旧日光街道 間々田から小山へ① | 散歩おじさんの「ぶらりWalk」

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散歩おじさんが街中やら、公園やらを「ぶらり」した様子を載せています(^.^)

今日の散歩おじさん地域は予報通り「曇り」でしたが、雲を通した日差しが降ってくるような空模様でした!

そういう日差しでもやっぱり気温は上がりますが、それでもカンカン照りよりはずいぶん過ごし易く感じましたヨ(^^)

さて今日の記事は先の週末に歩きました旧日光街道です!

今回は間々田宿から小山宿を目指しました(^.^)

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JRの間々田駅から国道4号線へ出て、この交差点から道中再開です!
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交差点から2分ほどで71キロポストを通過~(^O^)
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71キロポストから6分ほど進むと、かつての間々田宿のほんの少し手前に「逢の榎(あいのえのき)」という石碑がありました(@。@)
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「間々田宿」は日光街道21宿の日本橋から11宿目、距離も江戸および日光のどちらからも18里(約72km)ということで、ちょうど中間点に当たるのだそうです!

ちょうど中間ということで、かつては「間の榎(あいのえのき)」と呼ばれたのだそうですが、いつしか「逢」の文字が使われるようになり、「縁結び」関係のスポットになったのだそうですよ(^^♪
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「逢の榎(あいのえのき)」から間もなくの所に「琴平神社」がありましたので道中の無事を願ってお参りしました!
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画面の右に見えているのは「琴平神社」の石垣なのですが、ちょうどこの辺りが間々田宿の江戸寄りの端だったそうです(^^)
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宿場の入り口に近い所にあった「龍昌寺」は、徳川家三代将軍家光の亡骸を日光へ送る一行が一泊したのだとか(@o@)ホホォ~
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遺体を安置した御霊屋は現存していませんが、本堂の横には「家光公御霊屋跡」という石碑が建てられていました!

さらに進むとちょうど72キロポストの所に「問屋場跡」の説明板がありました!
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↑にも書いた通り間々田宿は江戸から18里(約72km)だったと言いますから、今の国道と旧道は少し道筋が違っていると言っても、大体の距離は合っているようですね(^_-)-☆

「問屋場跡」からわずか3分足らず行くと、今度は「本陣跡」の説明板がありましたから、この辺りが宿の中心だったという事になるのでしょう!
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さてさて、道中を再開してまだ宿の中心まで来たところですが、すでに画像も9枚を数えましたの(^.^)

小山宿までの道中はまだまだ続きますので、今回も例によって連載という事でお願いします!