この部屋には実はもう一人の住人がいたことに、食事をしながら思い出した。



ルームメートは、私が好きな人に出会っちゃった事を



心から祝福してくれるに違いないと



勝手に思い込んでいた。




私のルームメートはもうすでに帰らぬ人となっていたが、念のためSMSで



奴の存在を告げた。





予想通り彼女は祝福ムードの返事を返してきた。




ただ次の日、久しぶりにこちらに戻ってくるようだった。




その返事には、友人の旅行のアテンドやら何やらで疲れている。 




彼氏ととずっと一緒にいたからお互いに一人になる時間が必要だというようなメッセージが



書かれてあった。







わたしはどっぷり奴との世界にはまってしまっていたので



奴がジャンキーである事。



この間出会ってそのまま家に連れて帰ってきてしまった事。



などまったく他愛もない事だと思っていたし



逆にExciting Newsぐらいに考えていた。






次の日、出がけにちょうど彼女が帰ってきたので




まだ部屋で奴が寝ていること、私の鍵を置いていくこと、奴がジャンキーであることを



手短に話した。 








"Oh My God" とさぞかし面白おかしく楽しんでくれると思っていたが、




あまり反応が無かった。





気にはなったが、仕事に出かける時間だったのでそそくさと家を出た。





そして、しばらくすると




怒りのメッセージが




送られてきた。







どうやら私が手短に説明したときはショック状態で何も言えなかったらしい。




自分だって、真夜中に男友達を連れ帰って、



キャーキャーいいながらシャワーを一緒に浴びたり、



こちらが今日はゲストはお断りといっているにも関わらず、




当時好きだった男の子を連れてきて、





一緒にテラスで食事して、挙句の果てには、ベンチの手すりを壊したり





そんなことした事など一度も無かったかのように




勝手に人を連れ込んで泊まらせたこと、



それもジャンキーであること



おまけに鍵まで渡した事




は30を過ぎた大人のすることでは無いと書いてあった。





多分彼女は薬物中毒患者がどのような行動を取るか



よく知っていたのだと思う。





それから今振り返れば、わたしは中毒患者に



鈍感か寛容かどちらからしかった。




だけれど恋にまっさか様に落ちて、とても心が繊細になっていたから




彼女の反応がとても偏見に満ちていて





人種差別すらあるように感じた。





明日の朝出て行くようにとの彼女のリクエストに



自分がまるで追い出されるみたいに、




どこに住んだらいいか真剣に考えた。





次に住まわせてもらえるところを決めてから奴に話をしたかった。





その週は木曜日から出張が入っていたし、





出張から帰ると私は新しい会社での仕事が始まる予定になっていた。






夕食の約束を早めに切り上げ、家に帰ると奴が待っていた。




奴の懐かしいぬくもりで心がとけた。




わたしは一気に泣き出すと、事の始終をすべて話した。





奴は驚くほどクールに、余裕しゃくしゃくと





“どうりで、ばたばたと荷造りをして出て行ったわけだ。”





と言っただけだった。

































。


自分が切に願っていることが叶った時、時間が止まり音が一瞬消えてなくなる。



一瞬ためらった後、ドアに駆け寄り、顔は硬直状態のまま呆然と


“はは道に迷ちゃっていろんな人に聞いたよ”


と汗だくで帰ってきた奴の顔を見た。




わたしは下で1時間も待ってたとか、5時半には買ってくるって言ったでしょとかへなへなになりながら、



驚きのあまり反動で怒りながら、それでも半泣きになりそうな顔で多分なにかを訴えていたと思う。




“ごめん、スペアキー持ってるとおもったから。”




ぶっ倒れていたら大変だと思ったが、奴の顔は意外とさわやかで、ニコニコしていた。






奴はたまねぎを切る私をタバコを吸いながら眺めていた。




手伝いたいと言うが、ハヤシライスだからあまりやることが無い。




煮込みはじめてから、サラダ用の野菜を切ってもらうのを眺め、




朝作って出て行ったインスタントラーメンに入れたキャベツやもやしが




きれいに残っていたのを思い出した。



“こいつ野菜嫌いなんだ”








まだ家にはダイニングテーブルが無く、ソファーの前のコーヒーテーブルに



セッティングして食べ始めた。



長いこと香港で一番人気のあるクラブでバーテンダーをしていた奴は



なにかときざっぽい振る舞いをした。



“Cheers"



食事の前にグラスを傾けるときも、やり方がちょっとだけ大げさなのだ。





格好悪い男にされたらおそらく鼻につくと思うが




可愛い男の子にされるとなぜかお尻がそわそわする。






ハヤシライスのできは上出来だったが、恋の始まりは胃が機能を果たさない。




奴が帰ってきたという事実を改めて噛み締めながら






いつ消えてもおかしくないこの関係が、できるだけ長く続くように願っていた。








奴はサラダはやっぱりちょっとしか口をつけなかった。



















シーツを代えてから、ベッドの中で日が昇るまでうとうとしていた。


その日は大事なミーティングが入っていた。



何か急用があって外に出なければいけなくなった時のために


自分の鍵を置いて行く事にした。




ワードローブの中の海外様の財布を触ったときに後ろのほうで奴の目が光った気がした。





奴が寝ている間に、ポケットや財布にドラッグが隠されていないかチェックをした時、


奴の財布には50ドルしか入っていなかった。




冷蔵庫に100ドル磁石で貼り付けて出てきた。







ここで私はいくつもの間違いを犯した事になる。



わたしは自分と言う人間の力を過信していた。


もしくは自分に自身が無い人間ほど自分を必要としてくれる人間を心のそこから求めているのかもしれなかった。



ミーティングはうまく行った。 投資の案件だったから、客が重要箇所をきちんと把握するよう念を押したかったが


あっという間にサインしてしまった。








早めに仕事を切り上げ、夕飯の買い物をしてタクシーで家に向かう途中、家に電話をしたが誰も出ない。



フラットに着くと、やはり鍵が掛かっていた。



ノックをしても誰も出ない。



小一時間、ロビーのソファーに座って奴の帰りを待った。



買ってきた食材が悪くなることも気になったし、奴が中でぶっ倒れていてもいやなので、



泣く泣く400ドル払って鍵屋に鍵を開けてもらった。



やっと中に入れた部屋はがらんとして誰もいなかった。



突然胸が苦しくなってソファーに座り込んだ。




“もう戻ってこないかもしれない”



勝手にそう思い込んだ。







昨晩のあの幸せな時間が脳裏をよぎり胸をかき乱す。




自分の直感に問い合わせて奴が帰ってくるのか、帰ってこないのか感じ取ろうとするが、



絶望的な気持ちになっているのでまったくNeutralな状態に持っていく事ができない。




しばらくボーっとした後、気を取り直して料理を始めた。



ふと気を緩めるとヘタヘタと床に座り込みそうになる自分を奮い起こしながら



たまねぎを切る。








二つ目のたまねぎに取り掛かろうとしたときに



ガチャガチャとドアノブに鍵が入れられる音がした。