北半球一周の旅 2002年 1年間 回想記 -2ページ目

北半球一周の旅 2002年 1年間 回想記

1年間をかけて、北半球の主要な国、都市、世界遺産などの旅をした体験を赤裸々に綴る回想記。

 2002年3月下旬。アメリカに入ってからは物価が高いと言う事もあって、俺とK君の食生活はかなり貧相なものになっていた。インスタントラーメンやスナック菓子を食べる事が多かったので、腹いっぱいおいしいものを食べたくなってきていた。

 ワシントンDCに到着した日の昼、俺とK君はガイドブックで目をつけていたインド料理の店に行く事にした。この店はキャピトルヒル地区と呼ばれる、国会議事堂があり小高い丘になっているエリアにある。
ランチならば10ドル程度で3種類のカレーが食べ放題だ。

 正直アメリカという事もあり、あまり期待していなかったのだが店の雰囲気も良く、味もかなりイケる。
俺は子供の頃からインド料理(というかカレーライス)が大好きで、日本や海外で行く先々でかなりの数のインド料理屋に行った事があるが、その中でもここは俺の中では上位にランクインするインド料理屋と言っていいだろう。

 日本を出発してから初めて、久しぶりに食べるカレーだったので、俺もK君もここぞとばかりに食いまくった。
 アトランタから乗り込んだアムトラック・クレセント号は、午前中にワシントンDC、ユニオン駅に到着。
メキシコのバスでの車中泊移動ではあまり熟睡できなかったが、アムトラックでの車中泊は実に快適だ。貧乏旅行なので当然寝台車(Sleeper)ではなく、Coachと呼ばれる一般の座席車両での移動だが、この旅の中で泊まったヘタな安宿よりも心地よく眠れるかもしれない。

 俺とK君はガイドブックで見て決めていたユースホステルに歩いて向かう。
アメリカの中でもかなり人気の高いユースホステルのようだが、ベッド数もかなり多いので直ぐにチェックインできた。ロケーションも抜群で、俺達のワシントンDCでの観光の中心となるスミソニアン協会博物館群にも余裕で徒歩で行ける圏内だ。
 アムトラックの車内で俺とK君は、隣の座席でお互い会話もせずにアーリータイムズを飲む。
しばらくすると二つ前の座席に座っている人達の視線が気になり始めた。(一つ前の座席は空席)ちょっと意識して見てみると、高校生ぐらいと思われる黒人の二人組みの女性がたまに振り返って俺たちの方を見ているようだ。アムトラックの車内に男のアジア人二人がいる光景が物珍しいのだろうか。耳を傾けてみると、どうやら俺の事を二人で、ジャッキー・チェン、ジャッキー・チェンと噂している様だ。
酒を飲んでちょっといい気持ちになっていたので、彼女達が次に俺の方を見た時に、俺はジャッキー・チェンが映画の中でやるようなカンフーのポーズをとって見せてあげた。彼女達は手をたたいて腹を抱えて笑っていた。

 K君はメキシコ旅行中に小学生ぐらいの子供にブルース・リーと指差された事があった。
俺も日本ではジャッキー・チェンに似てると言われた事は無かったが、メキシコでかけたパーマがゆるくなってきて髪もいい感じに伸びてジャッキー・チェンっぽくなってきたのだろうか。

 そしてこの後ヨーロッパに行く事になるのだが、ヨーロッパでも俺はよく子供にジャッキー・チェンと言われ、K君はブルース・リーと言われる事があった。
西洋人にとってはアジア人と言えば真っ先にジャッキー・チェンやブルース・リーが思い浮かぶのだろうか。
まぁでも俺は子供の頃からブルース・リーやジャッキー・チェンが大好きだったので、子供にジャッキー・チェンと指差されても悪い気はしなかった。子供にジャッキー・チェンと言われたら、必ずカンフーのポーズをとって応えるようにした。そうしたら彼らは必ず大喜びしてくれた。