ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z15弾を見て | sa19830701

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ローカル路線バス乗り継ぎの旅のファンで、この影響を受けて、各地区が運行されるバス会社、運行する区間の国道や都道府県道の路線についても興味を持つようになりました。
私は、常に日本全国の道路地図、鉄道地図、時刻表を所持して、経路のリサーチをしています。

 11月14日にBSテレ東でローカル路線バス乗り継ぎの旅Z第15弾が放送されました。

 初回放送は2020年12月26日です。

 スタートは和歌山県橋本市(旧伊都郡高野口町)から、途中三重県志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島和歌山県田辺市(旧東牟婁郡本宮町)湯の峰温泉の2か所を必ず立ち行き、目指すゴールは本州最南端である和歌山県東牟婁郡串本町潮岬までを3泊4日で路線バスのみを乗り継いで行く行程です。

 マドンナは鈴木杏樹さんです。

 

スタート地点(和歌山県橋本市JR西日本和歌山線高野口駅)

第1チェックポイント(三重県志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島)

第2チェックポイント(和歌山県田辺市(旧東牟婁郡本宮町)湯の峰温泉)

ゴール地点(和歌山県東牟婁郡串本町潮岬)

 

 今回を以て、ちびまる子ちゃんでおなじみのナレーターであったキートン山田さんは、2020年12月5日にちびまる子ちゃんのナレーターを2021年3月末を以て引退されることになり、更に、今回放送するローカル路線バス乗り継ぎの旅Z第15弾を以て引退することになり、太川陽介さん蛭子能収さんレギュラー第2弾(東京都中央区日本橋~京都府京都市三条大橋)の旅からの約13年間務めてきたナレーターの最終回です。

 

 スタートの和歌山県橋本市(旧伊都郡高野口町)から最初のチェックポイントである三重県志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島へ、まずは9時05分に出る橋本市のコミュニティバス西部線(南海グループ南海りんかいバス委託業務)で国道24号線を通って橋本市方面のバスに乗車しました。

 9時46分に橋本市に到着、聞き込みをしている間に9時51分発の橋本市のコミュニティバス東部線(南海グループ南海りんかいバス委託業務)のバスが出てしまいましたが、方角は南海グループ南海りんかいバス本社車庫行きのバスです。

 その橋本市隅田(すだ)町芋生(いもう)に向かう橋本市のコミュニティバス東部線(南海グループ南海りんかいバス委託業務)の先発時刻は11時29分です。

 それより早く出る10時26分発の南海グループ南海りんかいバス52系統橋本病院線(2023年3月末を以て休止)で橋本市民病院行きの手前の門前で途中下車しました。

 ここから奈良県五條市上野(こうづけ)町までの約2.6キロメートルは徒歩移動です。

 11時43分に五條市上野(こうづけ)町に到着、ここから五條市のコミュニティバスC系統畑田・五條病院線(2021年11月9日を以て廃止)の先発時刻が13時47分発と2時間04分の待ちです。

 結局、五條市までの約3.2キロメートル、橋本市門前から約6キロメートルの徒歩移動となりました。

 12時52分に五條市五條町に到着、3分後に本州最長の約167キロメートルを走行する奈良交通302系統(301系統は和歌山県新宮市方面)八木新宮特急で五條市を経て橿原市にある近鉄橿原線と大阪線大和八木駅駅行きのバスを見つけました。

 途中、イオン五條店(2011年2月末までは五條サティ)に併設されている五條バスセンターで途中休憩、その間に志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島に向かうバスを精査しましたが、国道166号線(旧伊勢街道)沿いには路線バスはありません。

 結局は引き続き、奈良交通302系統八木新宮特急で橿原市にある近鉄橿原線と大阪線大和八木駅駅まで向かい、14時27分に終点2つ手前の奈良県立医科大学附属病院で途中下車、2分後に奈良交通52系統八木下市線で吉野郡大淀町にある近鉄吉野線下市口駅行きのバスに乗車、途中の高市郡明日香村で下車、14時55分に奈良交通23系統明日香周遊バス(赤かめ)で橿原神宮行きの途中の明日香奥山・飛鳥資料館西に15時28分に下車しました。

