我が家の、喰い、喰い、くいしんぼ -72ページ目

転居準備



三夜前だったか、突然熱を出した息子。

その後もゴホゴホやっていて、

家族揃ってなんとなく五感が狂っている感じ。


その中で少々洟垂れながらもほぼ無傷なのは娘。


私は超高濃度食塩水(嚥下したら命取りかも)で

しつこくウガイ。

効きますよ。



さて、そんな我が家、引越し準備が佳境。


ダンボールを組み立てては、

中身を詰めてガムテープで蓋。


(やっているのは私と娘だけだけど)


こちらへ来た時、

日本から送ったダンボール箱は12箱だった。


滞在許可が下りるのに予想以上に時間が掛かり、

その間引き揚げられなかったその荷物たちは

イタリアの倉庫で待ちぼうけ、

その内、破棄されたものと扱われたのか、

1年半後に漸く税関へ取りに行った時には

どのダンボールも開けられた形跡があり、

めぼしいものは全て抜かれていた・・・。


殆ど空っぽ同然のダンボールもあった。



持ち物は最低限に、と心しているのだけど、

3年半のうちに物は増殖、

既に出来上がっているダンボール箱、

その数15個。


クローゼットはほぼ空に。

残るは10箱ほどの荷物。


荷造りをしながら、

3年半お世話になったアパートの大掃除。



壁は白く塗った。

子供の手垢、クレヨンの落書き、

旦那が宿敵の蚊を潰した跡、トマトソースの撥ねた跡・・・

色々な、"汚れ"をホワイトウォッシュした。


すると、なんとなく、

「新しいおうちに行きたくない。」、

と、言う息子の気持ちが判る気がした。




昨日はイケアへ。

スロヴェニアにはイケアがないので、

一番近くのオーストリア、グラーツ店へ。


リュブリャナから175kmほどか。

車で二時間弱。


元々大して買い込む気もなかったのだけど、

我が家の車に入る分しか買えないのもあって、

物選びはいつにも増して慎重になった。


それが面白いことに、

イケア店内で耳に届くのはドイツ語よりスロヴェニア語。

旗日のスロヴェニア、どの店も閉まっちゃってて、

皆考える事は同じか。



ちなみに、現リュブリャナ市長、イケア誘致中だそう。

確か、イケア・スタジアムが出来るのだよね?

だったら、イケアの店舗も作っちゃいましょうよ・・・ってことだそうな。



土入れ



久しぶりの曇天。


これは、チャンス、とベランダのプランターから

水菜とトマトの苗を袋に詰め、

息子を園へ送って、娘と二人で土を買いに。


50リットルの普通の土。

腐葉土でも何でもない、ただの土。


大した量じゃないのに重い・・・。


どうにか車に乗せ、

マリアンツァの庭へ。


畑には花の球根を植えた形跡有り。


重たい土の入った袋を半ば引きずりながら畑へ運ぶ。


トマト用の畝を整えて4つ苗を植えた。


水菜を植える場所を整える。

昨日、マリアンツァったら「器具は出しておくね」、

なんて言っていたけどやっぱり何処にも出てなくて、

(しかしソファチェアは出っ放し)

勿論ガレージには鍵が。


小さなスコップで土を掘り返す。

15cm程の深さ分だけ。


相変わらずの、石、石、石・・・。

娘と石を拾っては投げ、拾っては投げ・・・。


を、繰り返しそこそこで買って来た土を混ぜた。


本日の整地面積、1m*2m程。


水菜の苗を植えて放水、畑作業、終了。


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大根葉、絹サヤ、誰にも食われず順調。


マリアンツァも色々植える計画のようだけど、

そんなに畑大きくないぞ。

お互い譲り合わねば。

コネとお金



スロヴェニアは小さな国。


日本でも「世界は狭いね。」なんて言うけど、

スロヴェニアは本当に狭い。


マテヤなんか、

「リュブリャナの人間関係はみーんなわかっちゃってもう嫌!

