、ほかの多くの黒姫山と区別するために「刈羽黒姫山」とか、「越後富士」とも呼ばれ、古くから米山、八石山とともに刈羽三山に数えられる信仰の山として、人々に親しまれています。
 
 海抜は891mでそれほど高くはないですが、周囲にはこれより低く山容にも特徴のない里山が連なっているので、この黒姫山はどこからでも目だって見えます。
 とくに長岡市の北部やさらに北の見附市から見ると、さすがに遠くて小さくはなりますが、まるで富士山のような形に見えます。昔から俗に「越後富士」とも呼ばれていたことがうなづけます。

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                                      Langton F8 (部分)/  HOLBEIN

  この絵は、長岡市の「水道公園」のすぐ脇の信濃川の土手から描きました。随分遠くで小さく見えたため、幾分デフォルメしてみました。
 ふだん散歩がわりに登っている魚沼の御嶽山から、西約40キロに見えるこの山は、両翼が張って無骨ながらもっと大きく堂々として見えます。見る方向によって、いろいろとその形が変化して見えることも、山の魅力の一つとも言えるかもしれません。
 
 ちなみに、ネットで「越後 富士」で探してみると4つも出てきました。
県内でもこんな調子ですから、富士と名のつく山は日本全体では一体どれくらいの数に上るのでしょうか。関係の本もたくさん出版されているようです。○○富士という山名は、国土地理院の地図上の正式名ではないものが多いこと、また、何々富士と呼ぶ定義もそれぞれですから、カウントは事実上不可能のように思います。
 
 いずれにしても、昔から日本人の心の中に、富士山がいかに賛嘆と敬意の対象であったかということがうかがい知れます。



 
 散歩コースの里山の頂上から双眼鏡で見ると、いつもの河岸段丘下の湿地帯に黄色の筋が見えます。そうか、もうそんな時期かと思いながら下山、車でそこに行ってみました。
 そこは見事に咲き出したサワオグルマ(キク科)で、黄色に彩られていました。
 
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                         WHITE WATSON F4 / HOLBEIN
 東京からの幹線国道17号がすぐ上を走り、大型スーパーの前の河岸段丘のすぐ下にあり、ミズバショウやザゼンソウなどの群生地です。
 段丘下で水はけがよくないためなのか人手不足のためなのか、以前から、耕作されない所にサワオグルマが見事に広がっていました。
 ところが今年は、サワオグルマの群生がこれまでの半分以下になっているように見えます。近くには大きなトラクターが置いてあり、どうも畑にする作業が進んでいるようです。ここは自宅から数分の所のため、いつでも絵は描けると思っていましたが、絵を始めた頃何気なくこの絵を描いておいてよかったと思いました。

 田植えの準備に水を張った田んぼの向こうに、高齢の方の大きな入所施設が見えます。薫風が吹き渡りとても環境の良い所です。
黄色は明るい色で、光や太陽をイメージし、見ているだけで心が弾み楽しい気分になってきます。その施設の窓からは、このサワオグルマの群生地はどのように見えるのでしょうか。

  
 4月30日、十日町市内に出かける用があったので、その後、十日町市の当間山(1,016m)に登ってみることにしました。この当間山は、魚沼スカイラインのほぼ南端に位置していますが、積雪期には登る人はほとんどいないらしく、ネットでも情報を見つけることができませんでした。
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  現地は予想以上に残雪が多く、当間天文台の手前数百メートルの地点で車を降りました。山支度に着替えていると、下からオフロードバイクに乗った人が、あわてたような感じでやってきます。山菜採りが目的だったら止めてほしいと言う。周りを見ると、なるほど大きなフキノトウが、畑かと思うほど一面に広がっています。都会からの観光客がたいへん喜ぶとのこと。目的は登山だと伝えると、今年は残雪が多いので気をつけてとアドバイスをいただく。


 無雪期には何度か登ったことはありますが、残雪の上には踏み跡もなく、非常にゆるやかな台地のような地形のため、ルートがよくわかりません。結局、いつものように地図と磁石とカンを頼りに登り始めました。


 ブナの二次林らしく、見事に似たような太さのブナが混んでいて、周囲がほとんど見通せません。なかには、見事な熊の爪痕がついたものもあります。

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                                         Stillman&Birn   14X22   /  C.W&N
 芽吹いたばかりのブナの葉を包んでいた芽鱗がその役目を終え、雪の上一面に淡い茶色に散っていて何とも言えない美しい光景です。ニュウナイスズメが盛んに残る葉芽か実をついばんでいます。


 ブナの新緑の木漏れ日のもとで遅い昼食。その後スケッチなどをしていたら、思わぬ時間が過ぎてしまい、時間切れです。残念ですが、頂上まであと200メートルくらいと思われる地点で引き返すことにしました。帰りは、登山靴で雪面を滑るように小走りに下るので早い。登りの半分の時間で車の所に着いてしまいました。


 そこには、猟銃を担いだ春熊狩りの人が2人帰り支度をしていました。冬眠から覚めたツキノワグマは、秋に地面に落ちたブナなどの実や、雪崩で死んだ動物の死骸などを探して、ブナの根元に出きた穴や雪崩の跡によく集まるという話を思い出しました。「いいところまで追い詰めたんだけど逃がしてしまった」と残念そうです。
 大きな新しいニホンカモシカの足跡は見ましたが、知らぬが仏のような今日の山歩きでした。