いつごろからかな、聴き始めたのは。

たぶん高校生。

 でも、本当に好きになったのは大学生のころかな。

 夜、部屋で暗闇の中、レコードをかけながら飲んでた。

 そういうふうに飲むときは、次の日を気にせず、とことん飲むとき。

 まだ、「Closing Time」が手に入らず、「Blue Valentines」ばかり聴いてた。

 ジャケットが好きだった。


 この前の日記を読み返してみたら、

 去年の1番が、「傷だらけの天使」を観かえしたことと那智さんの死になってて、ちょっと気になってしまった。

 当然、良かったことの1番が「傷だらけの天使」で、哀しかったことの1番が那智さん。

 自分の心が大きく動いたということで、並列にしてしまいました。

 ごめんなさい。



 今日はセンター試験。

 僕は共通1次試験の世代だけど、仕事柄センター試験の問題の方が一生懸命に解いているかもしれない。(笑)。


 新学習指導要領になって、その子たちがセンター試験を受験する時には、また制度が変わる。

 東京においては中高一貫校に行ってない生徒にとっては、かなりきつくなる。


 ひとことで言うと、「こんなにできないよ」。


 高校単独校できちんとやらせようとすると、7時間目が当たり前で、ひどければ8時間目まで出てきてしまう。

 本当にトップレベルの子しか、上位国立校を狙えない。  


 哀しい話だけど、ほとんどの私立校の教員は自分の子どもを中高一貫校に入れていて、多くの都立高校の教員は子どもを私立高校に通わせている。

 現場にいて、いろいろな限界を感じるから。

 しかも、子どものせいではなく、制度の問題であったり、環境の問題であったり・・・


 子どもの努力には限界がある。

 高校で一生懸命に勉強して、表面だけ追いついても、「学びの深さ」が違う。


 悔しいし、哀しい。


 うちの特進の生徒は、都立のトップ校を落ちてきた子がほとんど。

 オール5の内申を持っている子もたくさんいる。

 でも、何にも知らない。


 「中学校の時に習わなかった?」と訊くと、「君はできるからそのままでいいよ」と言われて、先生はできない子にかかりきりだったって。


 でも、中学校の先生たちは、今の学習指導要領の通りにやっているだけなんだよね。


 保護者がうちの授業参観をして、1番多い感想が、

 「授業中、私語もなく静かで、先生の話す声が聞こえて良かった。」

 ということは、中学校の中には、授業中先生の声が聞こえない学校もたくさんある、ということ。

 

 今、中学校の先生は、給食代の集金までやっている。

 モンスター・ペアレントを始めとして、保護者に対して、ものすごく気を使っている。


 そんな中で、できる子に、学ぶ楽しさを感じさせる授業ができるのだろうか。


 うちには、中学校の上位3分の1に入るような子しか来ない。

 それでも、時には、ローマ字が読めなかったり、日本の都道府県がわからない生徒がいる。


 実際に公立中学校の現場は修羅場だと思う。

 塾に行かないと高校受験ができないというのもおかしな話。

 でも、それが現状。


 そして、今度の改革では、大学受験に必要な科目が増える。

 制度自体が中高一貫の6年間のカリキュラムを前提にしている。


 1番大きな問題は、中高一貫の学校で、きちんと勉強をしている生徒にとっては、ほとんど影響がなく、高校時代にがんばって勉強をしようとする生徒には大きな影響があるということ。

 私立の中学に行くか、公立の中学に行くかなんてのは、ほとんど親の意思。

 だから、子どものせいじゃない。

 

 で、私立校の教員は、自分の子どもを、中高一貫校に行かせる。


 なんか矛盾を感じるけど、しかたないよね。


 教育の1番難しい点は、一般論と自分の子どもに対してが異なってしまうこと。

 誰でも自分の子どもはかわいいし、この仕事をしている限り、あえて不利な道は歩ませたくはないもんね。


 今度1回、国会議員の子どもが、どんな学校に行っているか調べてみると面白い。

 自分の子どもに不利になるような教育改革はしないはずだから。



 いろんなことを言ったけど、子どもたちはいつも一生懸命。

 今日も、そして明日も必死になって試験を受けてる。

 でも、不況で就職難のニュースが流れることで、益々上位校は狭き門に・・・



 みんな頑張ってね。

 月曜には、さわやかな顔で会おうね。

 ファイト!!!

 





初めて聴いたのは高2の時。

あまりのかっこよさにまわりにふれまわった。

誰も知らなかったけど。

それからずっとだから、もう30年以上聴いているんだよね。


一番好きなのはセカンド。

DO IT YOURSELF。

一番評判がいいのはファースト。

NEW BOOTS AND PANTIES.


