夫がドイツの出張から帰ってきました。

出発一週間くらい前からどんよりしていて、
出発2日前くらいはひとりでめそめそと泣き
おかげですっきりした気分で送り出すことができました(笑

我が家は家事育児の夫依存度が高いので
夫の不在は大打撃なのです。

息子も少し賢くなってきて、
私ひとりでバタバタしていると、わりと協力的で。
朝食の支度をして食べる直前にオムツ替えをするんだけど
すんなり替えさせてくれたりしました。
(単に腹が減って早く食べたいだけかもしれんけど)


それでも、帰って来て思ったけど、やっぱ楽だーーーー涙

ここ数日で一気に言葉が増えて来てマシンガントークなので
ひたすら話しかけてこられるのに答えるのがしんどくて。
他にも急に奇声を発したり、怒り出したり。
でも夫もいれば、負担が半分!
つくづく、育児はひとりでやるもんじゃないな、と思います。




そうそう、機内食の話。


さっき気付いたのですが、夫が帰ってくると必ず
「ねぇねぇ、機内食、何だった?」
と訊いてます。

うちは毎年、北海道旅行に行くんだけど
国内線は機内食が出ないので、私はここ数年、機内食に無縁なのです。
なのですごく気になる。

今回の出張はJALだったらしく、
朝食に蕎麦とか焼き魚とか出て、おいしかったって。
いいな~~~(*'∀`*)v


機内食って、お楽しみ感がある。
国内線でも飲み物のサービスが回ってくると、めっちゃテンション上がる。
ちびまる子ちゃんがするこんな顔をしてると思う。



(全然似なかったし…案外むずい)

普通にコーヒーにしようかな!
有料だけど、ワインも飲みたいぞ!
いやいや、北海道ぽいものもあるぞ!
(オニオンスープとか)
短い間にいろいろ考えながら、注文するのはどきどきしますね。

で、飲むんだけど



(向きがおかしい…)


飲み物ってついついがぶがぶ飲んでしまって
あっという間になくなっちゃうのね。
すごく儚い。
それがまた、いい。



今年も近々行く予定なんだけど
機内サービスがすごく楽しみです。

CAさんって、すっごく優しいしね。
優しくされるの嬉しいよね。
お相撲さんがよく元CAさんと結婚してたけど、気持ち解るよ。


飛行機は怖くて苦手なんだけど
飛行機で味わうドリンクの特別感と
CAさんに優しくされることを楽しみに、頑張って乗ろうと思います。



まる子の顔になってるのがばれないように、気をつけます。

最近、キスマイちゃんがいっぱいテレビに出てるので
録画の消化が追いつかないです。
贅沢な悩み(*'∀`*)v





なぜか前回の記事の続きです。
いや、「何故か」じゃないね。
ひとつ気付くと、「うわぁ、そうか!」ってことがこれでもかと出てくる。
当然だー。

壁に開かずの扉が隠されてて、うっかり開けちゃったみたいな。




子供に愛情があるのかと悩んでいた時期があった、と書きましたが
そもそも私は、人を愛せない人間なんだと思っていました。

人間関係は、好き嫌いというより失敗しないように努めてきたし
(嫌われないように、とか変な人と付き合わないとか)

恋愛は「好き」から始まってるはずなんだけど、
囲い込んだり縛ったり(SM趣味じゃないよ)って感じで。
常に不安で、相手の要求には極力応えるようにしてたけど
我慢し過ぎて突然キレ出す、とか情緒不安定な付き合いでした。


そのくせ、付き合いが長くなってくると、すごいケチなの。
自分の手間や時間やお金を、ビタ一文出したくない。
夫にマッサージとか頼まれると
「はぁ?私だって疲れてるんですけど」
って、すっごくムカつく。渋々やるけど。

ご飯のお金も払いたくない。
でも相手のお金でいいもの食べたい。
「ファミレス?はぁ?」っていう。
嫌な女だなー!!!ムンクの叫び


それほど親しくない人には、いくらでも親切。
ええかっこしいだから。いい人に見られたいから。
でも家族とか、親しい人にはすっごいケチ。
自覚はあれど、どうしたらいいか分らない。
長年の、密かな悩みでした。



前回の記事で愛情のキャパを海に例えたけれど



たぶん、私のいる場所からは浅瀬しか見えてなくて
浅瀬の水はすぐに干上がっちゃうから、絶対に出したくないし
逆に相手には「くれくれ!もっとくれ!」で水を補給しなきゃいけないし
そりゃもう必死だった。

