自分が先に進もうとする時
足を引っ張るのが、「過去」。

過去の記憶であったり
過去の思い込みであったり
過去の人間関係だったり



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『類友』と言うけれど
やっぱり、自分に似た人が周りにいるのだ。
そして、自分が前に進もうとする時
その人たちは、私を止まらせようとする。

「あなたは間違ってる」と否定する人
「そっちはヤバイよ」と脅す人
「私は無理」と拗ねる人



類友の人々は、基本的には自分に似てるから
なんか、ほっとけない。
そして、自分がそこを抜け出したから
「こっちは楽だよ、こっちへおいで」
と言いたくなる。
「こうすればいいんじゃない?」と
アドバイスしたくなる。

私はお節介だから
苦しむ人には出来るだけ寄り添いたいと思う。
助けになりたいと思って来た。


えらそーにアドバイスして
マウント取りたい気持ちももちろんあるけど
半分は優しさなのだ。
(バファリンか)





悩むのが好きな人がいる。
苦労が好きな人がいる。
我慢が好きな人がいる。
拗ねるのが好きな人がいる。
大変がるのが好きな人がいる。
自分を責めることが好きな人がいる。

なんのかんのと文句言いつつも
そういう人は、そこに留まることを選んでいる。

そういう人に、いくら言っても無駄なのだ。
本人が、それを選んでいるんだから。
そこから動きたくないんだから。






私は、人から選んでもらって、ここにいるのだと思っていた。
私は、人から選んでもらって、友達になってもらったんだと思っていた。
私には、選ぶ権利はないと思っていた。

だから、自分の周りの人たちを
大切にしなければいけない。
自分のもとから、去ってしまわないように。

自分から去ることは、逃げだと思っていた。
向き合わなきゃいけない、そう思ってきた。



選んでいいんだ。
付き合いたい人も、関係を断つことも
自分で選んでいいんだ。





「逃げ恥」のゆりちゃんのセリフじゃないが
私たちの周りには、呪いがいっぱいあって
自ら呪いに縛られている人も、いっぱいいる。

私は、呪いから逃げてもいいし
呪いで自分を縛る人から、逃げてもいいんだ。
呪いで私を縛ろうとする人から、逃げてもいいんだ。







ここんとこ、停滞感があり
進みたくても進めなくて苛立っていた。

そして今日、
「呪いで自らを縛る人」の言葉に苛立った。
その言葉にも苛立ったけど、
そこにずっと留まらせていた自分にも苛立った。


そうだ。

私はもう、ここにいるべきじゃないのだ。
もっと先へ進めるんだ。
留まることを選ぶひとに、いつまでも伴走していられない。






次の世界が待ってるから、先に行くよ。
わくわくする気持ちと、
見えない不安を抱きながら。
以下、10話まで見た感想。
先週、途中まで書いて放置してたやつ(笑
最終回を見た後の感想は、また次回!!








逃げ恥、個人的には
ゆりちゃんと風見さんが気になってました。
うわー!!うわーーー!!ってお願い








さて、10話のラストね。
あのセリフね!!!

「愛情の搾取に断固反対します!」




それまで家事という労働を対価をもらってしてきた、みくりだからこその視点!!
だよね!
だよね!!
DAYONE〜〜〜〜!!!

というか
ほとんどの女性が、思いつきもしなかったであろう。
対価をもらって家事をやるなんて。





なんというか
「交際」の時点で既に、やっちまってるよね。

頼まれてもないのに手料理をふるまったり
一人暮らしの男の家を掃除したり。
家事出来ますアピールの一環で
「私、いい奥さんになれますよ?」的なアピール、無償でやっちまってるよね?


