アップル社の故スティーブ・ジョブス氏は、
生前、自らCEO(最高経営責任者)を辞任し、
ティム・クック氏に経営をバトンタッチしました。
その際、新CEOティム・クック氏に対して
最後にこんな言葉を贈ったといいます。
「自分が正しいと思うことをしなさい。彼(=スティーブ・ジョブス)ならどうしただろう、と決して考えてはいけない」と。
“任せる”って、
こういうことなんだあ
と思い知らされました。
自分のやり方を踏襲してくれ
真似をしてくれ
ということではなく、
本人のやり方で、どんな結果になろうとも、
リスクを覚悟のうえで権限を委譲する。
それが“任せる”ということなんだあと。
しかし、それができるのは豪快さだけではなく、
リスクを「損失」ではなく、「投資」と捉える発想があるからだと思う。
仮に、そこで1000万ドルの損失が生じても、
それは、1000万ドルの損ではなく、
権限委譲に対して1000万ドル投資したという認識。
身近なことでは、
子供の塾の月謝を損失と思う親はいない・・・投資である。
それと同じような感覚だと思う
任すということには、リスクが伴う。
それを損失ではなく、投資として認識できてはじめて
“任せる”が機能するのだろう。
でも、その任せるを機能させるために
誰彼にも任せればいいというものでなく、任せられる人を見極めなくちゃならない。
そのためにも、“任せられる人に育つ”環境って大切ですね。
追伸
フェイスブックやツイッターの普及を見ると
パソコンを、“家電”にした
スティーブ・ジョブスの功績は偉大ですね。