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かけはし

日本とヨーロッパの交流コーディネイターのさんぼです。
草の根のちいさな交流が広がれば、きっとお互いにわかりあえる、受け入れられる。

前回の手術で1週間しか病欠届を取らなかったことが、各方面で物議を醸し出したために、今回は心して休養しようと思いますが、家事はするよね。折しも夫も同じ日膀胱がんの検査と治療を受けて、ダウンしています。彼は切ったり縫ったりはしていませんし、麻酔もかけていませんが、どうも様子を見ると、明らかに体の3箇所にメスを入れたにもかかわらず、わたしの方がはるかに元気です。

幸い次女が毎日事務所に来ますから、買い物はお願いできます。わたしは嫌いな家事ナンバー3の中に買い物が入るので買い物を全て頼めるのは本当に嬉しい。あと、簡単な掃除や洗濯なども頼めます。これはありがたいですね。


わたしがやるべきは、買い物リスト作りと調理。やはりご飯は自分で作りたいんです。調理は良い気分転換なので。あと事務仕事はやるよね。動かないんだから良いでしょう。


傷の様子ですが、右胸は、追加切除したからと思うけど、少し窪みが生じておりますが、ブラを着用すれば、凹みも目立たなくなります。左は血腫除去で腫れていた部分が柔らかく、小さくなりましたが、乳首の脇を切っているのですが、変形は大きくなりました。傷が癒えてからどうなるかですね。


がっちり固める圧迫ブラも、もう苦しくて暑くて辛いのですが、主治医に聞いたら「あ、そんなんフツーのスポーツブラで良いよ。最初の1週間は圧迫した方が良いけど」とのことで、サポート力の強いスポーツブラに変えました。持っていなかったので、近所のスーパーマーケットの、ドイツではお馴染みTchiboのコーナーで、10ユーロで買いました。

わたしはブラを着用する習慣が無く、よっぽどスケスケの服を着る場合以外はほぼノーブラでした。我ながら変態かとも思うのですが、Tシャツの時も気にしませんでしたね。そんなに目立たないしね。だけど、どうも今後しばらくは、ブラジャーを着用した方が良いようです。何しろ安心感があります。

検索すると、コンフォートブラ、と称される柔らかく、快適そうで、ワイヤー無しであるにも関わらずサポート力のありそうなブラがいくらでも出てきます。静養中に色々検討するつもり。あと日本で評判の良い前開きブラも購入しようと思います。


しかし自宅静養ねえ。思うんですけど、うちは夫も病気だからと言うこともあるけど、どうしても主婦ってつい動いちゃいますよね。だって全てがわたしが動かない限りそのまま放置ですもん。主婦に自宅静養なんて無理ですよ。どっかリハビリ施設とか入院とかで家から避難しないと休めない。特に我が家は事務所まであるからね。さらに休めない。どこかに雇われているんだったら、話はもう少し簡単だと思うけど、弱小自営業の場合は、自宅静養なんて出来ないね。


とは言え、「今は自宅静養中なんだ」と大義名分を挙げることで、多少は楽しているのは事実ではあります。


週末に2kg近くのポークの塊をローストし、美味しいシュバイネブラーテンを作ったので、毎日調理せずとも美味しいものが食べられるように準備。こんなこと、普段はやらないです。同じの食べるの飽きるから。だけど静養中だからやる。おやつにはパン屋からナッツロール的なパンを一本買っておいて、果物も冷蔵庫に冷やしておく。


せめて温野菜ぐらいは追加で作る。メインは昨日の残りのロースト。冷蔵庫にはあと2回分ぐらい残っている。わたしは豚のローストが大好物だけど、なんか、主婦歴30年目にして、やっと上手になってきた気がする。


ちょっと動いて疲れたと思ったら、すぐにベッドに転がる。これだね。これこそ自宅療養だね。


さて、あと少しで日本へ出発です。日本滞在は最初は実家で休暇、その後はドイツからのオーケストラとの仕事になります。そしてドイツに帰ったら、自宅に戻る前に1週間の出張です。だから、出発前に片付けるべきことはたくさんある。座ってできることなので、無理せずに全て片付けて、日本行きの飛行機の中では開放感と達成感を感じたいものです。