気付けば友達は別の友達の元彼と付き合ってて、

何処と何処がいつどう繋がってたか全部皆知っているのよ。

こんな狭いコミュニティには辟易!」

なんて、会う度にこぼしていたけど、

本当に、知り合いの知り合いは知り合いで、

気付けば誰も彼も知り合い。


そして、それ故コネも強い。


日本でもそうなのかも知れないけど、

就職は勿論、最近よーくわかったのは、医療のコネ。


この国の医療水準がどうなのかはっきりとは知らないけど

(多分技術的にはEU水準ぐらいなのだろう)

常々感じている問題は、

その医療を施してもらえるチャンスにたどり着くまでの

道のりの長さ。


要は、待ち時間が長い。


基本の健康保険が適応される(診療費無料)

ズドラウストヴェニ・ドム(保健所??)なんか、

娘の予防接種の予約を入れようと電話をしても、

大概留守電だし (「何曜日の何時~何時に電話下さい。」、と。)、

例え運良くナースに繋がっても予約が取れるのは3週間後、1ヵ月後。


まぁ、予防接種ぐらいならいいけど、

本当に病気の時、予約なし飛び込みで行くと、これまた大変。

受付の無い待合室はどんよーり暗く、

いつ開くかわからない診察室のドアが開く瞬間を狙って、

中にいるナースに保険証を渡す・・・、というシステム。

ドアをノックしてナースを呼ぶ人もいるが、

勿論そんなことをしたら、ナースにはおもむろに嫌な顔をされる。


だから常に神経を立てて待機していなくてはならないのに、

子供が「トイレ!」なんて言って、その場を離れると、

チャンスを逃しっぱなし、いつまでたっても保険証が渡せず・・・

即ち、ただただ待ちぼうけ、と、いうことにもなり兼ねない。


と、言うのが、当日の待ち時間の話。



さて、

年明けからずっと慢性的頭痛に悩まされているイレーナ。

医者へ行く度、「流行のウイルス」と、診断され、

相手にしてもらえなかった。


その内、粘ってどうにか細かい検査を受けるに至ったのだけど、

それも血液検査の結果待ち3週間、

スキャン系はもうちょっと早く結果は出るものの、

再検査まで3週間・・・と、やっているうちに、

今年も既に三分の一が過ぎ、相変わらず何も解決していない。


その間、仕事もままならず、ディレイしっぱなし、

頭痛の種は更に尽きやしない。


彼女、先日も朝一番から夕方まで

4種類の検査を受けに行っていたけど、

結果が出るのはいつのことやら、

次の来院は1ヵ月後、と言われ心から憤慨していた。


ところが、その日偶然出会ったある人にその話をしたら、

なんと、その彼女、病院にコネあり、ちょっとずるっこ、

横入りの手配をしてくれたそう。

で、1ヵ月先が1週間先に短縮。


パワーオブコネクション。



予防接種の話に戻るけど、

今年の春、三種混合(こっちではプラスB型肝炎)

の最終回をやる時期だったうちの娘。


いつもの保健所に行きたくなくて(何度電話しても留守電だし)、

以前から評判を聞いていた個人医に電話を入れた。


すると、受付のナースは5日後に予約を入れてくれ、

難無く予約終了。


当日時間通りに行くと、

(やっぱり全然親切な雰囲気ではないのだけど)

受付にナースが座っていた。


受付がある。そして、ナースが座っている。

おお。


受付を済ませ、順番待ち。

その内診察室から出てきた女医は化粧臭く、

マニキュアでピカピカの爪。


(医療従事者?)


なんて、首をかしげている間に

診察室に招き入れられ、診察開始。


ちょっと鼻タレ気味だったけど、注射OK、との判断で

ささっと腕に注射をしてくれた。


(打った直後に注射器を落とした。慌て過ぎ?)


