自分が切に願っていることが叶った時、時間が止まり音が一瞬消えてなくなる。
一瞬ためらった後、ドアに駆け寄り、顔は硬直状態のまま呆然と
“はは道に迷ちゃっていろんな人に聞いたよ”
と汗だくで帰ってきた奴の顔を見た。
わたしは下で1時間も待ってたとか、5時半には買ってくるって言ったでしょとかへなへなになりながら、
驚きのあまり反動で怒りながら、それでも半泣きになりそうな顔で多分なにかを訴えていたと思う。
“ごめん、スペアキー持ってるとおもったから。”
ぶっ倒れていたら大変だと思ったが、奴の顔は意外とさわやかで、ニコニコしていた。
奴はたまねぎを切る私をタバコを吸いながら眺めていた。
手伝いたいと言うが、ハヤシライスだからあまりやることが無い。
煮込みはじめてから、サラダ用の野菜を切ってもらうのを眺め、
朝作って出て行ったインスタントラーメンに入れたキャベツやもやしが
きれいに残っていたのを思い出した。
“こいつ野菜嫌いなんだ”
まだ家にはダイニングテーブルが無く、ソファーの前のコーヒーテーブルに
セッティングして食べ始めた。
長いこと香港で一番人気のあるクラブでバーテンダーをしていた奴は
なにかときざっぽい振る舞いをした。
“Cheers"
食事の前にグラスを傾けるときも、やり方がちょっとだけ大げさなのだ。
格好悪い男にされたらおそらく鼻につくと思うが
可愛い男の子にされるとなぜかお尻がそわそわする。
ハヤシライスのできは上出来だったが、恋の始まりは胃が機能を果たさない。
奴が帰ってきたという事実を改めて噛み締めながら
いつ消えてもおかしくないこの関係が、できるだけ長く続くように願っていた。
奴はサラダはやっぱりちょっとしか口をつけなかった。