そういえば、深海の存在に気付いてから、急に過食が止んだ。
慌てて水を補給しなくてもよくなったのかもしれない。



夫に対してもそうだけど、息子に対してもひどくケチで
抱っこが苦痛
遊ぶの苦痛
「がーがーぎ(←息子語。意味は「これなあに?」)」に答えるの苦痛
週に二日、半日保育園に行ってるし、週末は夫に任せてるし
疲れるほど育児をしてるわけでもないのに
なんでこんなにうんざりするんだろ、と思っていたけど、
ただただ、浅瀬の水を使いたくなくて必死だったのです。

こんな調子で40年も生きてきて、このまま生きていくこともできる。
私がこの程度の愛情しか注げなくても、
優しいお父さんと優しい保育園の先生に囲まれて、息子はのびのび成長してる。
このままでもいいのかもしれない


けど!


たぶん、つまんないだろうな。
この先数十年、このまま生きて行ったとしたら
「そこそこ楽しい」人生で終わっちゃうだろうな。

それはつまんないなー。




私は岩礁をぶち破って、深海の水を使おう!と決めた。

昨夜、早速作ったんです。
野菜嫌いの息子が食べやすいように、軟らかく煮込んだシチュー。
ごはんにかけて出したんですよ。

「おえ」ってしやがったよえー

ほとんど食べないまま、ごちそうさまするから
腹が立って腹が立って、「これでも食っとけ」ってバナナ一本渡したよ。
だって絶対食べると思ったからさ、どうしていいか分んなかったんだもん。

その後はもう、ムカついてムカついて、ガン無視ですよ。
悲しくて悔しくてたまらないんだもん。


でもたぶん、そういうことだよね。
「愛する」って、そういうことだよね。
こちらの愛を受け取ってもらえないリスクをもってしても
それでも与えるってことだよね。

それでも、愛しますか?
ってことだよね。



覚悟を問われた、昨夜でした。


さぁ、どうする?自分。





パン食べたいんだもーん。

by江口洋介






私は自分の自分勝手な振る舞いが嫌いです。


常に自分優先で、「誰かの為に」何かをする時も
自分がいい人だと思われたいが為にやってるし

大口叩いてみたり
偉そうにしてみたり
優れているように見せたり
強そうに見せたり
やさしそうに見せたり
余裕があるように見せたり
気前がいいように見せたり

...するような人間です。

本当は

気が小さいし
頭悪いし
弱いし
冷たくて残酷だし
テンパってるし
ケチだし

書いてて嫌になってきちゃった(笑



自分でも嫌なところは自覚していて、
そういうところは極力見られたくないので
人ともあまり深く繋がれないし
信頼したりされたり、ってこともないし
中途半端で「居ても居なくてもいい人」みたいな立ち位置。

それじゃ嫌だから、余計に自分を良く見せようとしてー
っていう悪循環。




子供が成長してきて、自己主張が出てきて
向き合ったり喧嘩したり逃げたりうんざりしたりする中で
自分の中をまた、改めて見つめ直す日々なのですがー

もうほんとに、いかに自分がキャラ作ってるかっていうのが分って
本当に心底うんざりしています。
私の本性を、息子がことごとく暴いてくれる。


優しい母ちゃんでいたいのに!
笑顔の母ちゃんでいたいのに!

息子のせいじゃないのは分ってる。
息子はただ、感情のままに気の向くままに振舞ってるだけ。
私がそれにいちいち反応してるだけ。



昨日もまた、疲れ切ってしまった。

もうここ最近、私も自分の感情を押さえ込むのをやめて
「あーもう、めんどくさい!」
「いちいちうるさい!」
「野菜食え!」
とかいろいろ言っちゃうし、
「うんうん」「はいはい」しか言わない時もあるし
ガン無視してる時もあるし
自分の振舞いたいように振舞ってる。
それはそれで、いいと思ってるんだけど…



私、本当にこの子に対する愛情はあるのかな。
と、いつも不安だった。
息子が生まれてから1年くらい、全然かわいいと思えなかったので。

愛情がある上で好き勝手に感情をぶつけ合うのと
愛情がなくて、ただ自分の感情をぶつけるのと
だいぶ違うよなぁ。



そもそも私、自分のこと好きかな。
自分に対して、愛があるかな。

土日に夫が息子の面倒を見てくれたり
平日も一時保育で自分の自分は確保できてるし
自分のことも大事にしているつもりだったけど
その反面、
食べ過ぎちゃったり、
お酒飲み過ぎたり
首回りや袖がだるだるの服を着たり
アトピーの薬を塗るのをさぼったり