お会計、60ユーロ也。


保健所ならタダ。


会計していると、他の患者が保険証を出していたので、

「多分適応外だけど、私も保険証持っている。」、と

ナースに伝えると、

「うちは、保険証のない人(現金払いの人)優先で、

あなたは予約電話の時、保険証を持っている、

と言わなかったから使えない。」、と。


(その返答の前には、一旦、カードの期限が切れている、

と言われ、どうも胡散臭い。)


あら、そうなの。


元々支払いはするつもりで来たからいいのだけど、

お金で時間を買ったのだなぁ、と、つくづく実感。


だって、医者の腕に払ったのか、って言うと

注射器落とすような化粧臭い医者じゃ、

別にそう思えやしなかったもんね。


ちなみに、スロヴェニアの健康保険も、

カヴァレッジが選べて、

多分保険料金を多く支払えば、

こういう個人医の医療費も幾らかカバーされる(だよね?)。


(今帰国で漸く転出届提出、

日本の国民健康保険をやめてきた私は、

(結果間違った選択だったと、少々後悔気味なのだけど)

こっちの健康保険を強化すること考えねば・・・。)


余談ですが、

日本の国民健康保険は海外医療もカバーしています。

専用の用紙を医者に記入してもらうと、

後日日本で医療費還付の請求が出来ます。


医療におけるコネとお金。


でも、まだここはましなのか。


クロアチアなんか

急患受付で悠久の時が流れていたもんぁ。


何はともあれ、病弱なお子達でなくてよかった。


POT ~zeleni prstan~



日曜朝、パスタ。


長時間オーブンでトロトロになったラムに、

トマト、ラディッキオ、そしてエストラゴン。

ピリカラです。


朝からしっかり腹ごしらえ。


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昼過ぎ、自転車と三輪車を車に乗せて、POT へ。


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このPOTはリュブリャナを一周する33kmからなる緑道。

道幅は約4m、両側は緑に保たれ並木道になっている。


この緑道は第二次世界大戦中有刺鉄線が張り巡らされていた

円をなぞったもので、指定歴史記念物の一つ。


現在、この緑道は市民のサインクリング、ジョギングの

コースとなっていて、天気の良い休日には一家揃って

サイクリングを楽しむ人々の姿が見られる。


我が家も久しぶりにヴィッチの辺りから

お子達は自転車、三輪車、親は徒歩、で南へ。


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陽射しは強いが風は少し肌に寒い。


一時間も歩くと小さな公園へたどり着いた。

子供と旦那が遊具で遊ぶ隙に、私はベンチに転がり

日除けにツバの大きな帽子を被って、

スロヴェニア語の本を眺めるうちにウトウト・・・。


微かに耳へ届く子供達の声。

遊具はギーギーっと揺れ、小さな蜂の羽音は近寄っては離れる。

いつの間にやら風もやみ、

衣服の上からも肌へ刺す陽射し。


ボンヤリと有刺鉄線を想像しながら、ウトウト・・・。


散歩再開。


鳥たちのおしゃべりに耳を傾けながら出発地点へ戻った。


何故か33km中、いつもこの辺りしか歩かない我が家。


NIL



リュブリャナの市場で今一番旬なのは、


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アスパラ。


緑も白も。

一キロ8ユーロから12ユーロぐらい。

一束大体1kgぐらいです。


これからどんどん名残になって、

スロヴェニア産が姿を消し、
イタリア産、そのうちペルー産なんかになります。


味は勿論違います。

新鮮なこのスロヴェニア産のものは皮を掃除しなくても、

そのまま蒸したり、フライパンでジュジューっと焼くと

ポリポリ食べられます。

皮を外さない分、旨味と水分が中に残っている。


今日も色々仕入れ、その後イレーナ宅でランチ作製。


サーモン、烏賊、アスパラ、ソラマメの一皿にご飯とサラダ。

サーモンのメインディッシュは

シブレットとエストラゴンの白ワインソース。



夕方は招かれていたNILの誕生会へ。


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城山中腹の黄色い家。


以前から城へ散歩に上がる度、

「ここに住めたらなぁ・・・。」なんて溜息をもらしていた、

その家です。

以前は随分ボロボロでしたが、

NILのご両親は建築家にイテリアデザイナー。

彼らの住んでいる最上階の内装はキレイにレノヴェイトされ、

更に溜息・・・。


窓からの眺めは最高。

ベッドに転がると

木々の間からリュブリャナの街が見下ろせます。


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NILの家からの帰路。

少し下ったところでも、この眺め。


街のど真ん中、木々に囲まれ、

その上背後にはお城。


いらしていたお父様、お母様達は、

うちの店の常連さん達が何人か。


有難うございます。


(でも、なんだかちょっと恥ずかしいものです)


