北茨城市にある平潟漁港。普段は静かな港町ですけれども、
2011年3月11日の東日本大震災ではここも大きな被害を受けました。津波の被害というと東北三県(福島、宮城、岩手)ばかり報道されてきましたが、上皇・上皇后両陛下が最初にお見舞いされたのは千葉県旭市と北茨城市でした。
また余談ではありますが先の大戦末期にはこの近くにて城山三郎さんの小説にも描かれた水上特攻の訓練基地があったそうです。「国難」という言葉を聞くたびにクローズアップされてしまう運命にあるのかもしれません。普段は騒々しさとは真逆な場所なのに。
近くに廃業した旅館がありました。震災の3年ほどまえでしょうか?家族と泊まった温泉旅館です。港では朝市もやっており、地元の少年がギターを弾きながらイーグルスの名曲「デスペラード」など歌っておりました。
看板は残っていました。今ほどネットが流行っていたわけではなく、パソコンでYAHOOを検索して予約した場所です。よく茨城県は温泉貧県と隣県から思われがちですが、この辺りはいわき市と隣接しており、源泉温度もかなり熱めでした。
それに日立から阿武隈山地にかけては各種鉱山が存在しており、よい温泉がないはずはありません。おそらく江戸時代の藩主だった水戸徳川家が観光などチャラい銭稼ぎを嫌ったからでしょうか?とはいえ現在は栃木県の那珂川町にある馬頭温泉郷もかつては水戸藩の領地でした。
もう一つ、近くで目にした自動販売機。高額な水産物を自動販売機で購入する人って、本当にいるのでしょうか?農産物ならともかく。
この辺りの冬の味覚「鮟鱇」についてはコロナ禍の折りに訪れた「まるみつ旅館」が近所では有名です。過去ログを貼り付けておきますので、よろしければ読んでみてください。
さて、最近YAHOOで「城里町の温泉」で検索したところ、興味深い名称がヒットしました。
地図を拡大してみると
「道の駅かつら」はよく通りががる場所です。それなら訪ねてみるのもよいかも、と思いGooglemapで調べたら何も載っておりませんでした。
仕方なしに車のナビにて住所を頼りに向かうと、田んぼの中の心細いあぜ道を通らされて、到着したのは
廃ガレージでした。さらに小径を上った奥に建物が見えましたが、完全な廃墟でしょう。これ以上は止しておきます。わしの趣味ではありません。
前述した「道の駅かつら」から那珂川をさかのぼってゆくと御前山があります。
足下は菜の花が咲いておりました。もう、春の入り口なのですね。
去年は3回汲んだ鉄分豊富な温泉。今週に入っていきなりガソリン価格が爆上がりしてしまい、この状況が続いてしまうと遠出を控えなくてはなりませぬ。
どうか、平和な日常が保てますように、と祈らずにはいられません。































