スピリチュアルでできないこと
私自身、スピリチュアルな分野にお仕事として携わってもう6年半となります。
最初はスピリチュアルな出版社で3年以上編集者やライター、講座の助手として働き、複数のスピリチュアルな会社のセミナーアシスタントやライティングのお手伝いなどもさせていただいてきました。そして自分で活動を始めてからも3年半が経過しています。
なのに、スピリチュアルな分野でお仕事をしていること自体、私としてはいまだにとても意外なんです。
というのは、「私はヒーラーです。皆さんに豊かさと愛と幸せをお届けします」というタイプではないからです(笑)。他の人に「豊かさと愛と幸せ」を届けられる人には憧れますが、私自身はそうした「上から人に何かを伝える」というタイプではありません(笑)。どちらかというと、私自身が大変な思いをしているので、できることといえば、自分が知っていることを分かち合う、それだけかなと思っています。
スピリチュアルな分野にいる期間が長い割に、他の人からは「まったくスピリチュアルな人と話している感覚がしない」といつも言われます。
スピリチュアルな世界にいながら、スピリチュアルな世界に染まっていない。だからこそスピリチュアルな世界を他の人に伝えるというお仕事をさせていただけるのかもしれません。
スピリチュアルに仕事として携わってきたことで見えてきた世界があります。
●スピリチュアルでできること。
●スピリチュアルでできないこと。
そうした区別もわかってきました。
この「区別」を自分のなかでは「識別力」と呼んでいるのですが、これは私の宝物です。
なかでも「スピリチュアルでできないこと」を知っておくことはとても大切だと思います。
何十ものセミナーに参加して、スピリチュアルな本を何百冊読んだとしても、怒りをおさえられなくて暴力をふるってしまったり、身近な人にあたってしまったり、最終的には物(このグッズが悪い)や場所(この場所が悪い)、人のせいにしてしまう(この人が悪い)、そうした方を何人も見てきました。
スピリチュアルな理解は、人生を新たな視点から眺めることができること、そして気づきをもって人生を生きることができる、人生に意味があること、すべての出来事には意味があることを知ることができるのだと思います。
私が考えるスピリチュアルは「自分の責任で人生を生きていくこと」だと思います。
自分で選んで、選択して、生きていく。
それがスピリチュアル。
何か思い通りにいかないことが起こったとしても、そこから何かを「気づく」ことができたら、それこそがその出来事の意味。
人から「過去生にこうだったから●●です」と言ってもらわなくても、自分で「気づく」だけでも十分。
私たちは一人ひとりが完璧な存在だから。
「何かが足りない」という気持ちから、スピリチュアルと付き合うと、ますます足りない気持ちが深まって、「もっとこれを読まなくては」「もっとセミナーに参加しなくては」と思ってしまいます。スピリチュアルの世界は無限に奥が深いですから(笑)。
好奇心から、勉強の気持ちから何かを学ぶのは素晴らしいですが、「自分が完璧ではない」という不足感から、自分以外のパワーを求めて進んでいくと、到着する場所も違った場所に到着してしまいます。
エネルギー伝授をどんどん受けて、もっともっととなってしまったり、さらにパワーのあるヒーラーを求めて、コントロールの世界へと進んでしまうことも。
楽しくスピリチュアルな世界と付き合っていくには、スピリチュアルができないことを知ること。それがとても大切ではないか、と思っています。
最初はスピリチュアルな出版社で3年以上編集者やライター、講座の助手として働き、複数のスピリチュアルな会社のセミナーアシスタントやライティングのお手伝いなどもさせていただいてきました。そして自分で活動を始めてからも3年半が経過しています。
なのに、スピリチュアルな分野でお仕事をしていること自体、私としてはいまだにとても意外なんです。
というのは、「私はヒーラーです。皆さんに豊かさと愛と幸せをお届けします」というタイプではないからです(笑)。他の人に「豊かさと愛と幸せ」を届けられる人には憧れますが、私自身はそうした「上から人に何かを伝える」というタイプではありません(笑)。どちらかというと、私自身が大変な思いをしているので、できることといえば、自分が知っていることを分かち合う、それだけかなと思っています。
スピリチュアルな分野にいる期間が長い割に、他の人からは「まったくスピリチュアルな人と話している感覚がしない」といつも言われます。
スピリチュアルな世界にいながら、スピリチュアルな世界に染まっていない。だからこそスピリチュアルな世界を他の人に伝えるというお仕事をさせていただけるのかもしれません。
スピリチュアルに仕事として携わってきたことで見えてきた世界があります。
●スピリチュアルでできること。
●スピリチュアルでできないこと。
そうした区別もわかってきました。
この「区別」を自分のなかでは「識別力」と呼んでいるのですが、これは私の宝物です。
なかでも「スピリチュアルでできないこと」を知っておくことはとても大切だと思います。
何十ものセミナーに参加して、スピリチュアルな本を何百冊読んだとしても、怒りをおさえられなくて暴力をふるってしまったり、身近な人にあたってしまったり、最終的には物(このグッズが悪い)や場所(この場所が悪い)、人のせいにしてしまう(この人が悪い)、そうした方を何人も見てきました。
スピリチュアルな理解は、人生を新たな視点から眺めることができること、そして気づきをもって人生を生きることができる、人生に意味があること、すべての出来事には意味があることを知ることができるのだと思います。
私が考えるスピリチュアルは「自分の責任で人生を生きていくこと」だと思います。
自分で選んで、選択して、生きていく。
それがスピリチュアル。
何か思い通りにいかないことが起こったとしても、そこから何かを「気づく」ことができたら、それこそがその出来事の意味。
人から「過去生にこうだったから●●です」と言ってもらわなくても、自分で「気づく」だけでも十分。
私たちは一人ひとりが完璧な存在だから。
「何かが足りない」という気持ちから、スピリチュアルと付き合うと、ますます足りない気持ちが深まって、「もっとこれを読まなくては」「もっとセミナーに参加しなくては」と思ってしまいます。スピリチュアルの世界は無限に奥が深いですから(笑)。
好奇心から、勉強の気持ちから何かを学ぶのは素晴らしいですが、「自分が完璧ではない」という不足感から、自分以外のパワーを求めて進んでいくと、到着する場所も違った場所に到着してしまいます。
エネルギー伝授をどんどん受けて、もっともっととなってしまったり、さらにパワーのあるヒーラーを求めて、コントロールの世界へと進んでしまうことも。
楽しくスピリチュアルな世界と付き合っていくには、スピリチュアルができないことを知ること。それがとても大切ではないか、と思っています。