今日の題は、ミュージシャンではなく、那智さんで。


那智さんが死んでしまった。

結構、大きな穴が空いた気がしてる。


僕にとっての野沢那智は「金パ」。

「傷だらけの天使」と同じく、「金パ」は僕に生き方を教えてくれた。

僕が、ずっと「場」といものにこだわっているのは「金パ」のせい。


当時、深夜という枠の中で、人が昼間の世界から解放されて、少しだけ「素」の自分に戻ることができて、そして、弱い、さみしい自分を、電波を通して共有できて・・・・・


そんな場が「金パ」だった。


朝日の天声人語にも書かれてたけど、木曜の深夜の同じ時間に、ダイヤルを合わせると、いつもと同じ声で、いつもと同じように迎えてくれて・・・


どんなに嫌なことがあっても、疲れていても、そこに来ると何となく癒されて、ちょっとだけ元気になって、ちょっとだけ明日も頑張ろうと思えて。


そんな場が「金パ」だった。


そして、楽しい投稿の最後に、エンディングの「シバの女王」をバックに読まれる手紙で僕は、いろいろなことを教えてもらった。


世の中には、いろいろな人がいること、価値観はたくさんあって、そこに優劣はないこと、差別のこと、原爆のこと・・・・・


人が生きるということとは、、幸せとは、誰かと生きるということとは・・・そんなことの意味を、僕は「金パ」で教えてもらったと思う。


僕が、「金パ」を聴き始めたのは、小学校5年生。

たぶん、まわりより、ちょっとだけ早熟だった僕は、深夜の、暖かい世界に夢中になった。もちろん、学校でまわりに話しても誰も知らなかったし、途中からは、僕の秘密の隠れ家になってた。


大学に入って、何かの拍子に「金パ」を知ってることがわかると、それだけで、その人とはすべてがわかり合える気がした。


だから、僕は、そういう「場」を作りたいと思った。


誰もが、「素」のまま「自然」でいられて、で、そこを大事にしたいと思える「場」を作りたいと思った。


教員になったのも、どこかでそういう「場」を現実にしたかったから。


聴き始めたころ、「深夜」という空間、「ラジオ」という媒体が大きな要素だと思ってた。でも、途中から、野沢那智と白石冬美のふたりじゃなくちゃ駄目なんだ、と気づいた。このふたりがいるから、このふたりのまわりに「場」ができるんだ、そう気づいた。


だから、一生懸命に生きようと思った。


今でも、那智さんが夏に終わると言ってからの放送の録音テープを時々聴いている。まるで、リアルタイムで放送しているかのように聴いている。そして、その中で、昔と同じように、わくわくしたり、しんみりしたり、心がエネルギーをもらっている。


やっぱり、いつかそんな「場」を作りたい。



那智さん、ありがとうございました。

心安らかにお眠りください。


ナッチャコパック、ずっとずっと大好きです。



これを読んでくださっている方がいましたら、今回は、何か言葉を残していただけると嬉しいです。

珍しくへこんでます。