さんぼ






二度目の手術が終わりました。やったことは、

① 右胸の断端に腫瘍が認められた部分の追加切除

② 結局一度も使わなかったポートの除去

③ 左胸の血腫の除去


③の血腫の除去は、数日前から左胸の脇がかなり硬くなっているのに気づいて、前回の医師との面談でも訴えたのですが、彼は「こんなの大丈夫大丈夫、すぐ消える」なんて言ったのですが、やはり気になったので、麻酔をかける直前に麻酔医にこの硬いとこが気になるから、血腫だったら一緒に取れるか外科医に聞きたい、と言ったところ、すぐに外科医が来て、触診し、かなり大きいから取ってあげるとのことで当日急遽決まりました。


結局胸は両方ともメスを入れました。そしてそれにプラスしてポートの除去。3箇所切ったんですね。

手術時間は麻酔で寝てから起きるまで、おそらく1時間半ぐらいです。

前回は麻酔から覚めてすぐに吐き気と頭痛に悩まされましたが、前回の手術後に何度も嘔吐したことを鑑みて、今回は別の形式の麻酔で行いました。前回はガスも使った吸入麻酔で、今回は注射液だけの静脈麻酔です。今回は麻酔から覚醒した後、吐き気も頭痛も全く無かったので、本当に良かった。わたしは今回の手術の前の麻酔医との面談で、前回吐き気と嘔吐と頭痛で辛かったことを訴え、その理由として「きっともうタバコを吸っていないせいだ」などと口走ったのですが、その真偽はともかく、静脈麻酔では問題なかったことは覚えておこうと思います。


10時に病室に入り、手術着に着替えて待機。日帰り手術ですが、ちゃんと入院病棟にベッドが用意されていました。絶食でしたから、結構辛かったですね。11時30分ごろ、ちょうど美味しそうな香りと共に昼食が運ばれると同時に病室をベッドに乗ったまま出発。手術室に入りました。

そこで気がついたのが、ポートを入れる時も日帰り手術でやはり全身麻酔で行いましたが、その手術室は別のところで、今回の手術室は、前回と同じメインの手術室でした。


手術が終わって覚醒ルームに運ばれますが、前回はお水もすぐにもってきてくれて、さらにシャーベットまでもらったんですが、今回は無し。もちろんお水は言えばもってきてくれたと思います。ベッドは電動なので、自分で調節して上体をかなり起こし気味にして待ちました。点滴は痛み止めも入れてくれたようです。

そして2時間ぐらい覚醒ルームで待機の後、やっと病室へ運ばれて、その日の最初のご飯が運ばれて来ました。棒パンとバター。ドイツ在住の方ならお馴染みのラウゲンシュタンゲとバター一個です。お腹が空いて倒れそうだったので、本当に美味しくいただきました。その時点で、ほとんど痛みはなくて、いつだって家に帰れそうでしたが、麻酔医と乳腺外科医の術後の診断がないと退院書類が作れません。結局18時ごろまで待ちました。同室の人は夜ご飯が運ばれてたから、お腹空いているわたしには拷問でした。


さて、今も不明なのが、一体誰が手術したのかと言うことです。胸が硬くなっていて、血腫かもしれないと訴えた医者は、初めて見る人で、女医さんでしたが、彼女がやったのかなあ?

