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かけはし

日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
草の根のちいさな交流が広がれば、きっとお互いにわかりあえる、受け入れられる。

去年の7月、夫とローマに行きました。ギムナジウムの修学旅行のトランスファーです。その時は詳しく書きませんでしたが、そのツアーのちょっと前に夫は膀胱がんと診断されて、膀胱鏡での手術を受けました。そしてその手術の4日後に修学旅行ツアーが予定されていて、当初はわたしがスイスまで運転して、スイスから夫がローマまで1人で運転することにしていたんですが、手術後だからほかの運転手に代わってもらおうと思ったけれど、彼が頑強に自分でいく、僕は大丈夫と言い張るもんだから(多分その時はもうすぐ運転できなくなると思っていたからと思うけど)、結局わたしも最初から最後まで一緒についていくことにしたんです。彼もわたしと一緒に行きたいそぶりを見せていましたしね。彼が調子悪かったら、わたしがちょっと長く運転できるし、一緒にいた方が安心と思ったんです。

結果は、彼はいつも通りの素晴らしい運転ぶりで、手伝うつもりだったわたしが荷物の積み込みでぎっくり腰になって往生することになりました。2人でゆっくりとローマ近郊のホテルでくつろいで、ご飯も美味しいのを食べに行き、行って良かったな、と思いました。


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サンピエトロの前で。その隣は愛車の運転席。ローマテルミニ駅の隣。夫が急に入院したので、わたしがあちこちにバスを持って行き、ツアーの準備をしました。これはツアーの前に給油に行っているところをついてきた次女がパチリ。隣はローマで食べたラムのグリル。

これは去年の写真です。そしてちょうど一年後の今、わたしたちはまたローマにいます。


夫が手術した日からきっかり一年後、今度はわたしが乳がんの手術でした。これは後から気がついたんですが、手術の日も同じでした。そして、手術後、かなり調子が良かったのと、運転手が見つからなかったこともあって、去年と同じように夫と2人でローマです。

火曜日に手術、木曜日に退院、日曜日の夕方ローマに向けて出発でした。

今回は行きと帰りだけバス使用なのでローマで四日間はフリーになります。


運転に関しては、全く問題を感じませんでした。シートベルトが胸に当たって痛いかもな、と思っていたけど、バスのシートベルトは胸の部分には当たらずに問題なし。ハンドル操作も、リンパ節を取らなかったからだと思いますけれど、全く問題なし。一つだけ長距離運転で困ったことは、今ホルモン療法を続けていますが、これは副作用と思うんですが、体の強張りがあるんですね。だからバスで長距離の場合は、客を乗せている場合は大体2時間半から3時間ぐらいは続けて運転するので、運転が終わって運転席を立つ時、かなり難儀しました。


エージェントが取っていたホテルはフラスカーティの高速道路のドライブインのホテルで、車がなければ陸の孤島だったので、到着した日にバスだけ置いて、ローマのアウレリア通りのよく泊まるホテルに引っ越しました。これは自費になりますが、夫が「今回は特別」、と大盤振る舞いをしてくれました。良かった。だってドライブインホテルはレストラン無くて、ガソリンスタンド併設の売店でサンドイッチを買うしかなかったから。まさか夕ご飯食べにダブルデッカーでレストランに行く、というのも考えにくいからね。


ローマに宿泊したおかげで、サンピエトロ大聖堂にも行けました。前回は夫の調子が万全で無く、わたしもぎっくり腰で入場を断念したんです。

そして、1日は、周遊バスのチケットを買って、ローマの街をぐるぐる回った。何しろ猛暑でとても歩く気にはなれなかったので、冷房の効いた観光バスで回るのは良かった。コロッセオやチルコマッシモは脇を通って外観を見られて、大満足。30年前とはかなり変わったテルミニ駅も見学、トレビの泉とポポロ広場の教会のカラヴァッジョだけは観光バスを降りて見に行きました。

夕食はこの日はトレビの泉の近くのレストラン。夫はステーキ、わたしはアバッキオ(子羊)。


さて、明日の夕方にローマ出発して、ドイツに戻ります。行きは大体1200kmを夫ときっちり半分ずつ走りました。初めてローマ市内も走ってみた。噂通りカオスでしたが、はっきり言ってこっちの方が大きいので、相手もあまり無謀なことは仕掛けない、という印象でしたね。ただ、できることなら運転したくない街かも。もしかしたら自動車の運転の方がバスよりも怖いかもしれないな、と思った。スクーターの人たち、無謀というか命知らずというか勇敢なのか馬鹿なのか。彼らの存在は怖かった。

