近年、金運Upの神社としてブラタモリでも放送された

場所・ 栃木県佐野市金井上町2270−1

電話・ 佐野観光協会へ

創建・ 治安2年(1022)平安時代

竣工・ 1802年以降

構造・ 木造平屋建て 流れ造り 金属製 神明系鳥居 

祭神・ 金山彦命 金山姫命

社務所・ なし

最終訪問・ 2023.12

*NHK「ブラタモリ」で紹介

栃木県南部の佐野市の佐野厄除け大師の近くの路地にある地域の神社です神社
近年、金運UPの神社として注目されていますが、本当は鋳物産業の神様で佐野の産業の金属の神様です乙女のトキメキ
現在は金井上町の鎮守様として地域の方がお守りしています拍手

社頭 


佐野は古くは天命(てんみょう)と呼ばれ、
平安朝の昔より鋳物業が盛んでしたキラキラ
鍋釜、あるいは農具のほか、仏像、梵鐘、灯篭、ワニ口、鳥居、銅祠など、美術工芸品ともいえる名品を多々、世に送り出して来ました乙女のトキメキ

これら
天命鋳物の中には、国の重要美術品に指定されたものも少なくありませんウインク
特に茶の湯釜は室町時代、
湯釜は天明が第一と宣伝され、全国の茶人にもてはやされたそうですお茶



鋳物を生業とする人々の崇敬した神が、カナガミ様と通称された「金山神社」です神社
御祭神は
金山彦命、金山姫命の2柱で、治安2年(1022)に「正一位金山大明神」として創建されましたキラキラ

しかし、鋳物師たちが現在の金井上町、金屋仲町、金吹町などに定住したのは、
唐沢山城主・佐野信吉が春日岡(佐野城山公園)に築城の工を起こした慶長7年(1602)以降であるので、創建された場所は現在地ではありません注意

拝殿 


伝承によると天命の鋳物師たちは、はじめ旗川の東岸村岡村に定住し、治安3年に犬伏の鋳物入(どじのいり)に移り、「安三」と銘打った茶釜を鋳造しましたお茶

 

ついで大治元年(1126)、城山公園の西北に一する是閑・田町・堀米朱雀一帯に移住したというから、当初神社は、犬伏に創祀されたことにキラキラ

慶長7年後、鋳物師たちは、天命の町割り(区画)が住んだ所定の場所に居を構えましたウインク
時を同じくして金山大明神を現在地に祀りました神社

 

本殿 江戸時代後期 

 

寛保2年(1742)社殿を再築、次いで享和2年(1802)、江戸神田紺屋町2丁目の宮大工・田中伊兵衛が棟梁となり改築されましたウインク

文化3年(1806)に作成された「中山道例幣使街道分間延絵図」には、鮮やかな朱色の鳥居とともに、完成して間もない神社が描かれています神社

 

鋳物師たちは改築を祝い、社前で灯篭2基、火鉢3個、平釜1個を鋳吹き奉納しました乙女のトキメキ
なお、
社守いわゆる別当は、春日山惣宗寺の院主が代々勤めていましたおじいちゃん
 


日光・輪王寺には天保3年(1832)4月、天命鋳物師によって鋳造された梵鐘が、いまなお時を告げています乙女のトキメキ
この梵鐘の木型は社殿内に掲げられていましたが、現在は佐野郷土博物館に常時展示されています乙女のトキメキ

 

木型には、天保2年6月25日に鋳造に立ち会った作事奉行、日光奉行など、7名の氏名が墨書きされています鉛筆
「大楽院様」とあるのは、依頼主でしょう乙女のトキメキ

 

鋳物師は大川四郎次をはじめとする大川・正田・小島・三木の苗字の14名でしたウインク
明治5年(1872)、神社は惣宗寺から離れ無各社に列せられ、金井上町の鎮守となりました神社


例大祭は9月15日キラキラ
元旦は、歳旦祭として氏子のほか、鋳物業に携わる方たちが御参りし、家内安全、商売繁盛などを祈願しますお願い
平成17年の例大祭には、佐野鋳物工業組合の方たちにより、「金鈴」が奉納されましたクリスマスベル

(神社のパンフより)

                 *

今回は佐野へちょうど行こうとしていたら「ブラタモリ」で佐野が放送され、見ていたらこの神社が映っていました乙女のトキメキ
なんでも佐野は鋳物の街だったとかで、その鋳物業の方たちがお祀りした神社とのこと神社

 

新潟の三条市が金物産業の町なので、金山神社がありますが、そこは特に金運UPの神社とかそういうのはないですねびっくり

 


埼玉県の方にも秩父市の「聖神社」が近年、金運UPの神社ということでTVで放送されていましたが、こちらも鉱山の神様で「金山彦命」を祀る神社でした富士山
どうも関東では「金山彦命」の神社は金運Up神社となるみたいですね札束

 


ということで、ちょうど「佐野厄除け大師」からも近いですし、金運Upなら行ってみよう!!ということで行ってみましたラブラブ
こじんまりとした地域の神社で路地の奥にあるので目立ちませんびっくり

これはTVで放送されなければ普通の観光客は気が付きません注意
当日は土曜日の昼で、他にも参拝者の女性2名がいましたが、それ以外は人気もなく混んではいません義理チョコ
ただ、路地の奥でPがないので、前に停めさせて頂き、すぐに参拝をして帰りましたアセアセ

去年で創建1000年だったようで、1000年もの長い間、この地域の鋳物産業の方たちをお守りしてきた産業の神様なのですねおねがい

 

そういう意味でも佐野の歴史の一部として参拝してみるのもいいかも知れませんラブ

金運UP・神社・産業の歴史好きの方にもおススメです♪