 ここから奈良交通36系統桜井飛鳥線で桜井市方面の先発時刻は17時38分発と2時間10分の待ちです。

 仮に徒歩で移動しても約4.7キロメートル、1時間相当です。

 結局、ここから桜井市までの約4.7キロメートルを歩くことにしました。

 16時55分に桜井市に到着、ここから奈良交通71系統桜井莬田野線で国道166号線を通って宇陀(うだ)市(旧宇陀郡大宇陀町)方面の最終発車時刻の16時13分発が過ぎており、更には第1便が正午前と非常に遅い開始時刻です。

 17時19分に出る奈良交通61系統天理桜井線で国道169号線を通って天理市方面のバスもあります。

 天理市からは国道25号線(名阪国道)を通って行きますが、奈良交通18系統天理都祁線で奈良市(旧山辺郡都祁村)針インター、同じく38系統天理都祁線で山辺郡山添村、山添村コミュニティバス東豊地区コミュニティバス(東豊どりーむ号)で三重県名張市に向かうバスはあります。

 過去に第6弾(奈良県奈良市東大寺~岐阜県高山市)でも向かっていましたが、奈良市(旧添上郡月ヶ瀬村)から三重交通52系統永谷辻経由月瀬線及び53系統奥放花経由月瀬線で伊賀市(旧上野市)に向かうバスもあります。

 いずれは奈良県と三重県境を跨ぐ路線バスはあります。

 結局選んだのは、17時19分に出る奈良交通61系統天理桜井線で国道169号線を通って天理市方面のバスに乗車することにしました。

 17時58分に天理市に到着、12分後に奈良交通82系統奈良天理線で奈良市方面のバスに乗車しました。

 19時25分に奈良市に到着、翌朝は9時11分に出る奈良交通94系統奈良月ヶ瀬線で奈良市(旧添上郡月ヶ瀬村)石打行きのバスに乗ることに決め、初日目は奈良市泊まりとスタートの和歌山県橋本市(旧伊都郡高野口町)からチェックポイントの三重県志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島へ真東に進むことなく、ほとんど北上することになりました。

 

 二日目は奈良市からの開始で、9時11分に出る奈良交通94系統奈良月ヶ瀬線で奈良市(旧添上郡月ヶ瀬村)石打行きのバスに乗車しました。

 10時48分に奈良市(旧添上郡月ヶ瀬村)石打に到着、ここから三重交通52系統永谷辻経由月瀬線で伊賀市(旧上野市)方面の先発時刻が12時46分発と約2時間00分の待ちです。

 羽田圭介さんはコミュニティバスがあると思って、伊賀市(旧上野市)白樫までの約1.7キロメートルを徒歩で移動することにしました。

 11時13分に伊賀市(旧上野市)白樫に到着しましたが、三重交通52系統永谷辻経由月瀬線で始発の奈良市(旧添上郡月ヶ瀬村)石打を12時46分(現位置の白樫バス停12時50分)に出るバスだったので、結局は奈良市(旧添上郡月ヶ瀬村)石打から伊賀市(旧上野市)白樫までの約1.7キロメートルの徒歩移動は全く意味ありませんでした。

 約500メートル先の岡八幡宮まで歩いてお参りすることにしました。

 永谷辻バス停近くで昼休憩を取ることになりました。

 定刻になり、永谷辻バス停を12時52分(始発の奈良市(旧添上郡月ヶ瀬村)石打バス停12時46分)に出る三重交通52系統永谷辻経由月瀬線で国道25号線を通って伊賀市(旧上野市)方面のバスに乗車しました。

 伊賀市(旧上野市)からの先が分かれ道となり、国道163号線(旧伊賀街道)を通って津市に向かうのか、国道368号線を通って名張市に向かうのか重要なところです。

 一番早く出る三重交通71系統上野名張線で国道368号線を通って名張市に向かうのが13時39分発、同じく12系統阿波線で国道163号線(旧伊賀街道)を通って伊賀市(旧阿山郡大山田村)汁付に向かうのが14時10分発とこれが正に明暗を分けるところなのです。

 まずは13時39分に出る三重交通71系統上野名張線で名張市方面のバスの乗務員さんに尋ね、どんなに上手い乗り継ぎでも名張市からの先は三重交通21系統曽爾香落渓線で奈良県宇陀(うだ)郡曽爾(そに)村に向かって、御杖ふれあいバスで宇陀(うだ)郡御杖村敷津へ行くのと、もうひとつは三重交通31系統奥津線で国道368号線と国道422号線の重複区間で宇陀(うだ)郡御杖村敷津へ向かうバスはありますが、宇陀(うだ)郡御杖村敷津から三重交通31系統名張奥津線で津市(旧一志郡美杉村)JR東海名松線伊勢奥津駅までバスはありましたが、2021年3月末を以て廃止されました。

