復帰2日目にして何を書けばいいかわからない状態です。
とりあえず、もし仮にH27年司法試験に合格していれば修習に行くことになるので、その点について今日は書こうと思います。
さて、合格発表後1週間以内に提出しなければならない書類がたくさんありますね。
司法修習生採用選考
発表待ちの皆さんは着々と準備を進めているのではないでしょうか。
かくいう私は、まったく何もしていません。笑
笑い事ではありませんね。
1番時間がかかるであろう健康診断にもいっていません。予約すらとっていません。
やる気の問題ですね。
逆に言えば、健康診断以外は合格発表後でも準備ができるでしょう(その点の確認すらしていません。)。
というわけで、今週中にでも健康診断に行こうと思っています。その前に予約を取らないと意見あせんね。お金の準備も必要です。
やっぱり行くのやめようかな。
そして、修習の前には事前課題が出されます。合格している可能性がある方はそちらの勉強もされているのでしょう。要件事実などの民事系と、刑事系(特に刑法各論)の勉強はしておいて損はないとか。
私は今から行政法をする予定ですが。
こう見てみると、本当にやる気が見えませんね。というか、合格していないと踏んでいる以上やる気も出るわけがないのです。
とはいいつつも、周りでも修習に向けた勉強をしている方はちらほらいます。
「この人たち自信あるんやなー。」などと高みの見物をしています。
それに刺激を受けて、買ってみました、「事例で考える民事事実認定」(法曹会・2014)。
一読しただけですが、司法試験には直接的には不要かな、と思いました(信じるか信じないかは、あなた次第です。)。
内容は、1つの事例を使って民事事実認定を始めから終わりまでやってみよう、というもので、ありきたりといえば、ありきたりなものだと思います。ただ、法曹会が出していることからしても、修習でやることを言語化したという点に意義があるとは思います。
文章自体、論理的で、わかりやすいとは思います。理論的なところ(二段の推定等)は知識が必要な部分がありますが、それも法科大学院で学んだ範囲、ないし択一レベルの知識だと思います。
司法試験に「直接的には」不要と書いたのは、論理的な文章を読むことができるという点で司法試験に生きると思うからです。
この本は思考過程が書いてあります。そして、(規範的な意味での)行間を埋める必要がありません。
確かに、最高裁の判決文や他の基本書等も論理的なものがあるのですが(法律家が書いたもの、法律を学ぶために書かれたものである以上当然でしょうか。)、「事例で考える民事事実認定」とは違い、行間を埋める必要があるものが多いです(芦部憲法に顕著でしょう。)。
最近、周りの法科大学院性を見ていると、論理的に書けない人、話せない人、思考できない人がいるなと思います。これは、司法試験を受けるうえで、法曹になろうとするうえで、致命的なのではないでしょうか。
その原因は多々あるとは思いますが、その1つに論理的に思考されて書かれてあるにもかかわらず、当然のことであり、また紙幅の関係上省略された文章で書かれた出版物があるから、というものがあると思います。
こういった出版物は、読む人が読むと、当然の前提を埋めることができ、紙幅の関係で省略された部分を埋めることができるので、素晴らしいという評価になると思います。
一方で、読む人が異なれば、すなわち,当然の前提、省略部分を埋めることができない人が読めば、わけのわからんただ難しい文章ということになるのです。
しかし、自分より偉い人(教授とか?)が素晴らしいと評することから、これが素晴らしいんだ、こういった文章を書けば評価されるんだ、となるのではないでしょう。
これは、ある意味仕方のないことかもしれません。当然のことは当然のこととして、自分もできるのだから、開いてもできるという前提で話は進むからです。でも、「相手」はできる人だけではありません。私が通っていたような地方の法科大学院ではこれができない人が圧倒的に多いと思います。ここに、地方弱小ローと毎年何十人と合格者を輩出するロースクールとの根本的な違いはあります。
全学生に手取り足取りというのは、時間の制約がある(そして大した給料ももらっていない)教員にとっては難しいことなのかもしれません。できる学生もいるのだから、お前だってできるはずだ、ということかもしれません。でもそれは、無責任だろうと思うわけです。
できないことは、その原因を発見し、対策する以外にはできるようになる方法はないわけです。そして、その方法論もない学生は、成績不良として、卒業もできないという結果になる。それでいいのか、疑問ではありますね。個人的にですが。
「事例で考える民事事実認定」を読んで、思ったことを書いてみました。同書をよんだ方のうちには、自分の思考の甘さに気づく方もいらっしゃるかもしれないと思い、自戒を込めてブログにしてみたところです(決して同書も完ぺきではないですが。)。