船を乗り継ぐ週末もようやく終止符を打つ日がやって来た。










待ちに待っていたはずだが、その日有給をとった私は、











ちょっぴり寝坊してしまう。















本当は島まで迎えにいこうと思ったが、支度をしているうちに














奴がこっち側に着く時間になってしまった。
















まずいと思っていた矢先、携帯電話がなり、

















"よー、今どこにいるんだよ?”












との声に、劇的な再会を思い描いていた夢は















無残にも崩れ去り、ここから始まる夢と現実とのずれに


















イラつき始めている自分がいた。

















やつのリクエストで買って差し入れたヒップホップ系の新しいTシャツに、

















だぶだぶのヒップホップダンサー用のパンツを履き、中にいた元美容師に切らせた

















さっぱりした頭で、 ぷらぷら歩いてくるやつを真正面に見て、
















こんな歩き方だったかと自分の知らなかった現実を早くもまた














こんなはずではなかったんじゃないかと思っている自分を頭の中で追い払いながら















これだけ待ったんだから違和感があるのも当然と















つい立てがない状況にお互い躊躇しているのか、真昼間にお互いを現実の世界でみて、我に返った状態にいるのかわからないまま














抱き合っている二人がいた。



奴が島に引っ越してから、しばらくして












バレンタインデーを一緒に祝おうと












ずうずうしい計画が書いてあった。











一緒に祝おうと言ったって、檻の中にいる奴は身動きが取れるはずもない、












そのためにはこちらが船を2回も乗り継ぎ、会いに行かなければならない。












その年のバレンタインデーは平日である。













曲がりなりにも、香港の金融業界で働くキャリアをちょっとは誇りにおもっている身である。












最初は、馬鹿馬鹿しいと思っていたはずなのに















朝起きて、支度をしているうちに、
















なーんだ仕事を抜け出してみるのも悪くはない
















と思いついてしまった。















そして奴には行く訳ないといってある。















根っからサブラーイズ系のイベントは好きな方だ。















とりあえず、おめかしをして会社に出かけていく。


















2時に場が引けると、そそくさとクライアントとのアポがあることにしてフェリー乗り場に急いだ。
















こんな鄙びた島で平日に誰かと遭遇することなどないとは思うが、












やはり、どきどきしながら船に乗る。
















なーんだやっぱり来たんだといわんばかりにニヤニヤと笑みを浮かべて入ってきた奴は














それでも"You look gorgeous"とのキザ台詞は欠かさない。












まあそのためにおめかしして来た訳だけれど、そこで褒められるキザはやはり偉い。














別にバレンタインだからといって、部屋の内装が変わっているわけでも、キスして言い訳でもないけれど、











仕事をサボって、船を乗りついで会いに来たこ30分のバレンタインは














やはり何か特別な気がした。

































当時私は毎日手紙を書いた。











奴は文章がうまかった。









そしてなぜか毎回便箋一枚。









こっちは頭に浮かんでくることを次から次へと書いたから、枚数は多かった。











後で法廷弁護士もやつの文章力や交渉力を認めていたが、文章を書く才能は抜群にあった。












薬物中毒患者は、嘘の天才だから、それもきっとあっただろう。














毎回、手紙での愛の囁きを楽しみにしていたある日。











それはまだ島に移る前、クリスマスカードに












結婚の申し込みが










書いてあった。













文章もうまいが、人一倍キザな奴は、特に奇をてらうこともなく










割と普通に、僕と結婚してくれないかと書いて来た。











何度も言うようだが、奴と、この"私しか奴を救えない”という豆腐に頭をぶつけてもわからない












これこそ救いようのない、正義感という麻薬と、私の心の奥底にある孤独感にばっちりマッチしてしまう











"私だけ”というステータスにより、私は奴にドハマリだったわけで。














何を隠そう、そのCan you marry me? という文章が目に入った時には














天にも昇る心地だったわけだが、















一時の母となった今では、考えられない伴侶の選択である。