手術後の書類にも執刀医の名前が無いんだけど、それが普通なのかなあ。手術後に麻酔医と乳腺外科医が来ましたが、麻酔医は手術の前に挨拶した人と違う人が来たし、乳腺外科医は、麻酔前に話した女医と夕方に病室に来た女医が同じ人なのかどうか見分けがつかなかった。


結果が良ければどうでも良いですが、できることなら、最初の手術をしたチーフ医者に最後までやってもらいたかったなあ、と思って。


さて、前回は、手術後1週間の病欠届を病院が発行してくれて、その後は家庭医が病欠届を発行してくれるとのことでしたが、わたしは追加の届を請求しませんでした。それどころか術後5日目ぐらいにはバスを運転していた。

追加の病欠届を請求しなかったことを主治医を始めあちこちの医療従事者からかなり驚かれましたから、これはやはり普通ではない振る舞いだったのだと思います。2-3週間休むのが普通なのかもしれない。

だって、本当になんともなかったんですよ。胸はそりゃあ揺れたら痛かったけど、ブラをしていたら平気だったし。家でゆっくり休養する必要性を全く感じなかった。

しかし血腫もできたことだから(動いたことが原因では必ずしも無いんだけど)、今回はゆっくりとしましょう。事務仕事はやります。でないと日本にいけないもんね。


10日後の長距離フライトはどうだって話になりますが、座ってるだけでしょう?大丈夫じゃないかな。むしろ家にいるより休めますよ。ご飯だって出てくるし。


ただ、わたしは日本に到着したら、成田で一泊して、次の日に福岡に帰ります。やはりロングフライトの後はホテルに入って休んだ方が良いかな、と思って。



二度目の病室、わたしのベッドサイドの机。ここは3人部屋です。前回真ん中のベッドがずっと空いていましたが、今回はわたしが真ん中。やっぱり3人入ると狭苦しいです。しかも猛暑、クーラー無し。扇風機があったので点けて良いかと同室の2人に聞いたら、「Es zieht 」(風にあたっちゃう、それで体調を崩すという意味)と騒いだので、「ああ、あんたたちは典型的なドイツ人だね」と悪態をついて、我慢しました。この隙間風とか風とか嫌う人はドイツ人にとっても多く、扇風機なんかも嫌いますね。クーラーも苦手な人多い印象がある。例えばホテルなどで真夏であっても消す人多いもんね。

だから、それもあって、とっとと家に帰りたかった。


隣の写真は、かねてから噂に聞く高級塩。これで7ユーロでしたが、こんな高い塩を買ったのは初めてです。一回使ってみたくて、ローマのメトロと言う業者用のスーパーにあったので、ちょっと買ってみた。

しゃけを焼く時に使ったけど、とがっていないまろやかな塩だなと思います。


さんぼ





術後の病理検査の結果を聞きに行きました。

わたしは、多くの場合、とても楽観的な人間、と言うか最悪の想定をしないタイプで、今回も「おそらくこれで全部終わるだろうよ」と内心思いながらの診察でした。


しかし、机の上には、なんだか見覚えのある資料が乗っているしーこれは手術前に渡される、果たしてどんな手術なのか、どんな副作用が起こり得るか、などが逐一書いてある、あまり真面目に読みたくない類の説明書きですー、この書類があると言うことは、手術が計画されていて、もしかしたら、全体に散らばっていて遂に全摘になるのかなあ、なんて嫌な予感と共に医師の入室を待ちました。でもわたしの中では、約10日後に日本に行く予定ですが、今後の治療がどうなろうと、その計画は変えないと決心していました。我が家は病人が多く、特に日本の実家は、どうしても今行っておいた方が良いんですよ。動けるうちに片付けておきたい諸々の案件がある。


果たして主治医が白衣の裾を翻しながら入ってきました。この人はいつも重要な告知を前置きなしで行うのですが、今回も開口一番「Ärgerlich」(ああ、残念)でした。いや、これは、普通なら、患者としては絶望しますよねえ。事情を知れば、このセリフはまさにピッタリなんですが。


病理の結果はかなり良いものでした。

わたしのがんはエストロゲン、すなわち女性ホルモンに依存したタイプですが、かなり強く依存していると思われます。と言うのが、5月のがんと診断された日から、レトロゾールと言うホルモン剤を服用しているのですが、それがかなりよく効いて、最初の病理検査では、腫瘍増殖率のKiー67の値が50近くから今両方とも1%に下がったのです。これは信じられないぐらいの低下です。ほとんど増殖しないんじゃないか?とすら思いました。


ただ組織検査の結果、右側の下部断端が陽性だった、つまり断端にがん細胞があったのです。これで最初の医師のセリフ、「ああ残念」の本当の意味がわかりますね。ここまで良い結果だったのに、切り口に残っていて、残念、なんです。もっと大きく切っていたら良かったのかな?これは目では見えないんですよね? 大体これくらい、と思いながら切るんでしょうか?


