個展を経てからの
MOMEDスタジオにて
『オルダーアートの瞑想会』
その空間は
HAPPYちゃんの内側をそのままに
現実に現したものになった。と
静けさ、深さが
写真からも伝わってくる

きっと、現地での
現場での体感は
すごいんだろうなぁ
いつか直接に
この空間を、触れられたらいいなぁ✨️
***
深海みたいに圧があって
夜みたいに暗くて
でも極彩色で
静かで空っぽで
同時に満ちきっている
生成以前の内側。

本当の内側は善悪以前であり
光闇以前である。
だから必ず暗さがあって
わからなさがある
カラフルで統一されていないし
美と不気味さが同時にある
意味が剥がれてる
「なにもなくて、全部在る」状態。
この空間は明るくはない
でも
怖がらせようともしていない。
ただ
嘘をついていないだけ。

本来は、「抵抗していない状態」なのだ
暗さも
濁りも
色も
無秩序も
排除していない。
これが清らか。
真の内側の世界。

写真から伝わってくるものもあっても
言葉で、メッセージから
よりわかってくるものもある
✨️
言葉だと、脳の判断で
受け取り違いとか、ズレが生じて
うまく伝わらないこともあったりするけど
こうして
理解が深まることもある
非言語(写真)と言語の組み合わせでの
相乗効果ってあるのかなぁ……
光だけじゃなく、闇もある。
明るさだけじゃない、暗さもある。
それは感覚的に、わかってたから
すごーーーく腑に落ちた
自分自身を、探求していったら
そういうものだと納得しちゃう
そうなっちゃうものなのよ✨️
闇も、光も、どっちもあるのが
きっと自然体での私だもん
そうかぁ
本来は「抵抗していない状態」
排除していない。のが、清らかであり
真の内側の世界
体感してたことの答え合わせ
否定もせず、肯定もせず
ただ受け入れるだけ
そうやって
自分を受容していったら
行き着いて、たどり着いてしまう
体感でわかってくる
闇も、光も
両方を受け入れることが
最初からできてたわけじゃない。
闇は、隠したかったし
消してなかったことにしたかった
そういう時期もあったよ
だけど
そうやって自己否定してると
結局は、苦しくなることを知った
闇を分離して
自分を許せてない
自分で認められてない
そういう部分は
人も許せなくなるし
人のことを認められない
闇も、光も
どっちも、両方あると
受け入れてしまったほうが
楽になれるのよ

サメくじら






