摂食障害になった171cm75kg文系SEのダイエットニッキ -74ページ目

摂食障害になった171cm75kg文系SEのダイエットニッキ

75kg→55kgダイエット後、摂食障害となり78kgまでリバウンド。現在寛解中

2024年12月 第1子誕生
実家とトラブルで絶縁状態。
産後うつ&コロナ後遺症で83kg→現在60kg

ダイエットのこと、日常のことを書きます。



帰宅したら大量のコンビニ弁当と惣菜。

100キロ超の旦那
目を離せば爆食


そしてAmazonのプライムデーで届いた大量の荷物がそのまんま。
頼んだのは旦那、片付けるのはわたし。


手伝ってと言っても手伝ってくれない





本当にもう
毎日の生活が無意味すぎて

やめたい









少し前に、おばあちゃんが危ないかもという連絡を受けて
家族で会いに行った。


危ないと聞いていたけど、車椅子に座ってて、
会話にはなってないけど話すことができた。


それで、最近の様子はというと
落ち着いているとのこと。


わたしは今日実家に戻ってきた。
テレワークなので昼間実家で仕事して、終わったら様子見に行こうと思う。



おばあちゃん、コロナ前は普通に会話できたし
一人暮らししてて
おばあちゃんの姉妹とランチとか買い物も行ってた。


コロナで誰にも会わなくなり、刺激がなくなってボケてしまったのだろうか。

そういう人、けっこういるのかな。


80代後半までボケずにいたから、おばあちゃんはこのままボケないと思ってた。
悲しい。


やっぱり、人と話すことって大事なのかな。
人と話すのが苦手でほとんど人と会わない私はボケるの早いのかなぁー泣き笑い



おばあちゃん、とても多趣味で
特に芸術系の趣味が多くてすごいなぁと思ってた。
社交的で誰とでも話せるところ、
わたしが何をしても褒めてくれるところ、
色々と見習いたいことばかり。


一つ前の記事に、両親が老いる現実が受け止められない的なこと書いたけど

ばあちゃんが認知症になっているという事実も受け止められない。


時間が流れて、そのぶんみんな歳を取って
色々と問題が出てくるけど、それを受け止められない。

時間の流れが早すぎる

でも、早くても遅くても結局どのみち人は死ぬ

何万年後かには、私が生きたことなんて塵のようなちっぽけな出来事

そう考えると、考える意味がないとも思えるんだけど



最近、若い人を見たり
◯◯時代の出来事とかヒットソングとかテレビで見るたびに

「10年前は私が◯歳で、こんなことをして〜…」

「20年前は私が◯歳。このときこうしてたら今頃…」

みたいな、

あの当時は…と回想するような時間が増えたように思う。


なんかやっぱり変。
この現実が現実じゃないかのような変な感覚。


なんだこれ?


ネットで調べるとクロノフォビア・時間恐怖症とか出てくるけど、うーんなんか当てはまるようなあてはまらないような。

(何でもかんでも名前ついてるんだなぁ)






同じような感覚の人、いないかね?











最近実家に帰るたびに思うこと。

こんなに家ボロボロだったっけ?