なんだかあんまり、大事にできてない。
というか、自分にかまうのがめんどくさい。
人のことはもっとめんどくさい。
夫は自分のことを自分でしてくれるし
息子も早くそうなればいいのに。


自分に対しても人に対しても、愛情がない気がする。
自分のことは最低限でいいし
息子は私に都合良くいてくれればいい。

息子、こんな母親に育てられてるんだなぁ。
こんな母親に育てられて、どんな大人になっちゃうんだろう。




今朝、洗顔後の化粧水をつけていて、ふと
「こんないい化粧水を使ってるんだよなぁ」
と思った。

アトピー体質なので自分の肌質に合った化粧水を使うんだけど
ドラッグストアで買うものよりは多少値が張る。
日焼け止めはオーガニックのベビー用なので、結構値が張る。
でもそれらは私が好きで、自分に合うと思って購入し続けている。

それって、私が自分の為に、自分に合うものをちゃんと選んでいるってことじゃない?
自分が喜ぶことをしているってことだよね。


自分のことを他人に良く見せようと思うことだって
他人から称賛を受けて自分が気持ち良くなりたいからだし
息子の機嫌が悪くて腹が立っちゃうのも、自分が機嫌良くいたいからだし
自分に対する愛情、めっちゃあるじゃん。私。

息子が泣いていれば私だって悲しいし
健康でいて欲しいから、体にいいもの食べて欲しいし、
食べてもらえないとそりゃ悲しくなるし
早生まれで発達ものんびりだし、悲しい思いをしないといいなとか
そりゃ裏には、他人にいい母親に見られたいという気持ちがあっても
息子を自分の都合良くコントロールしたいという気持ちがあっても
息子を真剣に思う気持ちも、1割以上はあるはずなのだ。


私の愛情のキャパは砂地が見える浅瀬くらいしかないと思っていたけれど

本当はダイオウイカが生息するくらい深いのかもしれない。
浅瀬からはダイオウイカが住む深海は見えない。

だから浅瀬が強風で荒れたくらいで、慌てる必要なんかないのだ。
浅瀬で吹く強風は、深海には何の影響もない。




そしてそんなことでぐずぐずと悩んでいる間も、
息子は私に笑顔で抱きついて来てくれるし
夫は普段通り変わらずいてくれる。

ふたりの海は、ダイオウイカどころじゃないかもしれないな~と思う春の日でありました。

先月、母の三回忌がありました。

息子の2歳の誕生日がありました。




三回忌って、まる2年でやるじゃん。
あれ、よく分かんなくなるよね。
数えでやってるからなんだろうけど、毎度よく分からん。






今日、焼肉のことを考えていました。

私は焼肉が大好きで、子供を産む前にはよく食べていて
でも焼肉屋に子供を連れて行くのは危ないじゃないですか。
というわけで、しばらく食べてないんです。

でも最近、どうしても食べたい。
ハラミが!ハラミが!!!


そういえば、「ひとりカラオケ専門店」ってあるな。
ということは、「ひとり焼肉専門店」もあるんじゃね?
と調べたらなんと上野にあるんですよ。

2年ぶりに食べられる!
ひとりで上野に行って食える!



私が最後に焼肉屋に行ったのは、2年前の正月でした。
高校時代の友達と、実家の近所で食べました。
私はその時、臨月でした。

母が心配して、
「肉はよく焼きなさい」と言ってました。
当日も、メールで「よく焼いてね」と送ってきた。


母はもう、余命宣告をされていました。
宣告がある前から、話すことも辛そうな日もあったけど
この日のメールは、絵文字もついてた。
わりと調子がいい日だったのだと思います。



前年の11月末に里帰り出産で実家に帰ってから
ほぼ毎日、母の見舞いをしていました。

この日は旧友に会うために見舞いを休んでたんだけど
前日に(夫の)実家に泊まっていた夫が、
私の実家に帰る前に母の見舞いに寄ってくれて
私が病院に行けない日に、夫がひとりでふらりと寄ってくれるんですよ。

