ドラマ自体の話はまた別記事で。
今回は、この言葉について思ったことを。







ハンガリーのことわざらしいですね。
これ。

逃げることはその時は恥ずかしいけれど、自分の土俵で戦ったほうが結果的には良い

みたいな意味らしいよ。
日本語ベラベラのハンガリー人に本当のところを問いたい。




私が何もかも圧倒的に出来なくて
人付き合いも怖かったくせに
なんとなく、こうして無事に(?)人生を送れているのは、ひとえに私が逃げるのが上手かったからじゃないかと思う。


ああ、この人とは無理だ
ああ、この仕事は無理だ
ああ、私に人付き合いは無理だ
と決め付けて自ら離れてしまうこと。

不足感を別のもので埋めようとすること
…たとえば、酒とか食べ物とか。
別の男とか?滝汗







昔から、面倒なことが大嫌いだった。
で、何もかもが面倒だった。

学校に行くために朝起きることも
友達付き合いも
授業も試験も家庭学習も
家の手伝いも
進路を考えることも。


何も考えずに、ただレールに乗っていたかった。 
ハメハメハ大王の暮らしに憧れた。

中学時代には既にそんな感じで
自分が他人より出来ないことは明白だったから
中2か中3の時だったか、父に

「おまえは将来、どんな仕事に就きたいんだ?」

って訊かれて



「仕事はしたくない。

    行ける高校に行って、卒業したら結婚したい」



って言ったら、
超〜〜〜〜〜〜怒られたえーん


いやー、なんかね
今の私なら説明出来るけど
当時の私には、出来なかったんだよね。

周りの能力が高すぎて自信がないこと
社会に出て、やって行ける気がしないこと



社会に出てからは、
仕事は勉強よりも丁寧に教えてもらえるし
学生の時に考えていたほど大変ではなかったけれど…

最も不向きな事務仕事だったから
きつくて何かと理由をつけては転職して




人付き合いも、なんとなく疎外感を感じたら
自分は必要とされてない、とか勝手に拗ねて離れて


嫌なことは、大酒飲んで忘れて
胃腸が丈夫なのをいいことに、食べて食べて食べて太って








そういう、ひとつひとつのことを
逃げてしまう自分を許せなかった。
逃げる癖を許せなかった。

許せなかったんだけど…



確かに、逃げなければもっと良い結果もあったのかもしれないが
逃げずに踏みとどまったこともあるし

私の選択が仮に、逃げが9割だったとしても
9割逃げてもこの人生なら
上出来なんでないの?





自分の能力に自信が持てなくて
これをやりたい!と熱望しながら職に就いたことがなく、

それでも周りに助けてもらって
周りにかわいがってもらって
社会人生活を送ってこれた。


勝手に疎外感を感じて拗ねて
勝手に距離を置いても、切れずに付き合ってくれる友達がいる。


相手にするのが煩わしくて
ついスマホを手にしてしまって
ろくに相手に見向きもせず、生返事をしていても
変わらず愛してくれる家族がいる。






疲れているから
向き合うのが辛いから
直視してしまったら、自分がどーなるか分からなくて怖いから

逃げてしまう理由はいろいろあるけど
  
 

それもこれもすべて
その時の自分を守るための最良の方法だと信じてやってきたのだから
それが間違っていようと、正しいのだ。

いちいち重箱の隅をつついて
自分の選択を責めなくていい。







私はこれからも、
面倒なことからは逃げ続けると思う。
逃げるのに飽きたら、向き合うこともあるかもしれない。

逃げることの罪悪感も、捨ててしまおう。






モラトリアムを貫いてやる〜〜!!
わははははは笑い泣き



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