一輪差しのさくら -2ページ目

第8回 親父の葛藤

前年9月、母は手術をしていた。


ガンが見つかった。


医者も手の施しようがなかった。


すでに転移が進んでいた。


すでにガンが体中を蝕んでいた。


もう、流れに身を任せるしかなかった。


その事実を知っているのは父だけ。


一人にでも話せば、必ず母の耳に入る。


耳に入った母の衰弱は、加速度的に進むだろう。


そう思い、一人胸にしまい込んだ。


周りからは、訝しがられる。


しかし、話せるものか。


悩んだ。


でもどうしようもない。


酒の量が増えた。


毎日増えた。


飲めば飲むだけ、空しくなった。


それでも毎日母の病院に通った。


そして明るく振舞った。


振舞えば振舞うほど、空しくなった。


家では一人、毎日泣いていた。



そして3月。


皆に話し、すこしは気がまぎれた。


この半年は地獄だった。


体重は随分と減った。


でも、本当の戦いはこれからだった。


これからが本当の戦いだった。

第七回 現実

そして、兄も帰ってきた。


父、兄、祖母、大叔母そして僕の5人。


大叔母は毎日通ってくれる。


母を実の娘のように思ってくれている。


交代で、母の看病をする。


まだうちはマシな方だ。


世の中には、一人で看護をしている人ばかりだ。


弱音など吐いてられない。


昼間は、祖母や大叔母が来て世話をしてくれる。


やはり祖母と大叔母は強い。


やはり女性は、強い。



トイレに行くときは、支えてもらわないと歩けない。


中に入っても、一人では座れない。


そのときは、祖母や大叔母が支えてあげる。


僕も手伝おうとするが、拒否される。


母はなんだかんだいっても女性だ。


病気になってもいつまでも母親は母親なのだ。


昼間はまだ祖母や大叔母がいるからよい。


でも夜は、父、兄、そして僕。


トイレはいつも父が付き添った。


祖母もすぐにおきて支えてくれる。


結局僕は何もできない。



母はもう自力で起き上がることもできない。


ずっとベットに寝ている。


寝ていると筋肉が弱ってくる。


だからずっとマッサージをする。


時々痛そうな顔をする。


点滴は神経を痛みつける。


しかし、決して弱音を吐かない。


唸る。


こちらも痛くなってくる。


でも母の痛みに比べたら、何が痛いものか。


背中をさする。


 (ありがとう)


消え入りそうな声で話す。


口の動きで理解する。


もう声も出ないのだ。


僕ができることは、背中をさすること。


マッサージしてあげること。


小さくなった背中。


辛くて目をつむってしまう。


胃もやられていた。


嘔吐が激しい。


定期的に嘔吐は体力を奪う。


背中をさする。


声の出ない母が、呻き声を出す。


辛くて耳をふさぎたい。



病気が憎い。


病気が母を奪う。



初めて知る病気の現実。


癌患者の現実。


目は決してそらせない。


でもそらしたい。

第六回 再会

空港からは電車で移動。


駅からは歩いた。


歩けば結構な距離になるが、歩いた。


久々の田舎をかみ締める。


いや、時間を引き延ばしたかったのだ。


再会が、怖い。


どんな顔をして会えばいいのだろう?


はじめの言葉は、なんていえばいいのだろう?


頭がぐちゃぐちゃになる。


深呼吸をした。


頭に浮かんだ。


母に喜んでもらおう。


何がいいか?


就職決まったよ、これがいい!


心に決めた。


あの会社にお世話になろう。


大学で一番早く内定もらったよ。


母も喜んでくれるだろう。


そうこう考えているうちに自宅に着く。


 ただいま。


 おかえり。


祖母と大叔母が迎えてくれる。


 歩いて帰ってきたと?


 うん....。


 さあ、さあ、早よ会わんね!


 うん....。


ドクン、ドクン。


心臓が高鳴る。



母は布団に寝ていた。


驚いた。


やせすぎている。


11月のときとは比べものにならない。


ショックを隠しきれない。


でも笑顔で


 ただいま。


 ..................。(うなずく母)


 顔色良かやんね。


 ..................。(うなずく母)


母が起き上がろうとする。


大叔母が支えてくれる。


母に抱きついた。


涙が出てくる。


母に抱きついたのはいつ以来だろう。


かすかな記憶しかない。


でも今は鮮明に思い出せる。


母を寝かせ、


 母ちゃん、内定もらったばい!


 見て、これ俺の名刺。もう作ってもろうた。


 ..........................。(うなずく母。目には涙)


 ちょっとじいちゃんのお仏壇に挨拶。


じいちゃん、ただいま。


なんで、母ちゃんはこうなるん?


何か悪いことしたか?


ちょっとおかしいよ。


心の中でつぶやく。


その間、父ははしゃいでいる。


母が帰ってきたことに


 よかった!よかった!


と繰り返している。


もちろん相当酒を飲んでいる。


 わかった。わかった。


大叔母が諭す。


 父ちゃん、ちょっと休んでおいで。


 そうか、じゃあちょっと休むよ。


父は疲れていた。


はしゃぐことで気分を紛らわしたかったのだろう。


大叔父も大叔母も帰る。


祖母も出て行った。


母と二人きりになった。


生まれてはじめてじゃないか、と思うくらい話した。


僕が一方的に。


いっぱい話した。


僕が一方的に。


だまった、聞いている母。


たぶん、耳には届いていない。


でも話すしか、耐える方法を知らなかった。


初めて分かった現実。


再会とはこんなに辛いものなのか。