梅雨入りを思わせるグズついた日が続き、旅の帰り道を急ぎ始めた頃、近くにまだ登ったことのない苗場山があるので、残雪を懸念しつつ登ってみることにしました。
苗場山はスキー場で有名ですが、日本百名山のひとつで、山頂付近の広大な湿原には無数の池とうが点在し独特の景観を見せています。
午後から雨の予報に、昼までに下山しようと未明に新潟県津南町から秋山郷に入り、小赤沢登山口駐車場で2時間ほど仮眠、6時過ぎに出発しました。
ネットからの情報などで片道3時間余りとなっていましたが、大半が歩きにくい緩んだ雪道を想定し、登り2時間半、下り2時間、山頂滞在半時間の5時間と設定しました。
正午には下山する予定です。
秋山郷はかっての秘境ブームの頃、日本最後の秘境と呼ばれたこともある山峡の地です。
今では、見事な紅葉と中津川渓谷沿いに湧き出る温泉、特に自分で河原を掘って入れる切明温泉の露天風呂が人気を呼び、奥志賀高原への林道が舗装されてからは、シーズンにはどっとマイカーが乗り入れ、すっかり観光地になっています。
「北越雪譜」を書いて、この秘境秋山郷を世に紹介した江戸後期の越後塩沢の商人で文人の鈴木牧之がちょうど二百年前に苗場山に登っています。
牧之に因んで登山口を下った「よのさの里」には露天風呂「牧之の湯」があり、鳥甲山の眺めが絶景です。
3合目の登山口から鬱蒼と茂る樹林の中を1時間ほど歩くと残雪が現れはじめました。
秋山郷から志賀高原にかけては山菜の宝庫です。
最も高値で私の好物のネマガリタケも登山道に顔を見せているので、つい手がでそうになります。
ただ、これはクマも好物ときているので気をつけなくてはなりません。
よく竹やぶでタケノコ採りに夢中になっていて、クマに襲われる事件が起きています。
数年前、木島平でタケノコ採りに誘われ、一緒に山に入った地元の人達は、爆竹を鳴らし、スピーカーで大きな音を出して迷子にならないようにしながら、リュックに入り切れないほど収穫していました。
さすがにこの時期は、他に登山者はなく、初めの頃有った山菜採りの人の足跡もいつか消え、雪にうっすら残るのは古い踏跡だけ。
こうなると、さくらが頼りです。
雪を見ると俄然ピッチの上がるさくらが先行し、雪の斜面を軽やかに渡って行きます。
それでも遅れがちの私を必ず振り返って確認します。
この時ばかりはどちらが主人か分からなくなります。
傾斜がきつく、長い斜面にはロープ張られています。
あまり必要としませんが感謝です。
最後の雪の急斜面を登ると、ポッカリと空に穴が開いたような広い高原に出ました。
中津川を挟んで向かいに聳える鳥甲(とりかぶと)山の猛禽が羽を広げたような峨々たる山並みが迫って見えます。
曇って無ければ上越の妙高山、火打山はじめ、群馬県の谷川岳連峰、北アルプスなども眺望できるのですが…。
湿原では雪の中から池とうが顔を見せ始めています。
山頂は木道の先、もう目の前に見えています。
あと、30分もかからないでしょう。
ところが、この先で木道が雪に埋もれ、一面が何の目印も無い雪原になっています。
頼りのさくらも人の足跡の臭いを嗅ぎ出すことが出来ず、途方に暮れています。
下山予定を超えて10時まで1時間近くルートを捜しましたが、ついに見付けることができず、やむなく撤退しました。
夏に一度でも登っていたら迷うことは無かった筈でしたが。
下山は雪が緩んで歩きにくかったことや途中の木の根っこの穴蔵で獣を捜索するさくらに付き合ったこと、登山口近くの沢でぬかるみに汚れたさくらの足を洗ったことなどで2時間かかりました。
一応、予定の正午に下りて、秋山郷の温泉巡りのあと、志賀高原を経てお気に入りの町、小布施に向かいました。
~了。