今日の散歩おじさん地域は青空が広がり、少しばかり見えた雲も高い所の薄い雲で日差しを遮るような事はなく、穏やかな晴天となりました!
さて今日の記事は1月の終わりに歩きました「旧水戸街道」です!
2013年から歩き始めた「旧日光街道」を2019年に踏破した後、「川越街道」に続いて「成田街道」と短めの所を歩いたのですが、この度は「旧水戸街道」を辿って水戸のご老公様に挨拶しに行こうと言うことで歩き始めましたv(。・・。)イエッ♪
旧日光街道の時は、年に1回しか歩かなかった年もあったりして、21宿/143kmを日数としては延べ16日だったのですが、実に6年かけて歩いたというスローペースだったんですけどね・・・(^^;
旧水戸街道は19宿/116kmということで、できるだけ間を開けずに歩いていきたいなと思っていますが、さてさてどんな道中になるでしょうか(^.^)
旧水戸街道の道中は、北千住の「宿場町通り」すなわち昔の「千住宿」からスタートです!
千住宿は日本橋から出発して日光街道の最初の宿場ですので、当然のことながら2013年に日光を目指して歩いた時にも通っているわけですが、実は「水戸街道」は千住宿で「日光街道」と分かれるので、その分岐点から道中開始というわけです(・ω・)ノ
千住の宿場だった辺りには、なかなか趣のある建物が残っていますよ!
朝早かったので開店前でしたが、こちら「かどや」さんの「槍かけだんご」は店頭で食べることもできるので、千住散策の時にはお勧めですよ(๑´ڡ`๑)
ところで「槍かけだんご」の名前の由来となった場所を後ほどご紹介しますので、覚えておいてくださいね!
かどやさんから60mほど進んだ交差点が日光街道と水戸街道の分岐点でして、画面右奥へ進む道が「水戸街道」です(#^.^#)
矢印で示した所に道標がありますので近づいてみますと・・・
画面に向かって左側に「北へ 旧日光道中」、右側に「東へ 旧水戸佐倉道」と刻まれています!
どちらも「旧」の文字が使われているので、比較的近年に建てられたことが分りますが、分岐点が明確に分かるありがたい道標です(^_-)-☆
・・・ということで道標に従って歩き始めた「旧水戸街道」がこちらなのですが、「えっ!? 水戸街道ってこんなに狭いの(@。@)」って思われるかもしれませんね(^^;
水戸街道と言えば水戸藩は言うに及ばず、そっち方面の各藩の大名行列も通ったでしょうから、こんなに狭かったはずは無いのですが、千住の町が形成されていく中で道の様子が変わったのかもしれませんね!?
そんなことを想像しつつ、分岐点から300m足らず進んだ所に「清亮寺」というお寺さんがありまして、この清亮寺さんこそが「槍かけだんご」の名前の由来となった松があったお寺さんなのです!
どっしりとした構えのご門をくぐるとすぐの所に、写真と説明書きのパネルが埋め込まれた石碑があります!
説明書きによれば、このお寺には門前を通る水戸街道の向こう側にまで枝を伸ばす松の木があったそうなのです!
↑にも書きましたが、水戸街道は大名行列も通っており、行列の槍持ちはいかなる時でも槍を倒すことは許されなかったそうでして、槍を倒さず通過するには松が邪魔になるので「切ってしまえ」という声が上がったのだとか(@。@)ランボウナハナシダネェ!
しかし水戸光圀公は「老松」を切るのは惜しいということで、「この場所で松に槍を立てかけて休憩とし、出立の時に反対側から槍を取れば倒したことにはならない!」という粋な計らいをしたということから、「槍掛けの松」と飛ばれるようになり、その名が「かどや」さんの団子の名前の由来となったというわけです(#^.^#)
石碑の写真を見ると、なるほど思いっきり通りの向こうまで伸びてますねぇ(@。@)
叶うことならこの目で見たかったですが、残念ながら樹齢350年を数えた松は昭和20年ごろに枯れてしまったということです!
この松が現代に残っていたら、トラックはまず通れないだろうね(^^;
なお、写真の松の手前に写っている石碑は、↑のご門前の写真に写っていますよ(^^)
清亮寺さんご門前から200mほどで荒川土手に出まして、地図を見ますと旧水戸街道は対岸からさらに東へ向かっていますから、昔はこの辺りに「渡し」があったのでしょうかねぇ?
橋が架かっていれば渡し舟に乗ったつもりで渡ることもできますが現在でも橋は無く、泳いで渡るわけにもいきませんので、下流へ1kmほどの所にある橋を渡らねばなりません(^^;
そんなわけでかなり遠回りになりますが、「堀切橋」で荒川の東岸へと渡りました!
橋のすぐ横を京成線が走っていまして、ちょうどスカイライナーが通過して行きました(^^)
堀切橋を渡り上流側へと戻ると、ようやく対岸で土手に上がった所(矢印の辺り)が見えてきたということは、この辺りで土手を降りれば旧水戸街道へと続くはず・・・
・・・なので、その通り土手を降りたのですが、この先の道中は続きの記事でということで、よろしくお願いします(^.^)