藤野由希子のブログ -59ページ目

恐れがなかったら、やってみたいことは何ですか?

「もし私に恐れがなかったら……するだろう」

「もし私に自分への疑いがなかったら……するだろう」


恐れや自分への疑いがなければ、……したい! そう思っていることは何ですか?

私たちは最後は必ず天の世界からお迎えが来て、この世の生活を去っていきます。

「もし私に恐れがなかったら……するだろう」の「やりたいと思っている」出来事を今日から始めてみませんか?

人生は素晴らしいもので、生きるに値するもの。

価値のない人なんていなくて、すべての人に素晴らしい価値があり、だからこそ生まれてきて、お互いに教師の役割をはたしています。

恐れを超えて、自分の才能を分かち合って、そして豊かな世界を創っていけますように。

繊細で生きづらさを感じている人におすすめの本

先日、「繊細な人も活躍できる社会を」という記事を書かせていただきました。

「繊細な人」と自分で言うと、「自分で『繊細』と言ってしまう勘違い系の人」という印象を持たれて誤解を招いてしまうので、もっといい表現があればいいのに!と思っています。

アメリカでは「Highly Sensitive Person」と言い、略して「HSP」という言葉が使われているそうです。

全人口の5人に1人がHSPだとか。20パーセント。

多くの人はそれに気づかずに、つらい思いをして生きてきていると、『繊細で生きにくいあなたへ』という本のなかには書かれていました。

この2冊、もしかしたら「HSPかも」という方にはおすすめの本です。

HSPの方は、スピリチュアルな分野の「直感力」が生まれつき高く、スピリチュアルな方向へ導かれることが多いという研究なども出ていて、「なるほど~」と思いました。

ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (ソフトバンク文庫NF)/エレイン・N・アーロン

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娘とのんびり

愛し方を知らなければ、人生を失っている

「愛し方を知らなければ、人生を失っている」

私のスピリチュアルの先生、アラン・コーエンさんはこう言いました。

心からの奇跡を起こすには、愛が大切だと。

「情報を集めることが大事なのではなく、より愛を集めることが人生です」

これは文脈上出てきた言葉で「愛を与えるよりも集める」という意味では決してアランさんは言っていません。「与えること」の大切さももちろん伝えています。

久しぶりにアランさんの言葉を思い出し、ちょっと感動していました。


決断が道を開く

決断すること

すごく人生で大切にしています。

どっちつかずで迷っている状態という時も人生にはあります。

でも「決めない」と決めないことにエネルギーがたくさん奪われてしまうから、私は迷った時は早めにどちらかに決めることにしています。

どちらかに決めて、道を選ぶ。

もしその道が違っていたら、もう一度選び直せばいい。

人生は選択と決断の連続。

楽しんでいける道を選びたいですね。

人生で大切なこと

私は過去に何度か「死ぬかも」という経験をしてきました。

何かつらいことがあった時には「死ぬこと」と比べて大変なことかしら?と思います。

スピリチュアルな視点では、死はなく私たちは永遠の存在だと言われます。

私もそう信じています。

死自体は決して痛みではない。

ただ死にたいくらいつらい気持ちは死よりもつらいことがある。

10代の時、日本で年に74名しかかからない病気で隔離病棟に2ヶ月間入院したことがあります。

すっかり元気になっても、法律上の制限から自分の病室を一歩も出ることを許されなかった時、「普通に暮らしたい」とすごく外の世界に憧れました。

それまでは「学校つまらないな~」と普通の毎日に感謝していなかったのが、普通に生きられることこそが幸せだと気がつきました。

私の原点は普通の毎日への感謝から始まります。

いま自分が生きていられることがとても幸せです。

清々しい寒川神社の境内にて

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寒川神社でおみくじを引いたり、お札をいただいたり、お参りを楽しんでいます!

素敵な日を!

寒川神社へお参りに♪

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神奈川県の寒川神社へ来ています。

屋台がたくさんあってまだまだお正月な感じで楽しいです!

