一輪差しのさくら
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第11回 さくらの枝

先日、久々に実家に帰った。


家の前のさくらは、つぼみをつけていた。


子供二人を抱きながら、さくらを見た。


父が下の子を抱っこする、そのさくらの木の下で。


11年前の今頃、母さんが一番辛かった時。


家族みんなも疲れきっていた時。


丁度その時、このさくらのつぼみに赤みがかかった。



昼間時間があれば、母の側で本を読んでいた。


いつものように母は、ベッドで顔を横にして外を見ている。


時々話しかけるが、もう話す力もないようだ。


嘔吐に苦しみ、力が奪われる。


そんな中でも愚痴一つ言わない。


背中をさするこちらも、辛くて辛くて仕方なかった。


日に日にやせ細っていく背中。


日に日に死期が近づいているのが分かる。


このせつなさをどのように言葉で表現していいのだろう。


母さんが落ち着いたところで、表に行きかわべりのさくらを見た。


小さなつぼみが少し赤みがかっている。


ごめんなさい、と一本枝を折り、花瓶に添えた。


母のベッドの傍らに花瓶を置いた。


なんともいえない優しい笑顔をしていた。


こんな笑顔の人が本当に死ぬのか?


こんな笑顔をする人が本当に死んでもいいのか?


世の中が理不尽に思えた。


でも僕らはまだまだましなほうだ。


世の中には、まだ小さな子供を置いたまま亡くなる方がいらっしゃる。


僕らはもう成人して世の中が分かってきている。


何も分からない子供たちは、母がなくなる現実をどのように受け止めるのか。


そう思い、しっかりせねば、と自分を叱咤する。


ぬぐえない現実と母の笑顔が、そして一輪のさくらがじっとそこにたたずんでいた。

第10回 祖母二人

母にとって実母は、かなりの高齢だ。


うちから車で30分くらいのところに住んでいる。


自分で車を運転できないので、母の姉が乗せてきてくれる。


その祖母には9人の子供がいる。


皆元気にしている。


ただ、母一人を除いて。


母の姉も来ては、いろいろと話しかけ世話をしてくれる。


娘や妹に先に逝かれるわけにはいかない、そんな思いがひしひしと伝わってくる。


恥ずかしい話し、僕は何度も逃げ出したくなった。


母の辛そうな顔を見るのが嫌だった。


そんな僕を察したのであろう、母の姉である叔母がいった。


 今しか、なかよ。一緒にいれるのは。今しか、なかよ。   ※今しかないよ


なぜみんなは、この辛い現実に正面から向き合えるのだろう。


なぜそんなに気丈に振舞えるのだろう。


二十一歳の僕は、まだまだ子供だった。


祖母は、じっと母の手を握っている。


黙っていても握っている。


決して離すものか、と親のすごみを感じる。


そのすごみに母も参った、と言えなかったのではないか。



母の義母にあたる父方の祖母も、母を娘のようにかわいがる人だった。


母方の祖母が来ると、いつも席を外し、親子水入らずの時間を持たせていた。


もちろん嫁姑の問題はあっただろう。


でも祖母は外では必ず母を褒めていた。


そんな話しはまわりまわって僕の耳にも届いていた。


 あんたんとこはよかね。ばあちゃんとかあちゃんが仲良くて。 ※あなたのところはいいね。


そんなことをよく言われた。


今回母が病気になって、本当に毎日母の看病をしてくれた。


家事もこなしてくれた。


祖母がしんどいときは、大叔母と本家の叔母が家事をやってくれた。


多くの支えの下、僕らはやっていけた。


でも病気は、本人だけでなく皆を苦しめる。


本当に病気が憎かった。



しかし気丈に振舞う母、しっかりと支える二人の祖母。


三人を見るたび、自分も頑張らねばと強く思った。

第9回 花そして音楽

母は花が大好きだった。


休みになると、親父と花を見に出かけていた。




母がまだ元気で働いているとき、聞いてみた。


 なぜ花なの?

 

  花は、辛い環境の中たくましく生きている。


  私が子供だったとき、ご飯食べるのが精一杯だった。


  わがままなんていえない。


  花はわがまま言わないでしょう。


  そしてきれいに咲き誇るでしょう。


  花を見ると、わがままなんていってられない、と思うの。


自分が小ちゃい人間に思えた。



三月には母が大好きなさくらの花が咲く。


ベッドの上から、ぼーっとして外ばかりを眺めている。


なにげなく、母の視線をおってみた。


その先には、ここから見えないさくらの木が川べりにある。


さくらの花が咲くのを今か今かと待ちわびているようだ。


僕は表に出た。


さくらの花は、まだまだのようだ。



静まり返った部屋に二人きり。


いろいろと話しかければいいのに、なかなか声が出ない。


何を話せばいいのだろう。


ふと、この静けさを感じて、


 母さん、なにか聞きたい曲とかある?


 (カーペンターズ)・・・


耳を近づけてやっと聞こえた。


祖母に母を頼み、僕はレコード屋へ急いだ。


カーペンターズのCDベストを買ってすぐに戻った。


そして、かけた。


一曲目の「青春の輝き」を聞きながら、母が涙している。


僕もつられて泣いた。


絶対泣かない、と決めていたのに泣いた。


母の手をぎゅっと握り締めた。


手は小さかった。


泣けば、母の体力を奪う。


泣かせてはいけないと思うけれど、曲をとめることができなかった。


母は疲れて、途中で寝た。


僕は母の手を握りながら、最後まで聞いた。


泣きながら聞いた。



あれから一度もカーペンターズは聞いていない。


聞けなかった。


今晩、ゆっくり聞こうかな。


母さんが抱くことのできなかった孫二人をお風呂にいれながら、


今晩、ゆっくり聞こうかな。


子供言ってあげよう。


この音楽をおばあちゃんは一番好きだったんだよ、って。


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