
二十数年ぶりに訪れた母校・明治大学の生田校舎で行われた生明祭、そう、学園祭だ。
傘が壊れるほどの、あいにくの暴風雨だったが、我が後輩はとても元気で、大勢の人でにぎわっていた。
まっさきに訪れたのは、展示でも生協でも食堂でも、模擬店でもない。
農学部の第一校舎の脇にたたずむ、世界的冒険家・植村直己先輩の碑だ。
植村先輩は、我が農学部出身の大先輩である。そして私は、心より敬愛しているのだ。
いうまでもなく、世界最高峰エベレストに日本人として初登頂!マッキンリー単独登頂など
世界初の五大陸最高峰登頂を達成した世界的登山家・冒険家。1984年には国民栄誉賞も受賞している。
冬のマッキンリーで消息不明になったのが43歳…若い、若すぎる…!(T_T)
後に、映画『植村直己物語』という映画が作られたが、その主演の西田敏行さんも同じ明治の農学部出身
というのも縁を感じる。
人間の限界と可能性に挑戦し続け、大自然の魅力に魅せられた彼は、
愚直で不器用で臆病で劣等感の塊だったという。
だからこそ完璧な準備力とそれをバネにして不屈の努力と精神力を身につけたのかもしれない。
今でも覚えているが、消息を絶って1か月後の記者会見で妻、公子さんが、
「冒険とは生きて帰ることと言っていた植村は、ちょっとだらしないんじゃないのって思います。
植村と暮らせて大変幸せだった。めぐり会えてよかった」
と語ったシーンは、今でも胸に焼きついている。
そして、碑には、私も大学でお世話になった有機化学の山本大二郎先生のメッセージが。

植村先輩、ここに来ると、頬をひっぱたかれます。お前、もっとしっかりせんか!何を小さなことで
悩んでいるんじゃ!と先輩に一歩でも近づけるように私も頑張ります。
日本人の好きな偉人 植村直己