この部屋を「アッセの間」と呼ぶようになったいきさつにはいくつかの説があるそうですが、アッセ(Asse)とは「棒」とか「板」という意味があるそうで、作業中の足場のための棒のから名前がとられたとか、19世紀の終わりにこのお城の修復に携わった建築家のベルトラミが、この部屋のオリジナルの木製の部分からこの名前を付けたとか、いろいろなお話があります。
もう一般公開は終わっているので、細々と書くのもおかしい気もしますが、これはわたしの覚え書きなので、書き留めたいと思います。
お部屋の中は足場は当然すべて取り払われており、レオナルドの描いた天井画がぼんやりと肉眼でも見ることができます。
照明はかなり暗く、詳細を見るのは難しいですし、そもそもかなりの年数を経ており、現在の修復のコンセプトが、大雑把に言えば中世風の儚さを持つ現状の維持、を目指しているために、明瞭な色彩に変えられることは無いでしょう。
第一回目の修復の際には、前の日記にも書いたように、レオナルドのオリジナルの上に絵の具を重ねるような方法を取ったために、かなり色鮮やかでした。天井をよく見ると、その昔の修復の後も残っています。その部分だけ鮮やかな色なのですぐにわかります。
部屋の中に組み立てられている、まるで円形劇場の座席のような椅子に座ります。そして3Dテクニックによる物語が始まります。
これはイル・モーロ(ミラノ公ルードヴィコ・スフォルツァ)が、レオナルドにこの部屋の装飾を依頼するところから始まります。
部屋中にプロジェクションマッピングで桑の木が鮮やかに浮かび上がる様子なども見ることができ、なかなか凝った演出でした。
ただし、わたしはかなりあまのじゃくで、演出されるのは好みでないので、せっかくでしたが、この時間を静かにこの部屋を鑑賞できるのだったらもっと良かったですね。
特に、携帯で写真を撮る人がほとんどで、プロジェクションマッピングの最中もあちこちで写真撮ってるんですよ。わたしは、上のほうに座っていたので、前に座っている人の携帯の画面が明るいのが見えるわけで、それがものすごく目障りで不愉快でした。あれ、なんとかならないのですかね?おかげでわたし、この演出を十分に堪能できませんでした。
というわけで、わたし、説明が終わってみんながぞろぞろ出ていくときもなるべくゆっくりあちこちを歩き回りながら周辺を見て、特に近年発見されたレオナルドのスケッチのモノクロームと言われる部分はこの目でしっかりと見なくてはと決心していたので、目的は果たしました。
しかし、不完全燃焼だったために、この日も観終わってからすぐに踵を返してもう一度入場して、「アッセの間」のみ再度見学し、ついでに次の日も二回入場せざるを得ませんでした。でないと本当に、携帯の画面とか(ごめんなさい。プロジェクトマッピングも)気が散る要素が多すぎて、オリジナルを堪能できなかったからです。
ただ、あからさまな演出は好きではありませんが、特別展示のレオナルドのスケッチなどを見ながら先に進むと、今度は3D技術を駆使した映像で、レオナルドのミラノ滞在の際の物語が公開されていたのですが、これは楽しめました。せっかく見に来たオリジナルを用いての演出じゃなかったので、純粋に楽しめたのだと思います。
「最後の晩餐」を最初に見学した時も同じでしたが、本当にレオナルドが立って、息して、考えて、作業した同じ場所に、わたしも立つことができたのは、なんと幸運なことでしょうか!
深夜バスに揺られ、到着するや否や観光を始めたようなものでしたが、午前中の大聖堂、ブレラでの感激、旧友との美味しく楽しいお昼ごはんに続き、今回のハイライトとも言えるアッセの間へ来ることができ、もうわたしは、感謝の気持ちで胸がいっぱいでした。
結局アッセの間もこの日は2度入り、その後はここに来たならば、やはり見ないわけにはいかないミケランジェロのピエタを鑑賞したのですが、その感想はまた今度。
さんぼ

