お子No.1.5と過ごした3ヶ月間の話ですにっこり

いわゆる流産の内容になりますので

その話はちょっと…という方は

お戻りいただければと思います






私はお子No.1が3歳を過ぎる頃

セルフシリンジ(スポイト?)法にトライし

すぐ妊娠することができました



前回↓


お子No.1の妊娠記録↓




お子No.1の時のフライング検査は

月経予定日の数日前にもかかわらず

はっきりとした陽性反応がありました



お子No.1.5の時も当たり前にフライング

陽性の反応はありました

けれども、うっすらとした線


そもそもフライングですからニコニコ


そのうち陽性反応は濃くなるだろう

そう思っていました

実際に5週目にはしっかりした陽性反応へ




同時に始まるつわりの症状

次はつわり軽いかもという期待は却下真顔

吐き気と嘔吐ピットインです


悪阻まとめ↓




お子No.1より症状が軽いな、と

そういった自覚はありました

常に気持ち悪いし吐くけれど、耐えられる


このあたりから 


この妊娠は最後までいかない凝視


その可能性を頭のどこかに置いていました




私自身の流産経験はこの一度だけですが

昔から流産に関する話題は身近だったので

よくある話が自分にも起こる、と冷静でした




母は2度の流産経験があり

1度目は初期

2度目は22週頃


その後、お寺や神社に沢山願掛けをして

そして私を含む2人を得たのだと

幼少期から聞かされていました


自宅の棚にお骨と鈴、線香立てがあったので

「これなに?」と興味で訪ねた幼い私に

ごまかさずに事実を教えてくれていました


超未熟児が救命され

現在は無事に成長したという

最近のニュースを観ながら


今なら助かったのかなと、やっぱり思うよ凝視


そう話していました




叔母は第一子出産後

20代で絨毛性疾患である胞状奇胎になり

侵入奇胎として化学療法を行っていました


これがなければ、5人は子供ほしかったわにっこり


今でもそう話しています




義母は1度流産したのち

念願だった女の子は39週の誕生死でした

数年後、最後にもう一回だけ…と願い

そうして夫が産まれました


女の子みたいに優しい子で良かったにっこり


そう言って義祖母と喜んだそうです




親族以外にも

小学校の頃、ひとりっ子だった友人

家族の話題で産まれなかった兄妹の話をしたら

 


うちも死んだお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるよにっこり



そう教えてくれて


あ、私たち家族だけじゃないんだ凝視


と知りました




結婚前の勤め先の同僚

一緒にご飯を食べに行った時のこと

結婚して数年が経ち、夫婦揃って子供が大好き



この間、心拍がなくて流産したんですにっこり



自分より若く

婦人科にも定期受診しているのに

なのに

当たり前に起こり得ることなのだ


そう感じました




だから私自身

まだ5週目でしたが

その可能性を考えておかなければ、と



この時、休職者がいた職場は多忙を極め 

吐きながらも欠員分の仕事に追われて

初診に行けたのは7週に近いころ

 


杞憂だったら良い

しかし

産婦人科ドクターからは



この頃なら心拍確認できても良いんだけど

最終月経日あってるかな予防




そうだった

よくある話などではなく


自分の


私の話だと、気が付きました



続きます↓




✳誕生死

いわゆる死産を意味する造語です。

死産は英語で“STILLBORN”、直訳では「死産の」と

なりますが、“STILL”は「それでもなお」という

深い含みを持ち、死産児は“STILLBORN BABY”、

つまり「それでもなお生まれてきた赤ちゃん」を

表しています。

命としては亡くなってしまったが、それでもなお

生まれてきてくれた、そんな子どもたちを想って

作られた言葉です。