一貫した個性を持つ娘

昨日の夜中、娘が突然目を覚ましました。

そして「ママー、ありちゃんのアイスとらないで」「アイスを自分で食べるの」と寝ぼけまなこで目をこすりながら言っています。

明らかに寝ぼけている。ふふふ。かわいい。

アイスが大好きで、普段から食いしん坊の娘。

「夢のなかでもアイスを食べていたのか~」と娘の一貫した姿勢に感動(笑)。

大好きなうたは「はらぺこあおむし」の歌。

「それでもやっぱりー、おなかがぺっこぺこー」といつも歌っています。

電話で話すときもやっぱり食べ物ネタ。

電話の相手(祖父や夫)に娘は「ちょっと待ってね。いま食べ物持ってくるからね」「お腹すいたでしょう?」と言って、積み木を取りにいきます。

そして積み木を食べ物に見立てて、受話器の向こうの相手に食べさせてあげます。そのあとはタオルを持ってきて、受話器をふいて仕上げ。これは食べたあとのお口をきれいにする意味があるようです(笑)。

どんな遊びでも食いしん坊のキャラを見せる娘。

一貫した個性で面白いです~。






スピリチュアルでできないこと

私自身、スピリチュアルな分野にお仕事として携わってもう6年半となります。

最初はスピリチュアルな出版社で3年以上編集者やライター、講座の助手として働き、複数のスピリチュアルな会社のセミナーアシスタントやライティングのお手伝いなどもさせていただいてきました。そして自分で活動を始めてからも3年半が経過しています。

なのに、スピリチュアルな分野でお仕事をしていること自体、私としてはいまだにとても意外なんです。

というのは、「私はヒーラーです。皆さんに豊かさと愛と幸せをお届けします」というタイプではないからです(笑)。他の人に「豊かさと愛と幸せ」を届けられる人には憧れますが、私自身はそうした「上から人に何かを伝える」というタイプではありません(笑)。どちらかというと、私自身が大変な思いをしているので、できることといえば、自分が知っていることを分かち合う、それだけかなと思っています。

スピリチュアルな分野にいる期間が長い割に、他の人からは「まったくスピリチュアルな人と話している感覚がしない」といつも言われます。

スピリチュアルな世界にいながら、スピリチュアルな世界に染まっていない。だからこそスピリチュアルな世界を他の人に伝えるというお仕事をさせていただけるのかもしれません。

スピリチュアルに仕事として携わってきたことで見えてきた世界があります。

●スピリチュアルでできること。

●スピリチュアルでできないこと。

そうした区別もわかってきました。

この「区別」を自分のなかでは「識別力」と呼んでいるのですが、これは私の宝物です。

なかでも「スピリチュアルでできないこと」を知っておくことはとても大切だと思います。

何十ものセミナーに参加して、スピリチュアルな本を何百冊読んだとしても、怒りをおさえられなくて暴力をふるってしまったり、身近な人にあたってしまったり、最終的には物(このグッズが悪い)や場所(この場所が悪い)、人のせいにしてしまう(この人が悪い)、そうした方を何人も見てきました。

スピリチュアルな理解は、人生を新たな視点から眺めることができること、そして気づきをもって人生を生きることができる、人生に意味があること、すべての出来事には意味があることを知ることができるのだと思います。

私が考えるスピリチュアルは「自分の責任で人生を生きていくこと」だと思います。

自分で選んで、選択して、生きていく。

それがスピリチュアル。

何か思い通りにいかないことが起こったとしても、そこから何かを「気づく」ことができたら、それこそがその出来事の意味。

人から「過去生にこうだったから●●です」と言ってもらわなくても、自分で「気づく」だけでも十分。

私たちは一人ひとりが完璧な存在だから。

「何かが足りない」という気持ちから、スピリチュアルと付き合うと、ますます足りない気持ちが深まって、「もっとこれを読まなくては」「もっとセミナーに参加しなくては」と思ってしまいます。スピリチュアルの世界は無限に奥が深いですから(笑)。

好奇心から、勉強の気持ちから何かを学ぶのは素晴らしいですが、「自分が完璧ではない」という不足感から、自分以外のパワーを求めて進んでいくと、到着する場所も違った場所に到着してしまいます。

エネルギー伝授をどんどん受けて、もっともっととなってしまったり、さらにパワーのあるヒーラーを求めて、コントロールの世界へと進んでしまうことも。

楽しくスピリチュアルな世界と付き合っていくには、スピリチュアルができないことを知ること。それがとても大切ではないか、と思っています。