アッセの間見学の感動を胸に、この日は、絵画関係であと一つレオナルド工房で学んでいた弟子の中でも最も謎に満ちたフランツェスコ・ナポレターノの作品、聖母子を鑑賞しました。
この作品は、見れば見る程、構成とか背景とか光の表現の仕方とかレオナルドの方法にそっくりです。
この作品の近くに、英語とイタリア語の詳しい説明パンフレットがあったのですが、そこに書かれていたのは以下のような文です。
When you want to create a portrait,
du so during bad weather or in the evening.
Place the portrait with its back to one of the court walls.
Set thy heart in the streets. In the evening, you see in men and women such grace and sweetness just as we do in bad weather.
Then thou, painter, you wilt have to accommodate court walls by dyeing the walls black.
この一節はレオナルドがミラノ滞在中に記した手稿の中にあるらしいのですが、薄明りの中で描きなさい。という意味でしょうか。これはレオナルドの表現者としてのアドバイスでしょう。
パンフレットには、この聖母子画はレオナルドの絵画制作の際のフィロソフィーが、良く表現されている作品だと書いてありました。
暗めの背景に浮かび上がる聖母子の姿。これも本当に素晴らしい作品でした。
わたしとしたことが(美術館で写真を撮る習慣がないので)ブログに載せるなんてことを忘れていて、写真は撮っていないので、説明書きの白黒を一応のせておきます。
そして、最後に足を向けたのはもちろんミケランジェロの作品「ロンダニーニのピエタ」です。
これは巨匠ミケランジェロが、晩年に手掛けたもので、死の数日前まで作業していたと言われている最後の作品です。
ミケランジェロは「ピエタ」を四種類彫っていると言われていますが、完成したものはバチカンの有名なピエタだけで、あとは未完成です。
この最後のピエタは、ミケランジェロがもう視力もおぼつかなくなった晩年に手探りで彫ったと言われている作品で、巨匠の芸術と信仰(と思うんですが)への熱意でもって仕上げようとしていたと感じます。
この作品はスフォルツェスコ城のなかのかつての「スペイン病院」がミラノ万博を機会に新しくミケランジェロのピエタを展示するために改装されてこの素晴らしい作品が360度どの方向からでも鑑賞できるように展示されています。
因みにこの場所は、上を見上げると素晴らしい天井フレスコ画も鑑賞できます。
旧スペイン病院現在の「ミケランジェロ美術館」は下の写真の地図の①の場所です。
これは圧巻でした。見学者もほとんどいなかったために、わたしはかなり長時間前に座り込んでこの作品が放つ圧倒的なオーラを全身で感じることができました。老いた体でノミをふるうミケランジェロの姿がこの未完成の作品の隣に見えるようでした。
人生の最後に今まで観てきた素晴らしい遺産を思い出すことがあるとすれば、この作品は必ず思い出すものの一つでしょう。また再びミラノを訪問する時も、間違いなくここは再訪します。
さて、ミケランジェロのもっとも有名なバチカンのピエタは、何度か鑑賞しています。もっとも最近鑑賞したのは2011年のはずです。わたしが最後にローマを訪問したのは、忘れもしない2011年だからです。この年はドイツ人の青少年オーケストラとはじめての日本旅行に行くはずでしたが、震災により、このオーケストラが属している市が日本への渡航を禁止したのです。したがって、団員は苦境にある日本のために何かしたいと希望したために、行先を日本から急遽イタリアに変更して、ローマ日本人学校を含む3カ所でコンサートをして(その際はローマ在住の方の大変なご協力を得ました。今でも感謝しています。この方こそ何度かご紹介している「レオナルド・ダヴィンチの秘密」の翻訳者の上野さんです)、その際に「イタリアの歴史を知る」というテーマでローマ観光しまして、そのときミケランジェロのピエタも観たと思うんです。あの大傑作を、「見たと思う」なんて、あやふやな記憶なのも怪しからんのですが、それは、わたし、あの時心身ともに、かなり消耗していたからです。だって、10歳から18歳ぐらいのドイツ人の子供をたしか70人以上引率していたんですよ。生き馬の目を抜くローマで、事故がないように、迷子にならないように気を遣うのに一生懸命で、その時見たはずのピエタもシスティーナ礼拝堂もさっぱり覚えていません。
しかし、その前にも何回かバチカンのピエタは鑑賞しており、深い感動は得ましたが、この未完成のロンダニーニのピエタがもたらす衝撃は比べ物になりません。人によるでしょうが、わたしはミラノに来たならば、これは必見と思います。
ところで、ミケランジェロもレオナルドと同じく、あらゆる面での天才ですが、彼のほうが人間離れしているというか、偏屈な印象をわたしは持ってるんですよ。芸術一筋のオタクと言うか。明暗で言うと、わたしにとっては、今のところレオナルドが明、ミケランジェロが暗というイメージなんですけど、今後いろいろと関連書物を読んで、彼についてももっと知りたいと思っています。わたしはもうすぐ還暦で、まだ仕事もしているし、果たしてそんな時間があるのかとも思いますが、時間は作るもの。努力して自分自身の好奇心を満たしたいと思います。
しかし、歴史に残る芸術家は、その作品だけでなく、人生も本当に興味深い。レオナルドはもちろん、例えばブレラのエマオの晩餐を描いたカラヴァッジョ、このミケランジェロも様々な資料や書物でちょっとは調べましたが、その人生が一つの物語のようにドラマチックに思えます。
この日は午後も最高の感動を受け、本当に本当にミラノ行きを決行してよかった、と何度も思いました。
で、今この日記を書いているのはまさに感染症の大流行の真っ最中で、世界中で人の行き来が途絶えているんですが、わたしがスフォルツェスコ城を見学したのは2月9日。イタリアではトップで感染症関係のニュースが流れていました。わたしはその時、「遠いアジアで起こっていることで、イタリアではまだ数人しか患者がいないのにどうしてここまで報道するんだろうか?」と不思議に思っていました。不可解なほど何度も繰り返して報道されていたのです。その当時ドイツではあまりこの件については報道されていませんでした。この温度差には違和感を感じていました。イタリア人は大袈裟なのではないか、とすら思っていました。ところがその後すぐ、爆発的に感染が流行し、世界がすべて変わってしまうわけです。
あの旅行の時に親切にしてくださったレストランや商店の方々、ガイドさんたち、運転手さんたち、街ですれ違った人たち、どうか皆さんご無事でいらっしゃることを祈っています。
さんぼ


