一口馬主のひとりごと -302ページ目

父カッティングブレードとは?

ブレードリーダーの父カッティングブレードについて・・・。


何にも思いつきません。

今から思えばいい加減な選択ですよね。

種牡馬を重視していないなんて!

(ルートワンの時はあんなにウンチクを垂れていたのに!!)


netkeiba.comさんのデータを今見ても、産駒は極少。

データによると、一番活躍した(獲得賞金として)馬は、

ブレードリーダーと同年生まれのグロリーシャルマンという牝馬。

しかもこの馬は、地方でデビューしたあと中央に転厩してきたもの。

もちろん、私の記憶には全く存在していません。


で、もっとびっくりなのは、ブレードリーダーが産駒の中で7番目の獲得賞金額というではありませんか。

知らぬが仏と言いますか何と言いますか・・・。

逆に言えば、今は多すぎる情報に踊らされている、と言ってもいいのかも知れませんね。


しかも、こういう同じような出資馬がこの後に何頭も出てくるんですよね。

なんでだろ?


「安かったんだよ」(神の声)


「・・・納得」

2度目の選考基準は・・・。

私のみならず、クラブの期待をも一身に背負ったルートワンの悲哀を胸に、

新しい出資を検討することになった私は、ひとつの決断を下さなければならなかった。


そう、資金の行き詰まり・・・。


社会人を1年間勤めてきた結果は、まさにj貧民同様。

大学生時代よりもはるかに人付き合いが多くなり、

小遣いのレベルを超えた“飲み代”が湯水のごとく消えてゆくではありませんか。


しかも、馬券を止められないでいる私を、更なる金欠病へと駆り立てるのでありました。


割引証書はあるものの、高い馬に出資する事は出来ません。


ルートワンが未出走で引退したことで思ったこと。

それは、何としてでもデビューにこぎつけて欲しい、ということ。


ルートワンの同期生が次々とデビューしていくのを見ていると、

ただもう、うらやましくてうらやましくてうらやましくて。。。


馬主になろうと思ったきっかけも忘れそうになるくらいに・・・。


何の根拠も無い中で、思いついたこと。

牧場と厩舎のつながりがキーポイントかな?・・・と。


そして、目に付いたのが増本牧場。
関西の増本調教師とは縁戚関係らしいという情報。

見ると、牡牝一頭ずつの提供馬がある。

しかも結構安い。

よし、これだ!と思いましたね。

血統を見ると、牡馬の方の種牡馬は聞いた事の無い名前だったものの、

母ミンドリーダーの父は何とリィフォー。

ルートワンの母アロールートと同じだ。これはいい。(自分の中のこだわりでした)

よし、決まりだ。

牝馬のほうは種牡馬がリードワンダー。

現役時代は知らないが、伝説の名馬アローエクスプレスの産駒で親しみが持てた。

母系は良く分からなかったが、ミンドリーダーの僚馬なのだから、

何か牧場主の思いがあるのかも、です。


オーケーオーケー。これでいきましょう!


抽選の心配も無く、無事出資決定!


今度こそ、の思いです。

早期デビューは夢のまた夢?

日本ダービーが感動のナカノコールに包まれ、3歳(当時は4歳)戦のピークを無事終わりを告げた初夏の日。


日本ダービーの終焉は、また新しい次の日本ダービーへの長い戦いの始まりでもあります。

過度な期待はしていませんでしたが、私の愛馬は育成牧場で悠々自適の生活を送っており、

デビューはおろか、入厩の入の字の兆しもありませんでした。


しかし名前は早くに決まっていましたよ。

当時はまだ産地馬体検査を受けないと名前は決まりませんでしたが、

一応3期生の期待馬だったこともあり、4月には早々に名前が決まっていました。


まぁ、この時期は仕方ないよね。

北海道デビューなんて、最後までクラシックに名前が残っている馬なんてほとんどいないしね。

要するに秋。

秋の中央開催でデビューしてくれるのが一番。


私の期待は、まだ揺るぎの無いものとして、完全なる信頼とともにありました。


そんな順調な報告に影が差し始めたのは3歳(今で言う2歳)の8月のレポートから。

最初はトレーニング疲れが出たとか言う感じで、肩の出がスムーズでない、という事での針治療でした。

いいリフレッシュとなり、願ってもない夏休みとなるでしょう、と書かれてもいました。


しかし、針治療の効果もなく、なかなか順調さを取り戻せないまま、

調教もそこそこに、11月21日に栗東・清水出美厩舎に入厩となった。

入厩すれば何とかなるだろう、という感じに思えたが、なんせ馬を持つのは初めてだから、

こんなもんなのかなぁ、と思っていました。


12月のレポートには、雨宮助手が「東京に行ける馬だよ」とコメントされていました。

そして明けて1月には「馬体の良さだけなら、栗東でも3本の指に入る馬だよ」

と、今度は清水調教師自らが絶賛。

ところが、この間ずっと、角馬場調整のみで、コース追いすら出来ていないのです。

結構いい加減なコメントだと思いませんか?


さらに2月には、骨膜・ソエ・骨瘤と三重苦に。

3月になると、「本馬の脚元は一進一退」という表現になり、

「何とかしたいという一心で、脚部を冷やしたり温めたりしている」と、もう支離滅裂。

「冷やしたり温めたり」って、結局どうしていいかわからん状態、になってんじゃないの?


そして、間髪を入れず、4月レポートには「引退という話が進んでいます」

というセリフを最後に、ルートワンの中央登録は抹消されたのでした。


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今でもそうですが、至極順調だと思っていたら、急に雲行きが怪しくなり、

ダメダメになっていく場合の典型的なパターンでした。


新入社員としての1年間の研修期間が終わり、希望通りに関西勤務に配属された私の

春の悔し涙は、一枚の割引証書となって手元に届くことになりました。


ルートワンの同期トウカイテイオーが、無敗の三冠への挑戦を諦めなければならなくなったことは、

馬の強さと弱さについて改めて考えるきっかけでもありました。

ルートワンは悪くない。調教師も助手も、ましてや生産牧場も。


私の欲が少しばかり強すぎただけだ。


さて、仕切り直しと行きますか。