サクラバレエは昨日、4月末までの完全休業を発表しました。
スタジオ生へは直接伝えたかったのでLINEの一斉連絡網を通じて、私からのメッセージを事前に送りました。
このことは、随分前から考えていたことで、タイミングを見ていました。
毎日、レッスンを終えて帰っていく生徒達を(しばらく会えないかもしれないけど、今日会えてよかった)と思いながら、見送っていました。
4月4日(土)のレッスンを終えて自宅に帰ると、岡山市内で経路不明な感染者が増えたことを知り、気持ちが固まりました。
周囲の人からは「岡山は東京や大阪とちがって、感染者がまだ11名なのに、大袈裟すぎませんか?長期戦になるんだし、ここで休んでしまったら、後が長いのに。」という声もありました。
確かにそうです。
感染するリスクは都市部に比べると低いかもしれない。
心配しずぎなのかもしれない。
過剰反応なのかもしれない。
「フィットネスや他のダンス教室では、みんなシレッとレッスンしていますよ。」
だから、先生のところも大丈夫でしょ?という声もありました。
それでも、東京や大阪、そしてニューヨークでも、感染者数が11名ほどだったことが、あったはずなんです。
そしてみんな、こう言ったはずなんです。
「まだ、大丈夫でしょ。」と。
そして、いつも通りに移動して、知らない間に感染して、知らない間に感染者を増やし、病院のベッドをいっぱいにしてしまい、医療関係者の方たちの健康や命に影響を与えてしまっている現状があります。
いつ、行動を制限するのか。
いつから、お家で過ごすことをはじめるのか。
その判断はとてもむずかしいと思いますし、私もむずかしかった。
背中を押してくれたのは、生徒たちでした。
暮らしも環境も状況も人それぞれです。
保育士さんや介護職の人たちなど、動きをとめてはいけない職業の方もいます。
なにが良い、悪い、誰が正しい、間違えているということではなく、うちの場合は
“遅すぎるよりは早すぎる方が良い”というジャッジのもと、動きました。
これは、スタジオ生たちの安全と命を守る行動であると同時に、私たちの所属する地域である岡山県を岡山市を守るための判断でもあります。
また、最前線で今も戦ってくれているであろう、医療関係者の方たちへの小さな小さな、本当に小さな支援でもあります。
うちのスタジオにも医療関係者がいます。
コロナウイルスが発生してから、ずっと気にかけて来ました。
3月の休講でも、毎日思い浮かぶのは、スタジオ生たちのこと、特に医療関係者の人たち。
マスクは足りているのかしら。
消毒液はあるのかしら。
危ないことになってないかしら。
医療関係と言っても、コロナとは全然関係ない病院や診療科だったりするのですが、やはり気になります。
世間では医療関係者から感染することを心配する声もあるようですが、
私は彼女たちに、ウイルスを感染させてしまうことの方が怖かった。
レッスンを再開してからの3週間、私はどうかしているくらい、コロナウイルス対策をおこないましたが、この1週間の生徒たちの様子を見て、思うものがありました。
(レッスンに行きたい、踊りたい。)そう思って来てくれています。
でも、隠しても隠しても心のどこかに不安な気持ちがある人が日々増えていることは感じとっていました。
…スタジオ生たちに、我慢をさせたくない。
かといって、休講にすると、それは“踊ること”“レッスンすること”を熱望している生徒たちにとっては違う我慢をさせることになってしまう。
悩み、葛藤し、苦悩し続けた2ヶ月間でした。
日に日に変わる情報、情勢。
それとともに、私の気持ちも、生徒たちの気持ちも刻一刻と変わっていきます。
そんな訳で、なかなか自分の気持ちをこのブログで話すことが出来ませんでした。
覚悟を決めた今、少しずつ、色々なことをお話ししていけたら良いと思います。
スタジオを開けている教室も、閉めている教室も。
バレエ教室も、音楽教室も、ヨガスタジオも。
主宰者たちは、教師たちは、経営者たちは、日々、迷い、悩み、苦しんでいるのだと思います。
“アベノマスク”(素晴らしいネーミングセンス!)なんて言われている総理大臣も、きっと外からはわからない、なってみないとわからないような様々な事情、状況の中で、最善をつくしてくれているんだと思います。
最近ね、「全然違う!」と叱られるかもしれませんが、私は戦時中の日本のことを想像することが多くなりました。
きっと、今みたいに、自分ではどうしようもないことが世の中でおきて、先が見えなくて不安で、みんないっぱいいっぱいになって。
ただひたすら、時が過ぎて状況が変わるのを待つしかなかった時代の人たちのことを。
歌や踊ることをあきらめた人。
夢や希望をうばわれた人たち。
どんなに、つらくてくやしかっただろう。
私たちは戦争を知らない世代と呼ばれていますが、実は人は人生で1度は戦争を経験する、というデータがあると何かの本で読みました。
よく考えたら私たちの祖父母や親は戦争を経験しています。
私は(いやだいやだ!絶対に戦争なんて生きているうちに経験したくない!)と強く思っていました。
(どうか神様、私の一生の間に日本で戦争がおこりませんように。)そう思っていました。
私の人生の半分が過ぎるまで、つまり、ここまでは、その願いは聞き届けてもらえていました。
平成は戦争がない平和な時代でしたから。
令和の時代も、その先も、ずっとそうであるように、本当に心から願っています。
けれど、もしかしたら、私たちは今、少しだけ、本当に本当に少しだけ、それに近い体験をしているのかもしれません。
ある日突然、奪われる日常。
自分たちの意図しないところで、見えない敵と戦わなくてはいけない。
先が見えない戦いです。
それでも、相手は人間ではなくてウイルスです。
それに、今は食べるものもあるし、こうやって、自分の考えだって自由に言える。
なんだかんだ言っても、家の中は安心だし、夜はベッドの上でゆっくり眠ることが出来る。
財産や思想を奪われることもない。
ちょっと大げさすぎるかもしれないけれど、そう考えると、厳しい状況を生き抜いた、昔の人たちのことをあらためて尊敬して、感謝すると同時に、コロナウイルスと戦うのではなく、無駄なエネルギーを使わず、行きすぎるのを待とう。
そして、私たち人間は、実はただの生き物で、動物で、“今日生きている”ことは当たり前の事ではない事、“生かされている”のだと思い、謙虚であること、感謝の気持ちを持つこと。
自分たち人類にもどうしようもないことがあり、自分ではどうしようもない、自分を超えた存在があるということを改めて認識すること。
そんなことが、今の私にとっては学びになっているような気がします。
人間は傲慢になってはいけない。
命に感謝を。
生きることは奇跡なのだということを忘れないように。
話したいことはたくさんあるけれど、今の私は、そんな風に思っています。
どうかみなさま、みんなでこの災害を乗り越えていきましょうね。
世界中の、そして日本で今、最前線で戦ってくれている、医療関係者に心からの感謝とエールを送ります。
どうかみんな、無事で。
毎日、そう願っています。