自分の声じゃないうめき声で目が覚めた。
どうやらベッドに伏せたまま眠ってしまったらしい。
ベッドには、昨日連れ帰った子がすやすやと寝息を立てている。
そっと頬に触れてみると、あれだけ熱かったのに今では平熱程度まで下がっているようでホッとした。
それにしてもあどけない顔で眠ってる。
「くあーっ…」
大きなあくびが一つ出て、それを合図のようにして寝室を後にした。
ふと視界に入った窓ガラスの向こう側では、いまだにしとしとと雨が降っている。
千葉に帰る前のこの東京って街で、最後に少しだけど人の役にたてたかな。
すごいちっちゃなことで全然大したことなんてしてないけど、それでも何もできずに帰るよりかはよっぽどマシだったかも。
”あんたにとって悪い事じゃない。見過ごさずに手を差し伸べな”
そう言ってくれた易やのおばあさん、うん…差し伸べて良かったよありがとう。
彼には手紙を置いて家を出た。
外は雨だというのになぜだか足取りは軽い。
気分も晴々としてる。
それなのに、
「相澤こっちこいっ」
「はいっ、」
「おまえまたここミスってたぞ、先方に出す前だったから良かったけど…これで一体何回目だと思ってんだ?」
「すいませんっ」
会社に着いたら早々、課長のデスクに呼び出されて怒られた。
課長の言っていた通り、これで同じミス…3回目。
ミスをするたびに改善策を出しているにもかかわらず、わざわざ違う隙間を縫ってまたミスってしまう。
ほんと俺って何でいつもこうなんだろ。
自分のデスクに座ると、追い打ちをかけるようにひそひそ声が聞こえてきた。
「相澤さんまたミスしてる。あれじゃ今年も昇進は難しいね」
「澪は別れて良かったよね。だってそろそろ結婚も視野に入れないとじゃん」
分かってる。
原因は全て自分。
仕事がうまくいかないのも、恋がうまくいかないのも、
全部自分のせい。
千葉から東京に出てくるとき、
半ば両親に逆らうように家を出た。
実家は中華料理屋だったから、高校だって調理の専門的な資格がとれる学校にしろって口酸っぱく親に言われていたのに…俺はそれに抵抗するように普通科に進学した。
そんまま大した努力もせず身の丈にあった大学を出て今に至る。
小さい頃から父ちゃんの仕事してる姿を見てて、かっこいいなっていう憧れはあった。
だけど、自分の道ぐらい自分で決めたいってそう思って。
そうじゃなきゃ絶対後悔する、なんていっちょ前にそんなことを言って親を説得して。
かといって、特に何か夢があったわけでもないくせにさ。
そんだけ啖呵を切って家を出たから、なおさら認めてほしくてガムシャラに働いたのは、あっさり泣き面見せて、ほらみろって言われたくなくて、おまえには無理だと思ってたよなんて嘲笑われたくなかった。
だけどそれももう5年。
正直突っ走りすぎて疲れちゃったよ。
嘲笑われようが罵られようが、俺、もう十分頑張ったよね。
だから帰ろうかな、なんて最近では1日に1度は、弱い自分が顔を出す。
朝はあんなに足取りが軽かったはずなのに、帰りはいつもより重量が増した自分の足を引きずるようにしてアパートへの道を歩いていたら、今夜はやたらとスーツにサングラスの格好をした人がウロウロしてんのを見かけた。
誰かを探しているように見えたけど俺には見向きもしなかったから、ま…別にいっかって気にも止めなかったけど…。
そんなこんなで家に帰ると、
「おかえりなさいっ」
中から突然誰かの声がして、
「へっ??」
もしかして違う人んちに入っちゃったのかと思ったけど…どう見ても自分の家だ。
「えと、あの…昨日はありがとう」
目の前には知らない男の子。
眠ってる顔しか見たことなかったけど、よくよく見ると色白で日本人にしては茶色の潤んだ瞳が印象的だった。
ってか、なんでまだここにいんの?
勝手に帰っていいって置手紙してたはずなのに、
「なにしてんの?帰ってよかったのに…」
俺がそう言うと、彼は途端に茶色の瞳を潤ませた。