 津市(旧一志郡美杉村)JR東海名松線伊勢奥津駅から松阪市への乗り継ぎも非常に悪いところです。

 国道163号線(旧伊賀街道)を通って伊賀市(旧阿山郡大山田村)汁付に向かったとしても、ここから長野峠を跨ぐ市境の津市(旧安芸郡美里村)平木までの約5キロメートルの区間は路線バスはありません。

 結局、13時39分に出る三重交通71系統上野名張線で国道368号線を通って名張市方面のバスを見送り、14時10分に出る三重交通12系統阿波線で国道163号線(旧伊賀街道)を通って伊賀市(旧阿山郡大山田村)汁付行きのバスに乗車することにしました。

 ここから長野峠を跨ぐ市境の津市(旧安芸郡美里村)平木までの約5キロメートルは徒歩移動です。

 16時06分に津市(旧安芸郡美里村)平木に到着、ここから三重交通91系統長野線で国道163号線(旧伊賀街道)を通って三重県庁がある津市方面が6分前の16時00分発が出ており、次発は17時00分発と約1時間00分後です。

 18時00分過ぎに津市拠点のバスターミナル、三重会館に到着、18時48分に最終が出る三重交通31系統津三雲線で当年明け早々に放送されました第12弾(石川県加賀市片山津温泉~三重県伊勢市伊勢神宮)で足止めが喰らわれた松阪市天白行きのバスに乗車しましたが、ここから松阪市のコミュニティバス(鈴の音バス)M4系統三雲松阪線(三重交通委託業務)で松阪市に一番早くて翌朝の7時12分に出る松阪市(旧一志郡三雲町)から出るバスで、19時22分に到着した松阪市天白周辺には宿泊所がなく、ここから松阪市までの約6.4キロメートルは歩くことにしました。

 松阪市に到着したのが23時00分過ぎで夜遅くまで何とか貫き通しました。

 松阪市から三重交通56系統松阪熊野線(熊野古道ライン)で国道42号線を通って熊野市まで約100キロメートルの区間を走行する路線バスを見つけました。

 その約100キロメートルの区間を路線バス一本で行けられた例は先程の本州最長の約167キロメートルを走行する奈良交通(301系統は和歌山県新宮市方面、302系統は橿原市大和八木駅方面)八木新宮特急の他、東北地方にありますが、岩手県宮古市から盛岡市に向かう岩手県北バス106急行(国道106号線宮古盛岡横断道路経由は106特急)や山形県新庄市から宮城県仙台市に向かう山交バス特急48ライナーもいずれも路線バスで約100キロメートルは移動します。

 その松阪市から7時42分に出る三重交通56系統松阪熊野線(熊野古道ライン)で国道42号線を通って熊野市方面のバスに乗らなければならず、次発は11時45分発までありません。

 案内所の開所が8時00分なので、第12弾(石川県加賀市片山津温泉~三重県伊勢市伊勢神宮)で三日目開始の滋賀県長浜市、最終日開始の三重県桑名市のように案内所の開所を待っている場合ではありません。

 ここは乗務員さんに尋ねるしかありません。

 二日目は松阪市に泊まることになりました。

 

 三日目は松阪市からの開始で、ここからチェックポイントの志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島につながる路線バスが見当たらず、お目当てとなりそうな伊勢市に向かうにしても7時42分に出る三重交通56系統松阪熊野線(熊野古道ライン)で国道42号線を通って熊野市方面の途中の多気郡大台町栃原で下車して、ここから度会郡度会町注連指(しめさす)までの約2.3キロメートルを歩いて貫けば伊勢市まで路線バスでつながります。

 まずは7時42分に出る三重交通56系統松阪熊野線(熊野古道ライン)で国道42号線を通って熊野市方面の途中の多気郡大台町栃原に向かい、ここから度会郡度会町注連指(しめさす)までの約2.3キロメートルは徒歩移動です。