こういう思いがけない場面で、

日本の文化に興味を持って下さっているスロヴェニア人に

色々話すのは嬉しいものです。

デザイナー、建築家となると、日本は大いに興味の対象、

憧れの地、の様です。


(嘘教えないようにしないと、ね。)


生地



新居の為に色々作ろうと、生地購入中。


しかし、スロヴェニアの生地市場は壊滅的。

こちらへ来た当初はあちらこちらと探しましたが、

最近は探す努力もせず。


お隣り伊太利亜や仏蘭西からの

ステキなイテリアファブリックを扱う店はありますが、

どれもメーター、30ユーロ、40ユーロ、と、お値段立派。


なので、私は日本へ帰った際、纏め買い、

それでも足りないので、

日本のネットショップから取り寄せています。


最初に海外発送をしてくれるか尋ね、

発送手順を細かく説明します。

支払いはネットバンキングでささっと済ませて問題無し。


送料は2kg以下なら小型包装物という扱いで

比較的安価に済みます。


今回はファブリックスさん にて、

ヒネモスノタリの林檎柄を色違いで買いました。


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届いた当日早速子供用のスポンジソファ(長座布団?)

カバーとクッションカバーに変身。


他にもいつもお世話になっている生地を扱うネットショップ、

ヤフオクショップあり。


目下作成中なのは、クローゼット用カーテン。

って、どんなものやらわかりませんね。

洋服を収納するスペースを覆うカーテンです。


畑



やっとマリアンツァの畑へ。


パソコンが故障したとかでデータ紛失、

明日の講義に間に合わせるための資料を探さなきゃ、と

テーブルには本と書類を山積みにしているマリアンツァ。


困り果て「本当にどうしましょう・・・」を繰り返しながらも、

「お菓子は?」、「お茶は?」、と勧めてくれる。


忙しそうだし・・・と、お断りして、

庭へ出て道具のありかだけ教えてもらう。


「いい椅子もあるのよ。持って行きましょう。

座り心地抜群でくつろぐわよ。」と。


え?でもマリアンツァは部屋へ戻って資料作成、

私は畑耕しに来たんだし、誰がここでのんびりするの?


と、首をかしげながらも言われるままに

大きなソファチェアを畑の脇に二つ運んだ。


そして、次から次へと種を出してくるマリアンツァ。


改めて見たら、乾いていて石ころだらけの畑。


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畑と呼ぶには随分遠いかも・・・。

牛糞も乾いてカピカピ。


一通りおしゃべりが終わると、

「じゃぁ、私は上でアシスタントが来る前に準備をするわね。

後でゆっくりここで本を読みに来るわ。」と、マリアンツァ。


私はやたら手伝いたがる子供達と開墾開始。


前夫が耕運機で耕してくれたから準備万端、と言っていたけど、

耕したのって表面2cmぐらいじゃないかしら・・・。

土はパサパサに乾いて硬い。

オマケに小石だらけ・・・。


フォーク型の道具で深さ20cmほど分土を掘り返す。

無数の石が顔を出す。

そして、ねっこ、ねっこ、ねっこ・・・・・

何しろねっこだらけ。


その内電話が鳴り、大家が契約は今日、と言い出し、

二時間半で開墾終了。


持ってきた絹サヤの苗と大根葉の苗を植え、

水をあげておしまい。


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全然畑らしくない。


大丈夫なのかな。


途中で様子を伺いに降りてきたマリアンツァは

「アブソルートリ・パーフェクト。」を、繰り返して大喜びしてたけど、

先は長いぞ、この荒地。


と、まぁ、日の下お子達と土まみれ、

帰りはお約束の、

「明日もやろうね。」と、翌日の再訪を誓い、メデタシ、メデタシ。


大家!



息子を園へ連れて行かなくてはならないのに、

変な悪寒と頭痛が。


取り敢えず朝食のパスタ

(トマトが美味しくなってくると更にこればかり)

を作ってお子達二人に食べさせる。


身体が震え、極めてパフォーマンス悪し。


園から戻る頃には日も燦燦と、

道行く人々は半袖なのにブルブルしている私。


まさか、と思って体温を測ると、37.6℃。


なるほど、と納得。

ブルブルしながらも娘と一緒に、

母から送られてきたゴーヤと枝豆の種を埋めた。


絹サヤも全部芽が出て、大根葉も大きくなってきた。


引越しの準備もしつつ、昼食を済ませて、息子の迎えに。



イレーナ先生は、昨日は海へ行ったの?