冷蔵庫も。
エアコンも。
フローリングも。
畳も。

変色して壊れてて、
取れない汚れがついていて。


コップがもはや白ってくらい曇ってたり
部屋の篭った匂いだったり

敷き布団がペチャンコで固くて
寝るのが大変なこととか


20代のころ、実家に帰っても
何も気になることはなかった。


なんかおかしい。

なんでこんなにも見え方が違うんだろう。



実家の両親。
老けたなぁ。
白髪多くなったなぁ。
父親に至っては、白髪すら無くなってきたなぁ…


20時くらいから、
テレビつけっぱでリビングで2人ともうとうと…

寝るなら布団で寝たら?と言っても

起きてるから、と言われ

しかし、やはりウトウト…




私の心が成長しないうちに、
両親は老け込んでいた。

20代のころはなんにも感じなかったのに、
ここ数年で一気に色んなことが見えるようになった。

漠然とした不安。

時間は限りなくあるものではない。

今この瞬間から自分が変わらなくては。
両親が元気なうちに恩返ししたい。



少し前からブログ副業を始めて
月に数万程度は稼げるようになってきた。

もっと努力して、改善して、
両親に素敵な景色を見せてあげたい。



前向きな気持ちと、
どんどん時間が過ぎて、自分も、両親も歳を取っていく事実に怯える気持ちとが
入り混じってるけど、
なんとか頑張る。



特に写真がないので
羽田空港の写真












昨日、家族でおばあちゃんに会いにいってきた。

前回会った時は、おばあちゃん家で
ギリギリ手すりつかんで歩けていて
自分でご飯も食べて
私のことも分かっていた。


今回は、車椅子で、
私のことは分かってるんだか分かってないんだか微妙なところ…??


おばあちゃんだけでなく、
両親も年取ったなーと最近会うたび実感する。

私の勝手な判断で
都内に就職して結婚して地元にはあまり戻らず
今思えば、別に都内に出る必要はなかったのかもなと後悔。

昨日は実家(団地)に泊まったんだけど、
昔自分が使っていた敷布団、こんなにぺちゃんこだったっけ?と思うくらいにぺちゃんこで。。
両親の敷布団はそれ以上にぺちゃんこで。

私が今ベッドを使っているのもあるけど、
にしても、腰に悪そうな敷布団だった…

本当なら、私が新しいマットレスかベッドをプレゼントできたらいいんだけど
パートでギリギリの生活なので何も恩返しができない。


もう団地に30年くらい住んでいて
家の中はめちゃくちゃ年季が入ってきていた。


後悔と、どうすることもできない現実に落胆してる

死んでやり直せるならそうしたい。




またまた久々のブログになってしまった。

スマホアプリでログインしようとしたら、なぜかログインできず。

ログアウトしてみたり、アプリを入れ直してみたり、色々やったけどだめ。

 

何度か書こうとしたけど、アプリが立ち上がらなくて諦めていました。

 

今はPCのブラウザから書いています。

 

 

一人暮らしをしていたおばあちゃん、

約1年前に施設に入所して、コロナもあり全然会いに行けてなかったんだけど、

先日母から

「おばあちゃん、最近食欲なくて浮腫みもあって、お医者さんに診てもらったんだけど

持って今月か来月かもしれないって。来れるとき顔見に来て。」

と言われました。

 

 

私はちょうど今月末~来月頭まで新婚旅行で海外に行きます。

なので、その前に会いにいこうと思います。

 

母から親戚一同には連絡したようで、今週末は

たくさんの親戚がばあちゃんに会いに行っていたらしい。

 

正直、複雑な気持ちでもある。

私はおばあちゃんとはちょくちょく電話していたし、定期的に会いに行ってけど

ばあちゃんが元気なとき、誰も来なかったじゃん。

おばあちゃんが病院行ったり、日帰り手術したとき、誰も来なかったじゃん。

 

最期だけくるって、そんなもんなのかな。

 

私だったら、最期はそっとしておいてほしい。

元気なときに来てほしい。って思うけどな・・・。

 

 

おばあちゃんは1930年うまれの92歳。

戦争の話とか、昔のことよく聞いたなぁ。

書道も教えてもらったし、山菜採り、栗拾い、山登り、裁縫、お茶、英会話、温泉・・・

色々連れていってもらったな。

 

私が社会人になってからは、仕事帰りに歩きながら長電話してたけど

「〇〇ちゃんのヒールがコツコツする音聞こえて、おばあちゃんまで歩いてる気分だよ」って

喜んでくれたっけなー。

 

本当にたくさんの思い出を残してくれて、頭の中で思い返すだけでも楽しい。

 

今は認知症もあるので、もしかしたら私のことを分からないかもしれないけど

それでも悲しいってよりは、感謝しかない。