 9時06分に度会郡度会町注連指(しめさす)に到着、6分後に三重交通25系統中川線で伊勢市方面のバスが来ることになり、前半の二日間停滞し続けてきた状況が一気に好転に切り替わりました。

 10時00分過ぎに伊勢市に到着、チェックポイントの志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島へは10時24分に出る三重交通62系統御座線で志摩市役所(旧阿児町役場)がある鵜方方面のバスに乗車し、11時30分に志摩市役所(旧阿児町役場)がある鵜方に到着し、チェックポイントの志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島に向かう三重交通59系統賢島・鵜方・スペイン線の先発時刻が11時58分発と何とか正午過ぎにはチェックポイントの志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島には辿り着きそうです。

 12時07分にチェックポイントの志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島に到着、14分後に志摩市役所(旧阿児町役場)がある鵜方に戻る三重交通59系統賢島・鵜方・スペイン線のバスが出るので相当急がれます。

 正午過ぎに1か所目のチェックポイント志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島を通過しました。

 12時21分に三重交通59系統賢島・鵜方・スペイン線で志摩市役所(旧阿児町役場)がある鵜方に戻り、12時46分に三重交通70系統宿浦線で志摩市(旧志摩郡磯部町)方面のバスに乗車、13時02分に志摩市(旧志摩郡磯部町)に到着した5分後に三重交通80系統伊勢五ヶ所線で度会郡南伊勢町(旧度会郡南勢町)の役場がある五ヶ所方面のバスに乗車し、13時31分に到着して1分後に南伊勢町営バス南島・南勢連絡線(三重交通委託業務)で国道260号線を通って度会郡南伊勢町(旧度会郡南島(なんとう)町)道方まで乗車、14時10分に到着して5分後に南伊勢町営バス南島地区線(三重交通委託業務)で度会郡南伊勢町(旧度会郡南島(なんとう)町)神前(かみさき)まで乗車しました。

 14時43分に度会郡南伊勢町(旧度会郡南島(なんとう)町)神前(かみさき)に到着、南伊勢町営バス神前柏崎線(三重交通委託業務)で度会郡大紀町(旧度会郡紀勢町)にあるJR東海紀勢本線伊勢柏崎駅方面の先発時刻が17時35分発と2時間52分の待ちです。

 定刻になり、度会郡南伊勢町(旧度会郡南島(なんとう)町)神前(かみさき)を17時35分に出る南伊勢町営バス神前柏崎線(三重交通委託業務)で度会郡大紀町(旧度会郡紀勢町)にあるJR東海紀勢本線伊勢柏崎駅方面のバスに乗車しました。

 18時19分に度会郡大紀町(旧度会郡紀勢町)にあるJR東海紀勢本線伊勢柏崎駅に到着しましたが、この後の三重交通56系統松阪熊野線(熊野古道ライン)で熊野市方面のバス停が見当たらず、その場所が国道42号線を出なければならず、約1.6キロメートル歩いて戻らなければなりません。

 18時44分に何とか度会郡大紀町(旧度会郡紀勢町)柏崎バス停に辿り着き、三重交通56系統松阪熊野線(熊野古道ライン)で熊野市方面の最終発車時刻の19時57分発に間に合い、当日中に熊野市に辿り着けらる状況になりました。

 22時15分に熊野市に到着し、翌朝は6時58分に出る三重交通13系統熊野新宮線で国道42号線を通って和歌山県新宮市方面のバスを見つけ、三日目は和歌山県の手前までは来ましたが、三重県熊野市に泊まることになりました。

 

 最終日の四日目は熊野市からの開始で、6時58分に出る三重交通13系統熊野新宮線で国道42号線を通って和歌山県新宮市方面のバスに乗車しました。

 7時50分に新宮市に到着、ここから国道168号線を通って2か所目のチェックポイントの田辺市(旧東牟婁郡本宮町)湯の峰温泉に向かう奈良交通302系統八木新宮特急バスが4分前の7時46分発が出てしまい、次発は9時59分発と約2時間10分の待ちです。

 ここはJR東海と西日本紀勢本線の境界駅、新宮駅まで乗車せず、どこかでショートカットすれば新宮駅を7時46分に出る奈良交通302系統八木新宮特急バスに乗車できた可能性がありました。