今聴いているのは話題にもならなかったというか、

まわりから見捨てられかけた

LORD UPMINSTER。


個人的には結構好きだったんだけどね。

僕の好きは世の中とずれているからね。


でも、IANとCHASZのコンビは最強だと思う。

それにBLOCKHEADS。

DO IT YOURSELFの曲の流れ方は芸術的にかっこいいと思う。

どこか下世話なのに洗練されている感じがして。

かっこいい。

3作目からは、どこか上品になってしまった。

評論家の人は2作目からそうだと言うけどね。


コンサートは最高だった。

抱きしめたくなるほどキュートで、色っぽくて。

でも、見ていられないほど弱くて。

清志郎のコンサートに飛び入りした時も、かっこよかった。

負けない清志郎もかっこよかったけど。

そして、その時、隣にいた彼女も負けないくらいかわいかったけどね。


あけましておめでとうございます。

今年は日記をつけます。

(毎年宣言してますが、あまり実行できてませんので、期待せずに)


今年のテーマは、


その日のうちにできることは、その日のうちにやる!


としました。

今年は、ちょっとアグレッシブに生きてみようかな、と思っています。

ここ何年か、自分としては、おとなしく、波風を立てないようにしていたので、

ちょっとストレスがたまっていて苦しいので。


好きに生きます!


日記も、

飲みに行かない日はなるべく書くようにしますが、

つまらないことしか書けないと思った日は書きませんので。

日記がない時は平和に生きていると思ってください。


最近は、本も映画も接する量が減って、ベスト10も作れませんが、

昨年接した中で気になったのは人や映画は以下の通りです。


エスター

スペル

サヴァイヴァル・オブ・ザ・デッド

(世の中で酷評されてますが、僕は一歩先を行った映画だと思います。)

(やっぱりさすがロメロ。)


個人名で。


坂木司

加納朋子

桐野夏生

奥村愛子

大西ゆかり


で、今さら、


BLUR

BECK

ARCTIC MONKEYS
FRANZ FERDINAND

FATBOY SLIM


あと、例年のことだけど、

飲み屋の女の子とお客さんの唄。


でもプログレの良さを再認識した年でもあったかな。


今年は、自分の感性に従って、自由に生きていきたい。


この世界で、たったひとりの自分を大切にして!


やっぱりIAN DURYはかっこいい。

こんな親父になりたいなぁ。


最後に、昨年の一番は、久々に「傷だらけの天使」をたくさん観たこと。

そして、那智さんが死んだこと。

だから、あの頃の自分を思い出して、生きようと思った。


がんばるぜい!


今日の題は、ミュージシャンではなく、那智さんで。


那智さんが死んでしまった。

結構、大きな穴が空いた気がしてる。


僕にとっての野沢那智は「金パ」。

「傷だらけの天使」と同じく、「金パ」は僕に生き方を教えてくれた。

僕が、ずっと「場」といものにこだわっているのは「金パ」のせい。


当時、深夜という枠の中で、人が昼間の世界から解放されて、少しだけ「素」の自分に戻ることができて、そして、弱い、さみしい自分を、電波を通して共有できて・・・・・


そんな場が「金パ」だった。


朝日の天声人語にも書かれてたけど、木曜の深夜の同じ時間に、ダイヤルを合わせると、いつもと同じ声で、いつもと同じように迎えてくれて・・・


どんなに嫌なことがあっても、疲れていても、そこに来ると何となく癒されて、ちょっとだけ元気になって、ちょっとだけ明日も頑張ろうと思えて。


そんな場が「金パ」だった。


そして、楽しい投稿の最後に、エンディングの「シバの女王」をバックに読まれる手紙で僕は、いろいろなことを教えてもらった。


世の中には、いろいろな人がいること、価値観はたくさんあって、そこに優劣はないこと、差別のこと、原爆のこと・・・・・


人が生きるということとは、、幸せとは、誰かと生きるということとは・・・そんなことの意味を、僕は「金パ」で教えてもらったと思う。


僕が、「金パ」を聴き始めたのは、小学校5年生。

たぶん、まわりより、ちょっとだけ早熟だった僕は、深夜の、暖かい世界に夢中になった。もちろん、学校でまわりに話しても誰も知らなかったし、途中からは、僕の秘密の隠れ家になってた。


大学に入って、何かの拍子に「金パ」を知ってることがわかると、それだけで、その人とはすべてがわかり合える気がした。


だから、僕は、そういう「場」を作りたいと思った。


誰もが、「素」のまま「自然」でいられて、で、そこを大事にしたいと思える「場」を作りたいと思った。


教員になったのも、どこかでそういう「場」を現実にしたかったから。


聴き始めたころ、「深夜」という空間、「ラジオ」という媒体が大きな要素だと思ってた。でも、途中から、野沢那智と白石冬美のふたりじゃなくちゃ駄目なんだ、と気づいた。このふたりがいるから、このふたりのまわりに「場」ができるんだ、そう気づいた。


だから、一生懸命に生きようと思った。


今でも、那智さんが夏に終わると言ってからの放送の録音テープを時々聴いている。まるで、リアルタイムで放送しているかのように聴いている。そして、その中で、昔と同じように、わくわくしたり、しんみりしたり、心がエネルギーをもらっている。


やっぱり、いつかそんな「場」を作りたい。



那智さん、ありがとうございました。

心安らかにお眠りください。


ナッチャコパック、ずっとずっと大好きです。



これを読んでくださっている方がいましたら、今回は、何か言葉を残していただけると嬉しいです。

珍しくへこんでます。