自動で閉まる大きな門に追われるように、急いで塀の内側へと入った。
完全にガシャンという音を立てて門が閉まりきるのを眺めていると、
「松元様?」
相澤さんが僕を呼んだ。
ふと見ると、高級車の後部座席の扉の前に相澤さんが立っていて、
「松元様、どうぞお乗りくださいませ」
「え?」
言われるままに中へ乗り込むと、バタンと扉が閉められた。
相澤さんは車の周りをぐるりとしてから運転席へと乗り込み、
「公道ではないのでシートベルトは締めても締めなくてもどちらでもいいですよ」
どちらでもいい、という割には相澤さんがしっかりとシートベルトを締めるので、僕も慌てて締めた。
車はそのまま発車して真っすぐ進んだ。
初めは今から車庫入れでもするのかと思ったけど、どうやら違ったみたいだ。
僕を乗せた車は敷地の中にある道を自転車並みの速度で走っていく。
敷地の中を車で移動するって…どれだけ広いんだろう。
こんな世界はテレビや映画の中でしか見たことがない。
佐倉井さんって…こんなにお金持ちだったんだ。
「松元様、着きましたよ」
大きな洋館の前で僕を乗せた車は止まった。
相澤さんは僕に少し待つように言うと、車を降りて後部座席の扉を開けてくれた。
なんだか自分がすごい人になったかのような気分だ。
本当は全然そんなんじゃないのに。
車から降りると、そこにはまるでお城のようなお屋敷が建っていた。
「どうぞ中へ」
建物までいくと、再び相澤さんが扉を開けてくれた。
床には真っ赤な絨毯が敷き詰められ、靴を脱ぐような場所はどこにもない。
相澤さんもそのまま中へ入っていくから、僕も土足のままそれに続いた。
「そう言えばさっきまでピアノの音が聴こえていましたが、弾いていたのは佐倉井翔さんですか?」
「ピアノの音が聴こえていた?まさか…門の外まで?」
僕の質問に相澤さんがとてつもなく不思議そうに眉をひそめる。
そして、
「ピアノの音は外まで聴こえないようになっているはずなのですが…、」
そう言って小首を傾げた。
「あっ!僕は耳がとてもいいので…もしかしたらそのせいかもしれないです」
「なるほどそれは素晴らしい。調律師としての冥利に尽きますね」
僕の耳には確かに聴こえた。
だけど聞こえてきたのは本当にピアノの音だったのだろうか。
もしかするとあれは佐倉井さんの心の叫び…だったのかもしれない。
僕にはたまに、そういう音を拾ってしまう能力が見え隠れする。
もし僕に、心の叫びが聴こえたということは…誰かに助けを求めているということなのだろうか。
なんて、まさかそんなことあるわけないか。
だってこんなにお金持ちで、何でも現実に出来そうなそんな人が、ましてや僕なんかに。
「松元様、こちらです」
招かれたここは応接間だろうか。
アンティーク調の家具で整えられたシンプルなのに華美な差異のある部屋。
だけど決して居心地が悪いわけではない。
どちらかというとホッと落ち着ける、そんな部屋。
相変わらず甲斐甲斐しく相澤さんがイスをひいてくれ、僕はそこへ座った。
「こちらで少々お待ちいただけますか」
「はい」
薔薇をイメージした細かいディテールに拘ったモチーフの椅子に座りながら、窓を見るとそこから庭が見えた。
枝葉の整えられた薔薇の植木。
そんな庭の中央には噴水が不定期に水しぶきをあげている。
まるで不思議の国のアリスにでもなって、異次元に迷い込んでしまったような気分だ。
そのぐらいここはあまりにも現実とかけ離れている。
「お待たせ致しました」
相澤さんは紅茶を入れる道具をトレイに乗せて運んできた。
その表情はにこにこと嬉しさを隠しきれない感じだ。
そういえばさっき久々にいい茶葉が手に入ったと喜んでいたっけ。
相澤さんは僕の目の前で、紅茶の缶の蓋を開けその匂いを吸い込み瞳をキラキラとさせながら茶葉をガラス製のポットへ入れていく。
「見てください、この茶葉…まるで薔薇のようでしょう?」
カランと僕の目の前に持ち上げられたポットの中に転がる茶葉は、確かに薔薇のような形をしていた。
色が濃さからいくと…、そうだな黒い薔薇のよう。
ポットの中へお湯が注がれ、段々と甘美な香りが辺りに漂ってきた。
「あぁ…堪りませんね、この香り」
相澤さんはその香りを何度も吸い込んでは口元を緩ませた。
お湯に揺れる茶葉を見つめる。
ゆらゆら…薔薇の花が揺れるさまがとても綺麗で。
しばらくすると紅茶が美しいティーカップに注がれ、僕はそれを口に含んだ。
それは今まで呑んできた紅茶とはまるで違う飲み物で、とろみのある甘さと鼻に抜ける香ばしさが特徴的だった。
なんて、すっかり雰囲気にのまれてしまっているけれど…とてつもなく美味しくて実はちょっと興奮してる。
「すごく美味しいです!」
「あぁそれは良かった。そろそろ翔様もいらっしゃるはずです」
「え…」
そうだった。
このままここにいては、彼と顔を合わせてしまう。
「あのっ、お茶!とても美味しかったです!僕はこれで失礼します!」
「え、松元様?」
慌てて立ち上がった僕に驚いた顔をした相澤さんの遠い向こう側に見えた人影。
「雅紀、この香りってもしかしてマンジャリ?」
「翔様、さすがでございますね。その通りでございます」
「俺にも飲ませてよ、って…は?松元?」
佐倉井さんの視線は紅茶なんか通り越して、ただただ真っ直ぐに僕を見ていた。
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