市内循環観光バスを乗客として堪能しましたが、わたし、この仕事できると思う。だってごちゃごちゃした街とはいえ、絶対に通り抜けられるとわかっている道を運転するだけだから、結構楽勝なんじゃ無いの?あと仕事始まりと終わりは常識的な時間だろうし。ただ、勤務時間が短そうだから、あまり稼げないかもしれない。


さあ、来年の7月はどうなるでしょうね。もう同じ時期のローマツアーを受けてるんですけどね。


また夫と一緒に行ければ良いけど。

あと数日で術後の病理検査の結果がわかります。その結果で今後の治療方法が決定します。


さんぼ



傷口が痛むことは一切ないですが、乳房全体が重い感じで、特に医療ブラを外すと(乳房がその重みで垂れたり揺れたりすると)痛みがありますが、気になるほどでもありません。

寝る時も、右左どっちを向いても大丈夫ですし、シャワーにも不便は無い。

まだ両方の乳房は内出血で紫から黄色までのグラテーションになっていますが、これもまもなく良くなるのではないかと思います。


就労不可能届け、つまり病欠届ですが、これは病院から1週間(火曜日に手術して、次の週の月曜日まで)の届けをもらいましたが、延長したい場合は、家庭医に届けを書いてもらうことになります。わたしは延長しません。もうほとんど通常の生活に戻っているからです。


すごく小さいことなんですけど、今一番気になることは、医療ブラの肌との接触面の痒み。ほんと、たいしたことない悩みなんで、書くのも躊躇ったんだけど、記録として書きますが、わたしはかなり肌が弱く、衣服や下着の生地によっては、それでかぶれることがあるんです。医療コンプレッションブラを見た時に、ちょっと心配でしたが、案の定痒くなりました。そこで今度日本に行きますが、日本は割とかゆみなどにも気を遣った下着も多いので、良いコンプレッションブラがあるかも、と調べましたが、案外無いんですね。

もっと調べると、日本では乳がんの温存手術後、特別な医療ブラを勧められることは少なく、締め付けの少ないスポーツブラとかキャミソール的なもの、前開きのワイヤーなしのブラなどを勧められることが多いようですね。

ドイツでは、逆に温存手術の術後はコンプレッションブラでしっかりと固定して腫れや血腫や漿液を防ぐ方法が推奨されているそうです。


わたしは、今の所はコンプレッションブラで固定、という方法は、痒みや鬱陶しさがあるにも関わらず、わたしに合っていると思います。なぜなら、シャワーの時などブラを外し、乳房が揺れると痛みが生じるからです。乳房が動かなければ痛く無いから。あと、支えられている、守られている安心感があります。


日本ではあまり一般的では無いようなので、もう一度医療コンプレッションブラを載せます。前開きでファスナーで閉めますが、中に二つホックもついています。まずホックで留めて、二つの乳房を手で持ち上げてカップの中に入れ込んで、全ての乳房の肉がカップに入ったのを確認したあとファスナーを閉めるんですね。娘によると「結局日本に良くある寄せて上げるブラの付け方と同じじゃん」だそうです。

肩紐は太く、マジックテープで調節できます。あと、傷跡からの滲出液などでガーゼを当てる時などもマジックテープを外して手当できるので便利。

とにかくわたしの場合は乳房が揺れなければ、痛く無いので、この肩紐でもきっちりと調節して乳房を固定しています。

このような圧縮ブラジャーは、全摘の時も使うのかどうか、残念ながら聞いていないのでわかりません。そもそも周りに全摘の人が居なかったので。わたしの手術の日は確か4人手術したと思いますが、全員温存でした。


下の写真は、内出血の手当てのためにもらったヘパリンジェル。わたしは両方とも赤黒い内出血が広範囲にみられました。お隣のご婦人は全く無かったので、人や腫瘍の位置や大きさによるんでしょうね。


わたしはもうすぐ日本に行くのですが、日本で術後に勧められている前開きブラもいくつかチェックしたので、購入しようと思っています。これはコンプレッションではないので、柔らかいようですが、その頃にはもう乳房が揺れても平気になっていると思うので。日本製はきっと肌に優しいだろうなあ。


