この人たちは本当に天才だと思う。

一番有名なのは「I'm not in love」。

当然、僕はリアルタイムではないけど、さかのぼって聴いた。

個人的には、美しすぎて(?)、彼らの中で一番好きなわけではない。


僕の10CC初体験は「Dreadlock Holiday」。

邦題はあまりにもセンスがなくて忘れてしまった。

ジャケットの衝撃と合わさって、今でも大好き。

1978年の発表だから、ビルボードのTOP40に嵌っていたころ。


とにかくかっこよかった。

メロディ、さび、どれをとってもぞくぞくしていた。


10CCと言えば、思い出がひとつ。


小学生のころ、好きだった子が転校した。

高校1年か2年の修学旅行で京都に行くとき、会えないかと思って連絡をした。

うちの高校は修学旅行は班ごとの自由行動だから、友だちに頼んで、彼女の高校のそばをルートにしてもらって、会った。


銀閣寺のそばの哲学の小道で会った。

彼女の学校は、そのすぐそばにあって、学校帰りに会った。


7、8年振りだったんだけど、すぐにわかった。

昔と変わらず、小さくて、頭良さそうで、気が強そうで・・・・・


夕方ずっとぶらぶらして、タイムリミットが近づいたとき、急に何かをあげたくなった。


デパートのレコード売り場で、10CCのベストを買って渡した。


「何これ?こんなの知らない」と言われた。

で、「どんな曲なの?」と聴かれたけど、答えられなかった。


あげたレコードは初期の曲のベストで、当時僕はまだ初期までさかのぼって聴いてなかったから。


東京に帰ってから、同じレコードを買おうかと思ったんだけど、買わなかった。

いつか彼女と一緒に聴きたいなと思ったから。


どうしてるのかな?


留学して、戻ってきて、結婚して、外国に移り住んだことまでは知ってたんだけど、その後はわからない。


元気でいてほしいな。


まだ持ってるかな、あのレコード。


僕はいまだに10CCのベストは買いそびれている。


でも、ほとんどのアルバムを持っているから、ベストを買う必要はないかも。(笑)。


あのベストには「I'm not in love」も「Dreadlock Holiday」も入ってないんだよね。


「頭がよくて、気が強い子が好き」なのは、本当は、あの子の影響かも。

 今日はニール・ヤング。

 この人は、どうしてこんなにかっこいいんだろう。

 僕の永遠のカリスマ。

 

 自分が今のままの状態でいることが面白くないかのように、常に新しいことをやり始める。

 

 この人の生き方そのものが、一番ロックだと思う。


 まわりにどれだけ批判されようと、自分の思った通りに、自分を変化させていく。

 この人とボブ・ディランは、本当に、すごいと思う。

 ふたりを見ていると、本当に、歳なんて関係ないんだ、と思えてくる。


 そして、それは自分に跳ね返ってくる。

 もっと、自由に、もっと好き勝手に、そして、もっとアグレッシブに。



 今年は去年に続いて、3年生の担任をしている。

 教師にとって、担任をやれる、ということは幸せなこと。

 そして、うちの学校の生徒は、ありえないほどかわいい。

 理由はわからないけど、素直で、純粋で・・・・・

 僕自身が、都会に育ち、かけひきばかりして生きてきたからかもしれないけど、どうしてこんなに素直に人を信じ、心を開け放てるのだろう、と思う。


 こちらが恥ずかしくなるぐらい。


 先日も、こんなことがあった。

 文化祭前で、教室の点検があり、面倒くさがりの僕は、生徒に号令をかけて点検をさせていた。


 「机、異常あるもの?」「椅子、異常あるもの?」「自分の周りの床?」という感じで進んでいき、最後に、「天井!自分の上の天井をしっかりと見ろ!」・・・

 ほぼ全員が、天井を見ていた。

 高校3年生、18歳の、反抗期真っ只中の青年たちが、素直に天井を見上げる・・・


 その姿を見て、ふいに涙がこぼれそうになった。

 

 こんな僕は、幸せな教師だよね。

 

 こんな話を肴に卒業生と飲めることも、また幸せ。


 うちの学校でなかったら、僕は教員を続けていられなかったかも。


 あと1年たつと、昨年の卒業生と飲みにいける。

 あと2年たつと、今の子たちと飲みにいける。


 再会した時に、「先生変わったねぇ、つまんなくなったよ。」と言われないように、毎日、頑張らないとね。

 たまには、自分に、ファイト!!!

 風が「22才の別れ」でデビューして、ヒットチャートを賑わせていたのが、確か小学校5年生の頃。


 ラジオから流れてくる「22才の別れ」を聴きながら、「女の人ってつらいんだなぁ」とか「大人になると、自分の気持ちに素直に生きられなくなるんだなぁ」とか思ってた。


 僕は、かぐや姫でも、断然伊勢正三派で、南こうせつをどうしても好きになれなかった。


 彼の作る歌には、どうしても感情移入ができなかったし、彼の声に繊細さを感じることができなかった。


 伊勢正三の声には、いつも、心をつかまれる何かがあった。


 「22才の別れ」、「ささやかなこの人生」あたりは歌詞カードを何度も何度も読んだ。僕も大人になったら、こういう思いをして、人とこんな風に関わり合っていくのかと思った。


 でも、「ほおづえをつく女」あたりになると、切なすぎて苦しくなった。


 この女の人はどうやって生きていくのだろう?

 この女の人の弱さは悪いことなのだろうか?


 今でも、「ほおづえをつく女」は苦しい。

 でも本当に、すごい歌だと思うんだけどね。


 女の人には、どう聴こえるのだろう。

 訊いてみたいんだけど、訊きたいと思う子があまりいない。(笑)。


 酔いがひどくまわって、切なすぎるとき、カラオケで、「ほおづえをつく女」を歌う。


 「身も心も」とは違う意味で、ずっとずっと心から離れない歌。



 雨が降ると、いつも、「雨の物語」を思い出す。(イルカバージョンだけど)。


 大学のころ、窓の大きな喫茶店で、煙草を吸いながら、窓を伝う水滴を見ているのが好きだった。アルバイトの塾に行くまでの午後の時間、何も考えないで、ぼーっと見ているのが好きだった。


 「人混みの中の孤独」はけっこう好き。


 

 伊勢正三の歌を聴いていると、いつも、「こころの扉」のイメージが浮かんでくる。「扉」のイメージはそのときどきで違うけど。



 繊細なひとは、生きにくいのだろうか。

 僕は、大好きだけど。