わたしは、増殖率が激減していましたし、レトロゾールは欠かさず服用していますので、そんなに大人しいがんなんだったら、もうこのままで良い。増殖も1%で、これはほとんど大きくならないと考えていいんじゃないか?と医師に言ったのですが、彼は、これは再発のきっかけになる可能性があるから、外科医としては取るのを薦める、と断言したこともあり、追加手術に同意しました。そして彼はわたしがすでに日本行きのチケットをとっていることを知っているために、最短の明後日に再手術の予約をもう入れてくれていました。麻酔科医とのお馴染みの面談も済ませました。


この再手術の報告を何人かにしましたが、わたしの長女を含む幾人かは、この切り口にがんが残っていたのは由々しき事態で、医師の力量を疑うみたいな感想を聞かせてくれました。

わたしは素人ですが、これはあり得るんじゃないかなあ、と思うんですよね。こういうことがあり得るから断端の検査を行うわけで。で、まだあったからもうちょっと取る、と言うのは標準の手順なんじゃないかなあ。

長女などは、今回のことで、セカンドオピニオンを取るべきと強く言っています。が、わたしはその気はありません。


わたしは、他の乳腺外科医を知りませんが、わたしの主治医は病院の乳腺外科のチーフですが、今のところ概ね満足しています。

最初の病理の結果を読み落とした、というか変更された数値を読まなかったのは、彼じゃないかなあ、と実は思っていますが、その結果、本来だったらやらなかった遺伝子検査を両胸とも二種類行って、わたしの腫瘍の詳細がわかったのは、大きなメリットだったと思うし、術中放射線照射の実施のために尽力してくれたし。説明もかなり詳しいと思います。

何よりも、わたしの病状は、わたしが思うにかなりスタンダードなタイプで、医師によって治療の方針が変わるようなことは無いと思うんですよね。治療方針の選択肢がいくつか示されて、どうすれば良いかわからない、という局面になれば、セカンドオピニオンを考えます。


わたしの再手術の日は、夫も膀胱鏡検査の日で、もしかしたら覚醒ルームで隣同士になったりして。


これで終わりと思っていたのが、ちょっと残念ですが、元々乳がんは、切って終わり、という病気ではなく、長い年月注意しながら共存する必要のある病気だとは自覚していますから、この程度のことで動揺するわけにはいきません。


ところで、主治医から調子はどうかと聞かれた際に、退院してからは全く通常通り働いていますよ、と答えたんですが、「退院後すぐに通常通り働いたなんて、僕としてはあまり聞きたく無い話だね。」なんて言っていましたから、やはり本来はもうちょっと静養するのが普通なのかもしれないですね。ローマに行ったなんて言いませんでした。


夫が予約したローマのホテル。3泊でツインで朝ごはん付きで500ユーロ弱でした。アウレリア通りの近くで、夫は大体この辺りに泊まるので、お馴染みの地区なんです。部屋も広い。イタリアは果物が本当に美味しい。これは白桃。どちらかというとネクタリンの方が好きですが。それも白い果肉のネクタリン。その横はフラスカーティのアウトバーンドライブインホテルで。徹夜で運転して、シャワーを浴びて、さあ、ご飯に行きましょう、と思ったら、車無しではどこにも行けないとんでもないホテルだった。ダブルデッカーでちょっとそこまでお買い物、なんて面倒でできないですよ。ご飯を食べに行けると思って、ウキウキと自撮りしているわたし。


さんぼ