 新宮市からゴールの東牟婁郡串本町潮岬へは熊野交通(2020年1月より御坊南海バスと統合して熊野御坊南海バスに改称)新宮潮岬線で一本で行けられましたが、そのバスは太川陽介さんと蛭子能収さんのレギュラー第21弾(大阪府堺市~三重県鳥羽市国崎(くざき))が放送されました2015年9月末を以て廃止されました。

 仮に太川陽介さんと蛭子能収さんのレギュラー第21弾(大阪府堺市~三重県鳥羽市国崎(くざき))で当初、田辺市からチェックポイントだった東牟婁郡串本町潮岬へ近鉄グループ明光バス12系統田辺白浜線で国道42号線を通って西牟婁郡白浜町に向かうつもりだったのが、ここから同じく63系統日置線で西牟婁郡白浜町日置(ひき)までは行けられましたが、ここから西牟婁郡すさみ町江住までは何にもなく、かつては近鉄グループ明光バス日置江住線というのはありました。

 西牟婁郡すさみ町江住から熊野交通(2020年1月より御坊南海バスと統合して熊野御坊南海バスに改称)江住線で東牟婁郡串本町方面のバスはありましたが、こちらも2015年9月末を以て廃止されました。

 2か所目のチェックポイントの田辺市(旧東牟婁郡本宮町)湯の峰温泉を出た後の時刻表を精査しても、いずれも奈良交通302系統八木新宮特急バスだけで、14時34分、17時09分、19時09分のみです。

 熊野本宮大社からなら、南海グループ熊野御坊南海バス51番請川柿経由川丈線及び53番川湯温泉・湯の峰温泉経由川丈線、近鉄グループ明光バス91系統快速熊野古道号、奈良交通301系統八木新宮特急で国道168号線を通って新宮市に戻ることになります。

 結局は2か所目のチェックポイントの田辺市(旧東牟婁郡本宮町)湯の峰温泉から熊野本宮大社までの約4.5キロメートルを歩いてつなごうという作戦に踏み切りました。

 定刻になり、新宮市を9時59分に出る奈良交通302系統八木新宮特急で国道168号線を通って2か所目のチェックポイントの田辺市(旧東牟婁郡本宮町)湯の峰温泉に向かいました。

 ここでマドンナの鈴木杏樹さんは徒歩移動の距離を減らそうと、2か所目のチェックポイントの田辺市(旧東牟婁郡本宮町)湯の峰温泉から熊野本宮大社でなく、渡瀬温泉を11時43分に出る近鉄グループ明光バス91系統快速熊野古道3号のバスに間に合わせようという作戦を敢行しました。

 結局、2か所目のチェックポイントの田辺市(旧東牟婁郡本宮町)湯の峰温泉に到着したのが定刻(11時09分)の10分遅れの11時19分で何とか通過はしました。

 ここから渡瀬温泉までの約2.1キロメートルを歩き、11時43分に出る近鉄グループ明光バス91系統快速熊野古道3号で国道168号線を通って新宮市方面のバスまで残り時間24分の上に、更には大雨とこの状況では間に合うのかも険しい状況でした。

 階段を上ったところで渡瀬温泉のバス停を見つけ、何とか11時43分に出る近鉄グループ明光バス91系統快速熊野古道3号で国道168号線を通って新宮市方面のバスに間に合いました。

 余談ですが、過去に太川陽介さんがレギュラー第21弾(大阪府堺市~三重県鳥羽市国崎(くざき))のときにもありましたが、田辺市からの先はチェックポイントだった東牟婁郡串本町潮岬へ行くのに西牟婁郡白浜町に行くことを想定していたのが、その後の路線バスのことについても何も精査せず、コーヒーに時間を費やし、案内人に尋ねた結果、田辺市からチェックポイントだった東牟婁郡串本町潮岬へ路線バスで行くのには、国道311号線を通って田辺市(旧東牟婁郡本宮町)、国道168号線を新宮市へ廻らないと行けられないと言われ、結局、田辺市を10時15分に出る新宮市に向かう近鉄グループ明光バス91系統快速熊野古道3号のバスを乗り損ねて失敗となった因縁の路線バスです。

 12時43分に新宮市に戻り、ここからゴールの東牟婁郡串本町潮岬へ、まずは13時00分に出る南海グループ熊野御坊南海バス11番黒潮公園前経由新勝線で国道42号線を通って東牟婁郡那智勝浦町方面のバスに乗車しました。