もちろん!
私もやってましたよ…
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料理は当時から嫌いだったけど
ここで頑張っておかないと
私、もう30代半ばだから〜〜!!という焦りもあり、必死でしたよね。アピール。

一人暮らしが長くて、
自分のために料理をしたいなんて思わなかったから、腕に自信がなくて
味付けに絶対失敗しないカレーとかシチューとか…もちろん、ルーだのみで…

やってましたね…





たまにね…。





当時から、頑張りきれない俺だった。






アピールじゃなくてもさ
結婚前に、料理や掃除するのって
「新婚さんごっこ」みたいで楽しいじゃん。

そのプレイがまさか、その後すごい足枷になると思わずに、うっかりやっちまうよね〜ショックなうさぎ






私の話に戻りますが
結婚が決まる直前は、あれですよ。
夫も私が出来ないことに納得してて
週末の料理は夫が担ってくれてた。
外食もしまくってたし。
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私がひとりで納得出来なかったから
ひとりでうだうだ悩んだけど。


そんなこともあり
夫が家事をする、ということが割と普通な我が家。私自身、夫に家事を頼むということにほとんど抵抗がないし。

これが出産後、かなり効いた。






息子を産んだ直後に
病室で授乳をしてた時に思ったこと。



授乳してる時、やたら喉が乾くんだけど
息子の口と、私の乳のフィッティングが悪くて(察して)、授乳にすごく時間がかかったの。

なんとか息子が乳を飲み始めても、
ちょっと動くと口が外れちゃって、
そこからまた咥えさせるのに一苦労で。

だから喉が乾いても
ほんの10cm先のペットボトルが取れないの。

こういう時、旦那さんに
「お茶取ってー!」
って言えない人は大変だろうなぁ、って思った。





自分の身の回りのことはもちろん、
旦那さんの身の回りのことも、全てやっちゃってるタイプの人。
人に頼らず、自分で何もかもやってきちゃった人。
自分がやらなきゃいけない、と思ってる人。

そういう人にとって
みくりの考え方はどう見えたのかなぁ。



私が「出来る」人だったら
たぶん、疑いもせずひとりでやってただろうな。

妊娠や出産で、家事を今まで通りこなすことが難しくなっても、
「妻業」「母業」「専業主婦」
という言葉の持つ義務感で
我慢してやっていたかもしれない。

親もそうしてきたからね。
それが自分の務めだと言い聞かせてやってきただろう。
腹に怒りを溜めながら。







私は温泉旅行から帰ってきた辺りから見始めて、みくりと平匡さんのむずむずする展開ばかり見ていたので、10話ラストのセリフがかなり衝撃的でした。

えっ!
そんなにしっかりしてたの!?あんた!



恋愛ものにはほとんど興味がない私が
ガッキーの恋ダンスが可愛いという評判だけで見始めて、まさかこんな展開になると思っていなかったので、最終回を目前にして、思い切りハマってしまいました(笑








続きは次回!
いま、掃除機かけてて
急に、ぶわーーーーっと涙が出て
感じたことを、そのまま書きます。






よく、
「亡くなった人たちは、天国から見守っている」と言うけれど、
少なくとも、私の母は今、
そうじゃない気がするのです。

母は今、
子供の頃には出来なかった遊びを
子供の姿に戻って、目一杯やってる気がする。



北海道のど田舎で
家の手伝いをして過ごした子供時代。
母が子供の頃は、当たり前だったけれど
その時代に出来なかった遊びを
目一杯やってるんじゃないかなぁ。

母は本来は、とても自由で
とても無邪気な人だったから。






それって、たぶん

わたしたち、生きてる人間を
いちいち見守らなくても
いちいち見張ってなくても
大丈夫だということを、あっちに行った人は知ってるんじゃないかな。

知ってるから、きっとほっとかれてる(笑


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だからきっと
亡くなった人の分まで、頑張らなくていいし
亡くなった人が望むように、生きなくていい。


