今ここに生きる理由がきっとある -43ページ目

今ここに生きる理由がきっとある

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 5月1日。 朝⑦時。大雨の中羽田を出発!!


先に長州入りしてるアメ友さん情報では、雨は降ってないってことで安心。


まず向かったのはマスジの生誕地の鋳銭司へ。


マスジこと大村益次郎といえば靖国神社にどどーんと立っているこの方

上野を睨み付けているとかいないとか。


鋳銭司とははてなマーク 平安時代、貨幣鋳造所があったことからこの地名がつきました。



案内板が結構可愛かった。


ここにはマスジと奥様の琴子さんが眠っていらっしゃいます。

ちなみにこれはお墓ではありません。お墓の案内の碑です。


大村益次郎はもともと村田蔵六という名前で農業をやりながら医者をやっていた家の子。

超簡単な履歴書はこんな感じ


弘化3年:21歳、適塾に入学。

嘉永2年:24歳、塾頭。

嘉永3年:25歳、塾を辞め、鋳銭司で開業医に。

嘉永6年:28歳、宇和島藩に出仕。←藩主伊達宗城公から『蒸気船つくって』とオネダリされ完成させる。

安政3年:31歳、江戸で塾を開く。

万延元年:35歳、長州藩士になる。

慶応元年:40歳、村田蔵六から大村益次郎に改名

慶応2年:41歳、四境戦争(第二次長州征伐)で石州口参謀。

明治元年:43歳、上野で彰義隊討伐

明治2年:44歳、京都で遭難。大阪で死去 


ここで気付いたのですが、久坂玄瑞くんのお兄さんの玄機さんが適塾で塾頭やってたのが嘉永元年。

ってことは、マスジって玄機さんに習ってたんだ!!  

久坂くんはマスジが江戸で開いていた塾に通ってたから、久坂くんが知らないお兄さんの話とか聞かせてもらってたりして。 あー、でもマスジの性格からして完全スルーの可能性もあるか。



近くには大村神社があります。


大村神社の隣には立派な建物の鋳銭司郷土館

入館料が100円っていうのに驚き。


マスジが使っていたものが展示されています。

数学のお勉強ノート。代数ですね


桂さんからマスジへの手紙。 内容は長州藩へのスカウト。


オランダ語の辞書。 マスジが書き写したもの


任兵部大輔というのは兵部省(軍制を司る機関)の最高地位

などなど。 結構たくさん展示物がありました。


マスジの生涯がよく分かる手作りのパネルもあって面白かった~。


ここで偶然、来年の大河の製作に携わっている方にお会いしました。

きっと観光客はみんな萩に行くんでしょうね~とおっしゃってましたが。


まぁ。そうなるよね。

朝ドラの花子とアンがめちゃくちゃ面白いんですけど!! 


もっと朝市が見たい・・・ ←甲府ターンにしか出てこないから物足りない(・ε・) 




で。日曜日、上野へ行って。


国立博物館で開催中のキトラ古墳の壁画栄西と建仁寺 科学博物館で開催中の医は仁術


まとめて見てきました。


キトラは混むと思ってたから、開館前に到着・・・


が、ネズミの国のように開館前にチケットが買える訳ではなかったのです。


最高に無駄な待ち時間だったわ!! 開館してから来れば並ばずに買えたのに・・・


それから博物館に入るまで90分くらいかかった汗

こんなに待ったの久しぶり。


奈良県明日香村のキトラ古墳(特別史跡、7世紀末~8世紀初め)の極彩色壁画で「四神(しじん)」のうち白虎(びゃっこ)・玄武(げんぶ)・朱雀(すざく)、「十二支」のうち、獣の頭に人の体を持つ子(ね)・丑(うし)を展示。

青龍は持って来れる状態じゃないので、複製のみの展示。


見られるのは最初で最後ビックリマーク かもしれないので、並んでも見る価値はあると思います。


『実はすっごい小さい壁画だったりしてー』なんて話してたんだけど、あながち間違ってはいなかった!!


実物は小さくても、拡大して見ても耐えられるほど繊細に書かれていることが凄い。



栄西と建仁寺は割と空いていてゆっくり見れたけど、禅とか興味なくってあせる

風神雷神が見たかっただけなんで、さっくり・・・




ずーっと行きたかった医は仁術


キトラのついでに見ようと思って今まで待ってたのだ。


混雑してましたー。 展示の配置が最悪。 でも内容は良かったです。



解体新書の元 『ターヘル・アナトミア』 



解体新書ではこうなる


我らの主治医、良順先生の本!! 新選組にもこの養生法を教えたのか!? そうなのか!?