って天気がいいと毎週火曜は同じ質問。


今回はコバリッドへ行って、アウト・ヴラックに乗って・・・、

って話したら

「すっかりスロヴェニア人ね。

(そんなマイナーな処へ行くなんて。)」

と。



その後、直ぐに新しい大家との打ち合わせ。


実は先週土曜、大家が、

「同じ建物の反対側の部屋を貸してもいいよ。」と、

話を振ってきた。

こちらの物件は人に貸したことが無く、

ずっと空室にしていたそう。


すぐ話に飛び付いた私。

だって、このヴェゴヴァ通り側は日当たり良好、

窓の外は白樺の木々、に建築学校、

と、モンクのつけようがない。


そして即内覧させてもらった。


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今までの予定していた物件よりぐんと広い。

それにバスルームの窓が明るい中庭のバルコニーに面している。


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どうみてもこっちの方がいいじゃない。


どうしよう・・・。


家賃は勿論こちらの方が上。

元々引越し予定の物件の家賃ですら今より上がるのに。


と、半ば拷問に遭った様な苦しい気持ちになりながらも、

大家には、どうにか遣り繰り出来る様、

こちらの物件を優先的に考える、

と、伝えて次回の打ち合わせ(今日)の約束をした。


そして今日。

前金6か月分(キッチンを設置する費用)のお金をどうにか

工面する方法を考えて打ち合わせに望んだ。


すると、なんと、大家、挨拶をして席に着くや

「家賃は値引き。

それと、キッチン用の前金4ヶ月分、デポジット1ヶ月分でいいよ。」

と、言ってくれました。


ここ数日お金の事に頭を使って(つくづく嫌ですね・・)いた私は、

ブルブル悪寒も一気に吹き飛び、晴れやかな気持ちに。



と、言う事で木曜には前金渡して、いよいよ契約書にサイン。






まわり道



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晴天。快晴。


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朝食をアナが準備してくれた。

客は私たち以外に新婚のオーストリア人カップル。


自家製チーズにジャム。

そして、コバリッドにあるプラニカという乳製品屋のヨーグルト。

ムエスリ、フレイクそしてパンとクロワッサン。


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月曜はフリーデイなアナ。

昨晩の続きの話をのんびりと。


お互い同じ様な悩みを抱えていることも分り、

様々な意見がシェアできた。


話題はやっと料理に及び、昨晩のサラダのハーブの話に。


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彼女が使っていたポルカ(怪しい・・・)

というハーブを採りに散歩。


アナの子供達はうちと同じ構成、偶然にも同い年。


子供達は同じ様に草原を走り回っては

ねっころがるを繰り返している。


うちの子達はポルカを採ってはムシャムシャ。



漸く昼過ぎ、出発の準備が出来、

様々な約束を交わし、礼を言ってフランコを発った。



帰路はノヴァゴリツァ経由ではなく、

ボドゥブルドからアウト・ヴラック(カートレイン)に乗ることに。


時刻表を見ると、次の列車は4時5分とのこと。


コバリッドからモスト・ナ・ソチを通過、

山間の細いクネクネ道をこわごわ進む。


カーブごとにミラーなんてないスロヴェニアの田舎道。

(街中にもないね)


その上地元のドライバーのスピードと言ったら・・・。

一度は対向車線の車がオーバーハング、

スピードが出すぎていたその小さな車は

コントロールを失ってお尻を振っていた。


食べる店もなけりゃ、通り抜ける村々の店は閉まっている。

2時ごろ着いたポドゥブルドの村にも食堂一つない。

唯一の小さなメルカトールは12時から3時まで昼休みと。

(え、イタリアなの、ここは?)