もっと好きに
自分の望みに従って生きればいい。

亡くなった人のことは、ほっといていい。
あっちもこっちも、好きにやればいい。






と、思いました。
息子の発表会がありまして
夫とふたりで行ってきました。





息子の園はマンモス園なので
着いたらすごい人で、
息子は不安になって、泣き出してしまった。


そういうことも初めてではないし
しばらく泣かせておけば気持ちが落ち着くかな〜と思っていたら、そんな時間はなかったらしくガーン

保護者が教室で衣装に着替えさせなきゃいけなかったんだけど、担任が来て「私が着替えさせますので」と、息子を連れて行ってくれた。




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息子の出番までには時間があるけど
本番は練習とは雰囲気が相当違うし
大丈夫かな〜〜と少し心配だった。

けど、先生は普段から息子のことをよく見てくれているし
信頼して先生に預けよう!と決めてるから
ここは先生に任せようと。
万が一、どうにもならなければ、呼び出しがかかるだろうし。


なにより、
息子を連れて行く時の先生の顔から
覚悟が滲み出ていたので
こりゃぁお任せしないと、逆に失礼だろうと。






先生ってすごいよなぁ…

いや、すごいとは思っていたけど
今までは「大変そうだから、すごい」程度の認識だったんよね。

だけど、あーいう場で
子供が不安定になっている時
親から離して自分があずかる、ということを
私だったら出来るだろうか、と考えたら
私は親に「どうにかしてくれ」って言ってしまいそうな気がする。



先生と、息子の間に「信頼」があると信じる。
母親の私が、息子のすべてを知っているわけではない。
むしろ、園での息子を私は知らない。

母親が、すべてできるわけじゃない。
どうにも出来ないことも、いっぱいある。
どうにも出来ないということを、諦めて受け入れる。


それが出来るようになったから
先生の覚悟やすごさを素直に認められるようになったのかも。

以前だったらもっと
「私は母親のくせに役立たず」だと思ってたし
役立たずだと思われたくなくて、自分で何とかしようとしてた。
泣いてしまう息子に苛立ってた。


人に任せるって
人を信頼するって、楽ちんだ!!






さて、そんなわけで
息子の着替えを先生に任せちゃったから
暇になっちまって
夫とふたり、会場である体育館へ。

ほどなくして、発表会のはじまり〜〜。



発表会、やばいね。
私でも、こーいう親になるんだね。

ステージ上のよその子を見て、涙。


年長さんの合唱を聴いて
夫もうっかり涙。
明らかに「泣かせにきてるだろ!」って思う
選曲ってあるよね〜。
やめてよもう〜〜。 

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一家全員泣き虫の我が家…。






そして、息子の出番!!

どうなることやら〜〜と思っていたら
しっかり歌って踊っている!!

息子、すご〜〜い!!大泣きうさぎカナヘイきらきら


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もう私、ひたすら
「がんばれ、がんばれ…」
とぶつぶつ言いながら見てました。 

見守ることしか出来ないんだね、親ってね。
家でもいっぱい練習してるから
いつも通りやれば完璧なんだけど
事前にあんな調子だったからハラハラしちゃって。

一年前、リトミックに通っていた頃
私のそばから離れることが出来なかった息子は
こんなに大勢の人の前で
大きな声で歌いながら踊っており
感動しまくって、また泣いて…




で、私の母も
こんな思いで見てくれていたのかなぁと思い
そんな思いを共有できない悲しさで、また涙…。


私が保育園で初めてやったお遊戯は
「貝をそろえて」って曲に合わせて踊ったんだけど、
かわいらしい服装が苦手だったので
衣装を着るのも恥ずかしかったし
オールを手に持って、お尻を振ったりする振り付けも恥ずかしくて、嫌だった。

年長の時は、女子に大人気の演目があって
それに選ばれなかったから、内心、めっちゃ拗ねてて
いやいややってた記憶しかない(笑


その女子に大人気の演目、
2年後に妹がやったんよね〜〜。
妹は運動会でも指揮者(これも超花形…)に選ばれたりして
姉の劣等感は、この頃からすくすくと育まれていたんだなぁ〜〜。


で、そんないやいやな記憶ばかりだったけど
見てる母は、ハラハラしたり感動したりしてたんだろうね。

あー、そんな話もしたかったっすわ、
おかあさん。



そして、そんな母の気持ちを味わうために
私は息子を授かったのかもしれないなぁ。

ありがたいね。
嬉しいね。
うっかり感謝しちゃうよね。







発表会でこんなにヤバかったら
卒園式とか、どーなっちゃうの!?

