「自ずから」生きることの難しさ
怠け者の自覚があって、
「変わりたいけど変わりたくない」人は多いですよね。
(何を隠そう、私もその1人です)
「頑張らずに、努力せずに、理想の暮らしはできないかな…」
「自分はセッセと働かず、掃除や片付けに煩わされず、ラクして綺麗な家で暮らしたい」
「早寝早起きして、たっぷり寝て、でもひとりの夜時間が欲しい」
「美味しいものを食べながら、痩せたい」
「ゴロゴロして遊びながら、お金を稼いで自己実現したい」
そんな勝手な望みで、二律背反にもみくちゃにされて 本来の望みを見失うのが、我々凡人です。
- 早起きしようと思っても挫折しちゃう。
- 毎日〇〇しよう…(例えばブログや日記や家計簿を続けるなど) 目標を立てても、3日坊主に終わっちゃう。
- ある程度頑張ったら、リバウンドしてしまう。
その原因はどこにあると思いますか?
私たちは他力でのみ動いていて、自分から信用されていない
私たちは、「自分で決めて望み通りに今まで生きてきた」と、そう思っています。
でも、本当にそうなんでしょうか?
私たちの行動原理って、
いつも何かの理由が伴っています。
それは大抵自分の内側から湧いてきたものではありません。
例えば、試しに
今この瞬間にトライしてみてほしいことがあるんですが…。
それは…
手に持ったスマホを机に置いて、お財布を持たず、寄り道せず、目的地も定めず、用事も済ませず、誰とも会わず犬も連れずに、
「ただ30分歩く」
ということです。
スマホや時間を潰すものがないことが不安になりますか?
何のためにそんな事を…と思いますか?
ついでに用事くらい済ませてもいいじゃないか…と思いますか?
だとしたら、あなたの日常生活と行動は他力によるもの。
何かをする理由を求めている、という事です。
「何か理由があるから」動く、それは買い物だったり、通勤や通学だったり、気晴らしだったり、ダイエットだったり…。
自分の外側にある「こうした方がいい」とか「必要」「役に立つ」という理由があるから歩くんです。
何か意味がないと、やりたくないんです。
それは自ずから動くということとは違います。
常に誰かの、何かの言うなりになっていると言ってもいい。
起きる時間、食事の内容、観る情報やTV…全てにおいて、他力で動いている。
そのことに気づかず、自分の意思のように感じている。
そうやって外側から押し付けられた「良い」ことにのみ従って行動を起こしているうちに、
私たちは自分の内側で囁く「真なる善の声」を聞き逃して、裏切り続けてきているんです。
そのことに私は長いこと気づかずにいました。
何かのせいにして、「自ずから」動かないクセをどうにかしないと、裏切られ続けた自分はもう自分を信用できないんですね。
それが、自分で決めたことが続かない三日坊主につながったり、怠け心で逃避しようとしたり、
外側の刺激や娯楽に流されたりして 自分と向き合えない生き方につながってくるんです。
それに気がついて、
自分自身に申し訳ないことをしていたな…と反省した私…
内なる声は本当に小さく、
すぐに外側のノイズに紛れてかき消されてしまいます。
耳を澄ませてひとつひとつの声に応えると、ゆっくりと可能性や希望が花開いて、自分自身への信頼が戻ってくるように感じます。
聞き逃さないよう過ごすこの頃です。






























