一輪差しのさくら -3ページ目

第五回 機上

機上の人となった。


気が少し抜けて、寝た。



前年の8月。


久々に家族五人が集まった。


兄も僕もそれぞれ一人暮らしをしている。


そのとき、母の異変に気づいた。


お腹が出ている。


 どげんしたと?大丈夫ね?       ※どうしたの?


 大丈夫よ。


 まさか弟か妹ができるんやなかね?


 なんよっとね。               ※何言っているの


東京に戻る前、父に言った。


母さんを病院に連れて行くように、と。


もちろん父も気づいている。


なんども行くように促す。


しかし首を縦に振らない。


 強引に連れて行くよ。


父は約束してくれた。


それから、1週間後。


母から電話。


 これから一週間ほど、入院するけん。心配せんでよかよ。


 どこが悪いっと?


 いやお腹に水が溜まっとるだけやけん。大丈夫。


 そうね。気をつけてね。


一週間経っても退院しない。


二週間経っても。


父に問う。


病気は何か?と。


父は、


 うーん、大丈夫。ちょっと検査に時間がかかっとるだけ


としか言わない。


大学も後期が始まっている。


そんな簡単には帰れない。


そうこうする内に、二ヶ月が経った。



11月。


はじめに三連休がある。


アルバイト代を貯めて、帰省する。


母はまだ入院している。


到着が遅かったので、その日は実家で寝る。


翌日、父に連れられて病院に行く。


ドキドキ、した。


なぜだろう。


母の部屋に入った。


母は帽子を被っていた。


手には点滴の管がある。


とっさに思った。


癌なのか。


昔はよく24時間テレビのドラマを見ていた。


そのとき癌患者はいつも帽子を被っていた。


母がテレビの癌患者と重なった。


でもとっさに否定した。


そんなはずはない、と。


なぜか、焦る。


 顔色良かやんね。


 うん。忙しかろうに、来んでもよかったのに。


 びっくりするやん。一週間って言うたのに、まだ入院しとる。


 ..........................。


余計な一言だった。


デリカシーがなかった。


 ぱってん、顔色良かけん、安心した。


 うん。大丈夫よ。


母はあまり僕と話したくなさそうだ。


 そう、そう今この大学病院で、学園祭がありよるったい。ちょっと見てくるけん。


そう言って母は、同室の人を無理やり連れて出て行った。


逃げるように。


部屋に残された僕と父。


父も出て行った。


同室にいた別のおばさんが話してくれた。


いつも僕と兄の話をしている。


いつも僕と兄が送った手紙を読んでいる。


複雑な思いになった。


どれくらい経っただろう。


父が戻ってきた。


遅れて、母が戻ってきた。


目が赤い。


泣いていたのだろう。


僕もつられそうになるが、堪えた。


 早よ、帰らんね、と母。


 もうちょっと、よかろう。


 いや、早よ、帰らんね。


しぶしぶ父と病室を出る。


駐車場まで母も来る。


気丈に振舞っている。


母は今まで一度も弱音を吐いたことがない。


いつでも気丈な人だった。


だから、帽子を被り、ベッドで横になっている自分をみせたくなかったのだ。


だから、病室を出て行ったのだ。


なぜ、気を使う。


なぜ、気丈に振舞う。


家族なのに。


いや、家族だから。


息子だから、見せたくなかったのだろう。


息子の前では常に強い母でありたかった、と今思う。



僕は言う。

 

 もう、病室に戻ってよかよ。


 よかたい。早よ、行かんね。


 明日東京に戻るけん。元気でね。


 もうすぐ退院するけん、心配せんでよか。


 分かった。じゃあ。


駐車場から車が出る。


いつまでも母の姿が見えた。


いつまでも。



車中、父を問い詰める。


 癌やろ?


 違う。


 癌やろ?


 違うっていいよろうが!


 あの帽子なんね?


 ..................................。


 聞きようろうが!!


 ................................。


父も辛かった。


このとき父しかすべてを知らなかった。


一人ですべてを抱えていた。


そうとも知らずに。



東京に戻った僕は、大学の医務室に行った。


そして、医務室の先生に紙を渡した。


母が出て行った後、こっそり点滴の名前を控えていた。


先生は押し黙る。


 どう?


 うーん。


 抗がん剤でしょ?