母と夫はすごく仲が良かったんだけど、
これは本当にありがたかったなぁ。

この4日後に母が危篤になるなんて、思いもしなかったけど。



「焼肉」というワードだけで、こんなにいろいろ思い出して
ぼろぼろぼろぼろ泣きました。







この1年は母のことはあまり思い出さない1年でした。

母が亡くなって1年は、母のことばかり考えていました。

母のことを忘れちゃいけない。

母の顔、
母の声、
トイレや歩行訓練に付き添う時に、私の腕に捕まっていた感触、
母と過ごした最後の日々

毎日、思い返しました。
正直、目の前の生まれたばかりの子供なんか目に入らなかった。
苦しかった。


悲しい気持ちももちろんあるけど
いろんな人を責めたい気持ちもあって
なにより、自分を強烈に責めていて



母は2度目の手術をした後だったんだけど
もしかしたら
私が妊娠していなかったら、
母は2度目の手術はしなかったんじゃないかと思っていて
(母は、私の産後の手伝いをするんだと張り切っていた)
もししなければ、
結果は同じでも、あんなに苦しまなかったんじゃないかって

あんなに望んで子供を授かったのに
出産を控えていたせいで、母の寿命を縮めたのかもしれない。


うちの両親はもともとできちゃった結婚ってやつで
私が出来なければ、母はあんなクソ親父と結婚してなかったんじゃないかと
ずーっと考えながら大人になっていたので
自分を責める理由としては、ちょうどいいよね。


最初の1年はこうして過ぎて行って
母に依存しながら生きてきた私は、
転びながら、そのまま這いずりながら生きた1年でした。




周囲と自分を心の中で責めまくって一周忌を終えた後
私は母に、宣言しました。


  悪いけど
  私はお母さんを忘れるよ。

  息子と夫と、幸せに生きるために必要だから。

  お母さんへの罪悪感を捨てちゃったら、
  お母さんのことをまったく思い出さない日もあるかもしれないし
  そのことで、いろいろ言いたいこともあるかもしれないけど
  それは、あの世で会ってから聞くわ。
  この世で生きるうちは、私の好きにさせて。



決別宣言でした。


毎日、いちいち思い出を手に載せて眺めて
悔やんだり責めたり泣いたりするのをやめて
なんとなく思い出した時にだけ思い出して
それで泣きたかったら泣いて
笑いたかったら笑う。
わざわざ、ひねり出すように思い出すのをやめる。

昨年1年は、そんな感じでした。


まっすぐじゃなくても
すたすた、とまでいかなくても
自分でちゃんと歩けているな、と実感できる1年でした。






2年が経った今、
少しずつ、外に出していこうと思いました。

自分の中で決着がつかなくて
もやもやぐるぐるどろどろした思いばかりで言葉にならなかったり
「不幸な人」ぶってる気がして言えないことばかりでしたが
それも引っくるめて、出していこうと。




母を喪った事実と感情にただ巻かれるだけだった1年
あえて離れると決めた1年

今年1年は、その両方が合わさる1年かなぁと。なんとなく。


息子がだいぶ、人っぽくなってきて
息子の成長に合わせ、自分の子供時代をふと思い出すことが増えて
当然だけど、母もそこにいるわけで

ただ、思い出すだけの時もあるし
悲しくなって泣いてしまう時もあるし
そういう心の変化を、ちゃんと感じつつ
人にも見せつつ(難しいけど)
1年を過ごそうと思います。




そんなかんじっす。
{9EE38401-34C0-4E31-96FA-F097BFA015C5:01}


自転車を新調しました。
正しくは、新調されました。
(夫が知らんうちに注文してた)

暖かくなったら子供乗せ自転車にしようかな~と思ってて
私は今の自転車の後部にチャイルドシートを着けるつもりだったんだけど
小径車で危ないから買い換えた方がいい、と仰るんですよ。
きっと自転車を組みたいだけなんだと思うんですけど。
ぶつぶつ言いながら乗ってみたら、これが衝撃!

今まであまり、自転車の乗り心地について考えたことがなくて
「乗れればいい」くらいの気持ちだったんだけど
この自転車は、本当に乗り心地が良かった。
タイヤの太さや大きさがこんなに乗り心地に関係しているなんて!
小径車に乗っていたので、違いが歴然なのです。
少々の段差、未舗装路でも全然気にならない。
側溝の蓋(網になってるやつ)にタイヤをとられない。
今までは振動がすごくて気になっていたので
これは私にも息子にも嬉しいな~と思いました。

おまけにきびきび走れるんだよ。
私は安全運転派ですけどね。


今回は珍しく、素直に賞賛しました。
夫、ナイスチョイス!