まだ先の話ですが、すでに不安ですあんぐりうさぎ
ドラマ自体の話はまた別記事で。
今回は、この言葉について思ったことを。







ハンガリーのことわざらしいですね。
これ。

逃げることはその時は恥ずかしいけれど、自分の土俵で戦ったほうが結果的には良い

みたいな意味らしいよ。
日本語ベラベラのハンガリー人に本当のところを問いたい。




私が何もかも圧倒的に出来なくて
人付き合いも怖かったくせに
なんとなく、こうして無事に(?)人生を送れているのは、ひとえに私が逃げるのが上手かったからじゃないかと思う。


ああ、この人とは無理だ
ああ、この仕事は無理だ
ああ、私に人付き合いは無理だ
と決め付けて自ら離れてしまうこと。

不足感を別のもので埋めようとすること
…たとえば、酒とか食べ物とか。
別の男とか?滝汗







昔から、面倒なことが大嫌いだった。
で、何もかもが面倒だった。

学校に行くために朝起きることも
友達付き合いも
授業も試験も家庭学習も
家の手伝いも
進路を考えることも。


何も考えずに、ただレールに乗っていたかった。 
ハメハメハ大王の暮らしに憧れた。

中学時代には既にそんな感じで
自分が他人より出来ないことは明白だったから
中2か中3の時だったか、父に

「おまえは将来、どんな仕事に就きたいんだ?」

って訊かれて



「仕事はしたくない。

    行ける高校に行って、卒業したら結婚したい」



って言ったら、
超〜〜〜〜〜〜怒られたえーん


いやー、なんかね
今の私なら説明出来るけど
当時の私には、出来なかったんだよね。

周りの能力が高すぎて自信がないこと
社会に出て、やって行ける気がしないこと



社会に出てからは、
仕事は勉強よりも丁寧に教えてもらえるし
学生の時に考えていたほど大変ではなかったけれど…

最も不向きな事務仕事だったから
きつくて何かと理由をつけては転職して




人付き合いも、なんとなく疎外感を感じたら
自分は必要とされてない、とか勝手に拗ねて離れて


嫌なことは、大酒飲んで忘れて
胃腸が丈夫なのをいいことに、食べて食べて食べて太って








そういう、ひとつひとつのことを
逃げてしまう自分を許せなかった。
逃げる癖を許せなかった。

許せなかったんだけど…



確かに、逃げなければもっと良い結果もあったのかもしれないが
逃げずに踏みとどまったこともあるし

私の選択が仮に、逃げが9割だったとしても
9割逃げてもこの人生なら
上出来なんでないの?





自分の能力に自信が持てなくて
これをやりたい!と熱望しながら職に就いたことがなく、

それでも周りに助けてもらって
周りにかわいがってもらって
社会人生活を送ってこれた。


勝手に疎外感を感じて拗ねて
勝手に距離を置いても、切れずに付き合ってくれる友達がいる。


相手にするのが煩わしくて
ついスマホを手にしてしまって
ろくに相手に見向きもせず、生返事をしていても
変わらず愛してくれる家族がいる。






疲れているから
向き合うのが辛いから
直視してしまったら、自分がどーなるか分からなくて怖いから

逃げてしまう理由はいろいろあるけど
  
 

それもこれもすべて
その時の自分を守るための最良の方法だと信じてやってきたのだから
それが間違っていようと、正しいのだ。

いちいち重箱の隅をつついて
自分の選択を責めなくていい。







私はこれからも、
面倒なことからは逃げ続けると思う。
逃げるのに飽きたら、向き合うこともあるかもしれない。

逃げることの罪悪感も、捨ててしまおう。






モラトリアムを貫いてやる〜〜!!
わははははは笑い泣き



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