わたしはリンパ節はとっていないので、だいぶ違うかもしれませんが、大体2cm程度の腫瘍を両方の乳房から取り、腫瘍をとった場所に術中放射線照射をした場合の術後1週間後の状態です。


さんぼ




わたしは温存手術で、放射線照射も術中に行ったので、もし今後何もなければ、ホルモン療法だけになります。ただし術後の病理検査で全く違う結果になることもありますから、わたしはまだ鎖骨下に入っているポートは残しています。やはり化学療法追加、と言う診断になる可能性があるからです。

ほかの可能性としては、再手術、追加放射線療法、とか色々バリエーションはあるのですが、これに関しては、今はどうすることもできないので、心配しないようにしています。後2週間後の診断結果を待つだけです。


たまたまかもしれませんが、ドイツでわたしの周りにいる乳がん患者には全摘の人はいません。そのほとんどが温存手術です。わたしは最初から温存を希望していて、主治医も温存を第一に薦めました。理由は、温存が十分に可能だから全摘する必要性を感じないからでした。全摘ならば後の放射線はやらなくてもいい場合が多いし、再建も可能ですが、体に負担が低いのは温存プラス放射線、と言うのが主治医の考えでした。また全摘を選択した場合に同時再建も可能かを伺いましたが、彼はそれはやらない、と断言しました。再建するならば、数ヶ月から数年後にとのこと。同時再建を彼がやらない理由は残念ながら聞き逃しました。

そもそもドイツはヨーロッパでも比較的温存が多い国でもあるらしいんですが、わたしの場合は温存選択のエビデンスとなったのは、わたしが強く望んだという以外に、

⚪︎ オンコタイプDXの結果から判断

⚪︎ 年齢から判断

⚪︎ 腫瘍の位置と大きさ

以上です。


転移の有無を調べるために行うセンチネルリンパ節も取りませんでした。

センチネルリンパ節を取るのかどうかのわたしの質問に対する医師の回答は下記のとおりでした。これはメールで回答が来ました。


「わたしはセンチネルリンパ節を摘出しない方針です。と言うのも3個を超えるリンパ節転移が見つかる可能性は、あなたの場合は低く、それよりもリンパ節

摘出の後遺症の方が問題になると考えるからです。

また、転移しているリンパ節が3個未満の場合はリンパ節を摘出してもしなくても余命に変わりはないことが立証されています。なぜそうなのかは我々医師もまだ完全に理解できていませんが実際にそうなのです。またこの結果は複数の独立した研究で繰り返し立証されています。


したがって、あなたの場合リンパ節の検査と摘出はする必要は無いと考えています。」


わたしはこの説明を聞き、心から納得して、医師の方針に従いました。


まだ最終病理が来ていない段階ですから断言を避けますが、現時点では、わたしの治療法は、転移や再発の可能性をできるだけゼロにすると言うよりも、体に負担のない方法を選んでいると言えるかもしれません。

それはがんのタイプのみならずわたしの年齢も関係があります。わたしはもうそろそろ65歳です。若い患者さんの場合は、わたしと同じ条件であったとしても、違う治療法を選択することが多いと思われます。まず、放射線の術中照射は、選択肢に入らないでしょう。また再発の可能性を少しでも下げるために、全摘を選択する人もいるかもしれません。そして転移についてもっと慎重にしたければセンチネルリンパ節も取って検査してもらう方法を取るでしょう。


治療法はいくつかの選択肢の中から利益と後遺症や体の負担を天秤にかけて選ばねばならないということですね。


繰り返しますが、最終病理の結果で、治療方針が変わることはあり得ます。だけど、わたしはできる限りいちいち納得してから治療法を決めたいと思います。



面会に来てくれて、帰っていく娘たち。長女は、かなり離れた土地にいますが、わざわざ来てくれました。

病院の隣のこの街のメインの教会。夫もこの地域の出身ですから、もう30年以上お馴染みの街です。

長女が作ってくれたラーメン。3年前の顎の手術の時も作ってくれました。

そして病院に持参したマイクッション。真ん中のグレイのハート型のものは、この街のギムナジウムの生徒たちが毎年ボランティアで大量に作って病院に寄付してくれているクッションらしいです。この小さな硬めのクッションは、体が動かしにくい時にとても良い支えとなり、便利でした。「あなたが少しでも早く回復なさることを祈っています」と書いたメモが添えられていました。ありがとう。


さんぼ