駅を探し、時刻表確認。

お子達は忘れた頃に入ってくるディーゼルの列車に興奮。

入線してきたアウト・ヴラックにも大喜び。


3時を待って、メルカトールでサンドウィッチの仕度。



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いよいよ、乗り込む時間になり、

7ユーロ20セントを車掌に支払ってチケットをもらう。


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乗客は前に一台、後ろに一台。


写真正面の高い山をトンネル6.3km、10分ほどで抜けます。


(道で越えていくのは大変そうだもんね)


このアウト・ヴラック、最後尾に客車も繋げているので、

てっきり車をここに停めて乗員は客車へ・・・・、

と思ったら、なんと乗員も車に乗ったまま発車。


ポドゥブルドを出発するや直ぐトンネルに入った。


トンネルは真っ暗。一筋も光は無い。

闇の中を10分間。

知覚できるのはガタガタ、ガタガタ、という音と

ディーゼル機関車の排ガスだけ。


我が家のメンバーは予想していなかったことだらけに


「何も見えないよ~!真っ暗だよ~!」


と、大はしゃぎ。


乗り気でなかった旦那も「宇宙旅行みたいだね、」と、

意外な展開を楽しんでいる。


やっと目が慣れてきたかな、と思ったら出口。


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はぁ無事出てきましたよ。


到着したのはボヒンスカ・ビストリッツァ。


随分景色が違います。

こちらは針葉樹の濃い緑。


ボヒンスカ・ビストリッツァから我が家までは1時間ちょっと。


このアウト・ヴラック、今回はトンネルの10分のみ利用しましたが、

実は時間によってはモスト・ナ・ソチと

ボヒンスカ・ビストリッツァを繋いでいる。


今度コバリッドへ行く際は

是非ボヒンスカ・ビストリッツアからモスト・ナ・ソチまで

恐ろしいクネクネ道を回避するために乗ってしまおう。

しかも所要時間たったの35分程。


アナ



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3時を少し過ぎて到着。


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友人たちと談笑していたアナは

「丁度今ランチを終えたところよ。」と、言いながら、

私たちを迎えてくれました。


テラスで日曜のランチをゆっくり楽しむ人々は

食事も終わりワインも回っているようで賑やか。


私たちはチェックインして、部屋へ。


お子達は部屋へ入るや否や服を脱ぎ捨ててジャグジへ。


私は大きなベランダのハンモックでウトウト。


目覚めてジャグジで汗を流し、いよいよ待望の夕食に。


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今回は初めて外のテラスへ。


私たち以外に客は無し。


一皿目。


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牛のタルタル。

マスタードソルベとトマトソルベ添え。


三角のものは固めのトースト。

バルサミコソースに、セロリと紫玉葱。

カレー粉。

爽やか。


二皿目。


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ハーブとカクテルサラダ。


ソラマメ、入っていました。

ヴィネグレットは少々油っこいかな、と思いましたが、

ほのかに生姜が利いてそれぞれの素材の味、

食感がはっきりしていました。


ワイン一杯目。


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コリシュカブルダのワイナリーです。

ワイナリー自体は無名ではないけど、

ルメナ・レブーラというちょっと珍しい種類の葡萄でした。

レブーラ好きです。

スロヴェニアのワインらしいふくよかな香り。


次は、


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ヴィトウスカ、という初めて聞いた種類の葡萄。

白です。

2006年ですが、そうとは思えぬ程深い味わい。

ほんわりと一瞬トロピカルな香りまでします。


料理、三皿目。


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ホワイトアスパラのヴァプールに紫芋のフォーム。

そこに帆立貝。タイム。

アスパラの火の通り加減が最高。

ほぼ息子に食べられました。


四皿目。


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ラムのラヴィオリ。

ちょっとしょっぱめのソースにはトピナンブール。

これは以前お目にかかったこと有。



五皿目。


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トマトソースとビターチコリのソース。

イカ墨の冷製パスタ。


ワイン。


メルロ。

メルロ、としか書いていません。

若手のワインメーカーだそうですが、

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シンプルで衝撃的なワインでした。


六皿目のメイン。


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子牛の頬肉の魚介スープ。

ポレンタベッド。

天はアルファルファ。


不思議なコンビネーションですが、

どうかなぁ・・・。

頬肉の火の通りはちょっと行きすぎか・・・。

勿論美味しかったのですよ、辛口批評です。


デセール。


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スクータアイスとポート酒のソース。


以上。


ごちそうさま。