鳴滝塾でシーボルトが書いた処方箋


医療用具


山脇東洋の解剖図は初公開


これが長い!ひたすら症例が書かれている巻物は華岡青洲のもの。


大村益次郎、大鳥圭介、福沢諭吉らが学んだ適塾をつくった緒方洪庵先生の書


青山胤道宛ての手紙が凄い人だらけだった件

名前の読みが『いつう』ではなく『たねみち』だと思ってたのはわたしだけでしょうか。


現代の医療のコーナーではiPS細胞が見れたり、3Dプリンターで作った臓器に触れたりもできたり。


グッズコーナーが変わったモノばっかりで、見てるだけで面白かったな。

人体模型とか、勢いで買っちゃう人いそう笑




4月21日 晴。早朝父上明け番で帰宅後、戸田さん親子と今堀さん、湊さんと一緒に嵐山辺りへお出かけに。浅井さん、近藤さんは一緒にお城の学文へ出勤。体調が良くなってきた!父上が桂川で捕られた鮎を持って帰られたので清水さんへ少し差し上げる。
4/21 23:22

4月22日 晴。父上は朝、お城へお稽古に御出勤。近藤釜五郎さんがカステラ持参でいらっしゃる。宿舎の鈴木さんからお菓子到来。お風呂を沸かす。三橋さんいらっしゃる。葛到来。加藤さんから魚到来。
4/22 21:40

中根さんいらっしゃる。不破さんからシジミ到来。お返しにお菓子を差し上げる。忠内さんがいらっしゃる。隣からお汁粉が少々到来。近鐘さんいらっしゃる。
4/22 21:40

※貰ったもの全部書き残したイバハチ・・・。 
4/22 21:41

4月23日 曇。当番なので浅井さんと三郎は出勤。自分は今日もお休み。父上は午後から大丸へ買い物。大淵さんがお見舞いにいらっしゃった。扇屋が来る。鉄扇3本、平骨3本、渋扇1本。代金2分。
4/26 22:31

忠内さん、児玉さんの2人からお煮しめ到来。天野さん、梶川さんがお見舞いにきてくださった。児玉さんにお返しとしてカステラを差し上げる。戸田さんにお煮しめを少々差し上げる。父上は反物をいろいろ揃え、わたしの単衣も買ってくれた。
4/26 22:31

※貰ったカステラとお煮しめを人にあげるイバハチ・・・
4/26 22:31

4月24日 晴。病大よし(←かわいいので原文ママ) 浅井さん筒井さん明け番。父上はお稽古にお出かけ。呉服屋が来る。浴衣と袱紗(ふくさ)を買う。中川さんから花菖蒲到来。戸田さんから煮豆到来。三枝さん、近鐘さんいらっしゃる。父上はお当番。お弁当代1分240文渡される。
4/26 22:32

4月25日 昨夜遅くから雨が強くなった。今朝は晴。父上は早朝に明け番。大淵さんお見舞いに来られた。父上は皆と稽古に出掛けた。近鐘さんが来たので昼食をお出しする。午後私は髪を結う。
4/26 22:32

澤甚からウナギを1分2朱買う。戸田さんがいらっしゃる。足袋を5足買う。代金2分。五郎兵衛が頼んでいた鰹節を持って来てくれた。お代は1朱と24文。足袋をひとつ差し上げる
4/26 22:32

4月26日 晴。午後から雨。父上はお稽古にお出かけ。私は今日から稽古の見学に参加。村上辰太郎さんから桑酒1升到来。父上が忠内さんからお汁粉到来ということで迎えに行くことになり、筒井さん参上。うどんを買う。
4/26 23:35

夕方三橋さんがいらっしゃる。新板『よしこのふしの本』が到来。江戸のほうにも増扶持が渡されたとのこと。
4/26 23:36

※『よしこのふしに本』【よしこの節】江戸後期に流行した俗謡。潮来節(いたこぶし)から出たといわれ、七・七・七・五の4句の歌詞で、内容・形式は都々逸(どどいつ)に似る。曲名は囃子詞(はやしことば)の一節から。
4/26 23:43

都都逸といえば、高杉さんの『三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい』だね
4/26 23:45

4月27日 今日は雨。御参内が延期になった。父上はお城へ。午後山村さんがいらっしゃる。お酒を差し上げた。鈴重さんもいらっしゃる。鯛を買った。代金1朱150文。鈴木さんから鯉が2本到来。勝左馬次さんがいらっしゃる。桑酒を差し上げた。
4/27 21:36

高坂で『宋唐八大家文』を買う。代金1両1分。浴衣到来。当番につき三郎、筒井さん終日居残り。浅井さんは夕方外出。
4/27 21:36

※『宋唐八大家文』 唐宋八大家(とうそうはちたいか)とは中国唐代から宋代にかけての八人の文人をさす。  注文してた浴衣が出来上がったようです。見たいなー・・・  
4/27 21:39