第二回 電話
夜8時。
電話が鳴った。
親父からだった。
親父が直接電話をかけたことなど今まで一度もない。
胸が騒いだ。
元気か?
ああ。
その後、親父は黙ってしまった。
僕も黙っていた。
胸が騒いでいる。
どれくらいたっただろう。
あと......あと一ヶ月ったい。
何が。
母さんの命にきまっとろうが!!
え....。
そこまで母の容態が悪いとは。
正直知らなかった。
頭の中は真っ白だ。
とにかく、最期は家で迎えさせる。
明日退院させる。
一回でいい、顔だけ見せろ。
分かったか。
ああ。
そこまでは、覚えている。
そこからの時間は、記憶にない。
しばらくして、また電話が鳴った。
その電話でハッと自分に戻った。
兄だった。
落ち着けよ。
とにかく落ち着けよ。
現実を受け入れろよ。
大丈夫か?
ああ、大丈夫。
兄ちゃんは帰る?
当たり前やろ。
辛い現実やな。
涙が出た。
涙がとめどもなく出た。
部屋が散らかっている。
それが現実だ。
うそやろう?
いや、うそやない。
現実だ。
うそって言わんね!
......................。現実ったい!!
とにかく落ち着け。分かったな。
がちゃん。
兄も辛かったろう。
親父から電話を受けて、
心を落ち着かせて、
僕に電話をくれたのだろう。
辛い気持ちを抑えて、
僕に電話をくれたのだろう。
僕は、僕は、これから何ができるのだろう。
僕は、僕は、これから何をすればいいのだろう。
途方にくれた。
第一回 丘の上のさくら
11年前の 1996年、3月29日。
火葬場のある丘から、その日満開となったさくらが見えた。
雲ひとつない、晴れやかな春の日。
花が大好きだった母は、その満開のさくらを空から見ていることだろう。
苦しかった闘病も、昨日で終わり、やっと安らかに眠れたね。
つらかったね、くるしかったね。
結局親孝行なんて一つもできなかった。
後悔だけが胸に残った。
48歳という若さでこの世を去らなければならない、現実。
母さん、あなたの人生はなんだったの?
子供のために尽くした人生だった、と思う。
今、親になって、はじめてあなたの気持ちが分かってきた。
だから忘れてはいけない、母さん、あなたのことを。
だからちゃんと残すこと。
それが僕ができる唯一の親孝行。