 うーん。...................。


先生の表情ですべてが分かった。


 先生ありがとう。


医務室を後にした。


でも、まだまだ気丈だった母。


勝手に大丈夫、と思った。


あの母はすぐに治してしまう。


そう思った、勝手に。




空港に着いた。


飛び立って、すぐに寝た。


すこし開放された気になっていた。


かなり深く寝た。


今から家で待っている母のところに行く。


心は複雑だ。


まず、何て話そうか、と。

第四回 会社

寝付けなかった。


一睡もしないまま、翌日アルバイト先に行った。


毎朝、早く出社しいていた。


でも一番乗りは、いつも部長だ。



大学三年だった僕。


そのバイト先から、就職内定をもらっていた。


テレマーケティングのベンチャー企業。


大学の先生がここの顧問。


その関係でアルバイトをはじめた。


7人中3人が、関西出身。

フロアには関西弁が響き渡る。


若くて、元気がある会社だ。


でも決心がついていなかった。


せっかく就職活動ができるから。


もう少ししてみたかった。


僕たちの年代は、就職氷河期まっただ中。


内定をもらえただけありがたかったのに。



事務所に入ると、部長だけが出社している。


いつもならすぐに仕事を始める。


しかし、その日は、手につかない。


頭の中は、ぐちゃぐちゃだ。


帰りたい。


でも帰りたくない。


母の看病をするべきだ。


いや現実を見たくない。


そのような時は、なぜか発狂したくなる。

人間ておかしなものだ。


沈鬱な顔でぶつぶつ言っている僕。


その異変に気づいたのは、部長だ。

 

 どないしたん?


 いえ、なんでもありません。


 なに言うとんねん、いつもと全然違うやん。


 ........。


 振られたんか?


 違います。


 はっきりしいや!


 .......。実は、母が病気で。


 そうか....。いらんこと質問したな。


 いえ。それで......。


 .............................。どうした?


 あと寿命一ヶ月だそうです。


 そうか............。で、帰るんか? 


 いや、まだ心の整理がついていません。


 そうか。仕事は気にせんでええからな。


 はい。


そこに課長が出社してきた。


部長が課長に耳打ちをする。


 おい。帰れ。


 はい?


 ええから、帰れ。


 ......。

 

 あほ!早よ、帰らんかい!!


 .....。


 最期をしっかりと看取ってやれや。


 ........。


 後悔するな!!


 はい!


部長に断りを入れ、すぐに自宅に戻った。


戻ってすぐに、荷物をまとめた。


その足で、羽田へと急いだ。


部屋はちらかったままだった。

第三回 後悔の記憶

ベッドに横たわる。


後悔の念だけが頭を過る。



中学・高校のとき反抗ばかりをしていた。


何度も泣かせてしまった。


親の存在がうざくて、早く外に出たかった。


東京に出たかった。


そのときは東京に行くことがすべてだった。


東京の大学に受かり、出発の日。


母はいつもどおり弁当を作ってくれた。


プラスチックの弁当箱に。


今度いつ帰ってくるのか分からないのに。

 

 行って来ます。


 頑張らんね!、と母。


 元気で精一杯頑張って来い!、と祖母。


 無言の父。


父の車に乗り込もうとする。


母がそっと封筒を渡してくれた。


うなずく母。


目には涙。


僕は、父の車で泣いた。


駅についた。


無言の父。


そして、一言。


 頑張れよ....。


 はい.....。


また涙が出た。


電車が出て、まじまじと田舎の風景を見る。


懐かしさがこみ上げる。


これから新しい生活が始まるのに、


希望よりも


憧れの東京での生活よりも


不安に苛まれる。


思い出したように封筒を開けた。


中には、


貯金通帳が入っていた。


印鑑が入っていた。


そして手紙も。


 あなたが、子供のころからいただいたお年玉を


 すべて貯金していました。


 このお金は自由に使いなさい。


 東京ではお金がいるでしょうから。


 今までお金をいつも取り上げていてごめんね。


何度泣かせれば気がすむのだろう。


後悔だけが頭を過る。


親の気持ちってなんだろう。


僕は、結局ガキだった。


僕は、東京までの道中、ずっとその通帳を見ていた。


そして東京に着くちょっと前にやっと弁当を食べた。


弁当は塩辛かった。



後悔の記憶。


それは、親に結局何もしてあげれなかったこと。


もうおそいかもしれないが。