2022年、今年も宜しくお願い申し上げます。

 

今年一年の抱負は、「現状維持」。

日進月歩、自分の考え方や知識は更新され、学びの連続。

年々、物事の見方も変わってくるもので、つまるところ、センターラインを見ながら走るしかない。

 

森羅万象、虚と実、正と負、陰と陽、音楽で言えば長と短から成り立っている。

感覚では理解はしていたが、物事全て「表裏一体」であることを、常に意識する必要がある。

 

これを、“バランス” というのだろう。

 

この表裏一体の良いバランス感覚を保ちながら、現状維持させたい。

その両方の取捨選択は、自分の知識や感覚でしかなく、またそれを信じるしかない。

どういう人に惹かれ、どういう物事に魅せられるかも、自分を信じていくバロメーター。

その感覚を日々どのように更新していくか、それが私にとって、

「表裏一体」を意識すること。

もちろん音楽にも言えること。

 

車の運転のように、センターラインを常に意識し、自分の走る道を見極めていきたい。

他人の “轍” ではなく・・・。

第18回ショパンコンクールも、第3次予選まで進んでいる。

ここまで来たら、もはや誰が選ばれてもおかしくはない。

いつも思う、作曲者自身なら、誰を選ぶのか。

いや、きっと誰も選ばない、選べないだろう。

言わば、自分の教え子の様な参加者達に、優先順位なんて付けられるだろうか。

ショパンならきっと、「みんなありがとう。」と言うにちがいない。

 

審査員のバックグラウンドは様々で、大学教授から現役ピアニストまで、あらゆる角度からの見解や好みにより、

ショパン音楽の神髄に迫る。

いわゆる、“ショパンの専門家たち” に選ばれる。

 

それはさておき、これだけのコンテスタントの演奏が聴けることは、自分の感性を養うには格好の機会。

第3次予選に進み、聴衆の耳も肥えてき、演奏者の底力が試されてくる。

 

私は、 Nikolay Khozyainov(ニコライ コズィヤイノフ ←日本語で何と発音されているは知らない)氏の演奏が、

特に音楽性、音のバランスなどピアノ本来の音の魅力を存分に感じる。瑞々しい。

 

瑞々しい音楽、瑞々しい人、瑞々しい文章・・・

“みず” のような、透き通った新鮮でフレッシュなもの

先月末、教室の発表会が無事終了した。

今年もまたコロナの感染症対策を徹底しての開催だったが、まずは開催できた事に感謝しかない。

これは、生徒さんやそのご家族の日常生活の意識の高さの賜物であったように思う。

 

毎年毎年思うことで、ここでも毎回書いているが、皆さんの演奏には本当に感動させられる。

今年は、観客のお一人からこんなコメントを頂いた。

『皆さんのこんなに素晴らしい演奏なら、本来割れんばかりの拍手喝采を受けて当然なのに、静かに終わるのが勿体ない』

 

こんな嬉しい言葉を頂き、また来年に向け、皆さんと一緒に頑張っていきたいと思う。

 

 

さて今年は、5年に一度のショパンコンクール。

本来なら去年2020年に開催される予定だったが、コロナの影響で一年遅れの開催。

最近は、“上手な” ピアニストさんがたくさんいらっしゃり、目を瞑っていては誰の演奏か分からないほど、“完成” されている。

そんな中でも、自分の好みの演奏というものはあり、肩書やコンクール受賞経歴は、私にとっては全く意味がない。

参加者たちの演奏を聴く事はこの上ない勉強になり、今年も勉強のため聴いていた。

第1次予選通過者の演奏を聴き、「このピアニストなら、生で聴きに行ってみたい」と思ったのは、

Nikolay Khozyainovさん。

 

好みの演奏というのは、人それぞれ。

私には、参加者が審査員に選ばれ、優勝するかどうかはあまり興味がない。

いつも、自分の好きな演奏に出会えたことに、ただただ嬉しく思っている。

 

Nikolay Khozyainovさんの肩書きも経歴も知らないが、

一次予選通過後も彼の他のショパンの作品を聴いてみたいと個人的に思う。