 13時37分に東牟婁郡那智勝浦町に到着、ここから那智勝浦町営バス太田線で東牟婁郡太地町方面のバスがありますが、先発時刻が16時49分発と約3時間以上も待たなければなりません。

 結局、東牟婁郡那智勝浦町から東牟婁郡串本町上の宮までの約15.6キロメートルは徒歩移動を決断しました。

 実を言えば、この決断が勝敗を大きく分かれるのです。

 15時30分に東牟婁郡太地町に入り、15時50分前に道の駅たいじに到着したところで、15時49分に出る太地町町営じゅんかんバス1系統くじら館・南紀園経由のバスが来ましたが、結局乗車できず、そのまま東牟婁郡串本町上の宮まで歩くことになりました。

 17時20分に東牟婁郡那智勝浦町浦神に到着、3分後に那智勝浦町営バス下里線で浦神東行きのバスに乗車しました。

 東牟婁郡串本町上の宮までを更に歩き、18時07分に到着、ここから串本町コミュニティバス佐部・上田原線で東牟婁郡串本町方面の最終発車時刻の17時50分がわずか17分前に出てしまい、これ以上徒歩で向かうにしてもゴールの東牟婁郡串本町潮岬に辿り着く見込みがなくなり、もし、あと17分早く、串本町コミュニティバス佐部・上田原線で東牟婁郡串本町方面の最終発車時刻の17時50分のバスに乗車していたら、18時55分に同じく潮岬線でゴールの東牟婁郡串本町潮岬に辿り着くことができ、田中要次さんと羽田圭介さんのローカル路線バスの旅Z史上初の3連続成功だったのに、その東牟婁郡串本町上の宮からゴールの東牟婁郡串本町潮岬まで串本町コミュニティバス2本を残して足止め=失敗となりました。

 

 

 振り返りとして、太川陽介さんと蛭子能収さんのレギュラー時代の第21弾(大阪府堺市~和歌山県東牟婁郡串本町潮岬~三重県鳥羽市国崎(くざき))(紀伊半島一周)と同じくらい難しかったかと思いました。

 全体としては不必要な徒歩移動はあったものの、三日目までは概ね正解経路を辿っていました。

 もし、第1チェックポイントの志摩市(旧志摩郡阿児町)賢島から伊勢市~多気郡大台町栃原に戻ったとしても、結果としては始発の松阪市を18時25分(多気郡大台町栃原19時01分)に出る三重交通56系統松阪熊野線(熊野古道ライン)で国道42号線を通って熊野市に到着したのは実際と同刻だったので、実際通った国道260号線経由でも間違いではありませんでした。

 最終日の四日目の熊野市から三重交通13系統熊野新宮線で新宮市方面へは、終点のJR東海と西日本紀勢本線の境界駅、新宮駅まで行かず、熊野速玉大社で途中下車していれば、7時50分(新宮駅7時46分)に出る奈良交通302系統八木新宮特急バスに実際より一本早く乗車しておりました。

 太川陽介さんだったら、切羽詰まれば必ずどこかでショートカットできるバス停を導き出していれば成功の余地は更に高かったかと思いました。

 仮に、太川陽介さんと蛭子能収さんのレギュラー時代のレギュラー第21弾(大阪府堺市~東牟婁郡串本町潮岬~三重県鳥羽市国崎(くざき))(紀伊半島一周)で田辺市から当初、西牟婁郡白浜町に向かったとすれば、まずは近鉄グループ明光バス12系統田辺白浜線で西牟婁郡白浜町、同じく63系統日置線で西牟婁郡白浜町日置(ひき)まで乗車、西牟婁郡すさみ町までの約6キロメートルの徒歩移動、すさみ町コミュニティバス里野線で西牟婁郡すさみ町里野まで乗車、東牟婁郡串本町雨島までの約1.7キロメートルの徒歩移動、串本町コミュニティバス和深線で東牟婁郡串本町まで辿り着けられれば、18時55分に同じく潮岬線でゴールの東牟婁郡串本町潮岬に着いていた可能性もありました。

 

 そして、太川陽介さんと蛭子能収さんの第2弾(東京都中央区日本橋~京都府京都府三条大橋)から13年間、キートン山田さんのローカル路線バスの旅のナレーターを今回の放送を以て引退します。

 本当にご苦労様です。