しばりやトーマスの斜陽産業・続 -8ページ目

夢の未来都市の顛末は大阪万博『メガロポリス』

 フランシス・フォード・コッポラは1977年に本作『メガロポリス』の構想を思いつき、83年から制作に取り掛かろうとするざ頓挫し断念。2001年に再び制作開始を始めようとするも資金提供するスタジオが見つからず二度目の製作停止。スタジオは信用できないとなったコッポラは自費を投入することを考え、ワイナリーのビジネスで資金を調達することに。コッポラの果てしないイメージを完璧なものにするために1億2000万ドルが費やされた。

 こうして始まった映画製作だが、土壇場の脚本変更や美術製作部門へのコッポラの要求は過大なものとなり、多くのスタッフが解雇され、現場を去って行った。公開されたものの制作費の10分の1も回収できない大失敗となり、コッポラは『地獄の黙示録』(1979)と同じ過ちを繰り返した。

 

 映画は悪い時のコッポラがすべて出ていた。意味があるのかないのかわからない勿体ぶったセリフ回しと古典の引用、(タイトルからしてフリッツ・ラングの『メトロポリス』をやりたかったのは、わかる)誇大妄想に陥ったコッポラの夢物語を延々と見せられ観客の目が点。

 

 架空のアメリカに存在する都市ニューローマ。ニューローマでは一握りの支配者階級が王侯貴族のような生活をし、この世の享楽を我が物にしていたがバリケードによって隔離されたスラムでは多くの人々が貧困にあえいでいた。

 銀行頭取クラッスス(ジョン・ヴォイト)を叔父に持つ天才建築家・カエサル(アダム・ドライヴァー)堕落しきって崩壊寸前のニューローマを永遠のユートピアとすべく再開発に着手していた。

 

 このカエサルがどれぐらい天才なのかというと時間を止められる(!)。時間停止ってどういうこと?超能力?

 

 本作の世界では本当の才能を持つ天才は時間ぐらい止められるというのだ。よくわからないが異能であることには違いない。

 

 カエサルは支配者階級に属する人間だが堕落した他の連中と違い本物であるからして、市民を導くノブレス・オブリージュの精神を持っている。未知の建築資材メガロンを発明し人類社会を新世代へ導こうとするカエサルだがかつて殺人者の疑いをかけられた過去がある。

 妻が失踪した挙句行方不明となり、妻殺しの疑いをかけられるも無罪となったカエサルは自分が仕事に没頭しすぎたせいだと後悔し、酒に溺れた愛人(愛人おるんかい!)のワウ(オーブリー・プラザ)にも去られる。

 

 新都市建設に関わるクラッススと市長キケロ(ジャンカルロ・エスポジート)は異なるビジョンがあり新都市建設は思うようにいかない。キケロの娘ジュリア(ナタリー・エマニュエル)はカエサルが時間停止させている時でも動くことができる異能力者で、二人が愛し合うようになる。

 

 ワウは玉の輿を狙いクラッススに近付き、本妻の地位を射止める。盛大に行われた結婚披露宴の席上にゲストとして招かれたポップスター、ヴェスタ・スウィートウォーターは自分は10代の処女で結婚するまで純潔を守ります!と宣言して支配者階級から絶賛される。

 しかし叔父クラッススの地位を狙う甥のクロディオ(シャイア・ラブーフ)の陰謀でヴェスタとカエサルがベッドインしているニャンニャン映像(古い)が流され、大混乱に乗じクラッススを非難する声明をキケロ市長が発表し、さらに深まった対立によりメガロポリス建設は中断する。

 キケロはカエサルを未成年への姦通罪で逮捕するが、ジュリアがヴェスタの正体が20代の成年であることを突き止めたため無罪に。ワウはクラッススの銀行を手中に収めるべくクロディオと手を組み、衰えの見えるクラッススを手玉に取ろうとする。

 

 女性を軽んじたために破綻していく三者(カエサル・クラッスス・キケロ)によって夢の未来都市メガロポリスは消え去ろうとするもジュリアとの真実の愛に目覚めたカエサルの演説によって支配者階級、そして市民たちは目ざめ一つの目的に向かって進んでゆく。

 

 

 大問題は肝心のメガロポリスが「夢の未来都市」にまったく見えないってところ。自然と科学が一体化した街のデザインは高度成長期の時の児童雑誌で山ほどみた空飛ぶクルマ(笑)やら自動で動くベルトウェイがあちこちにつながっているというやつで、未来都市のビジュアルが50年前のレベルだよ!手塚治虫の鉄腕アトムの世界だ!(メガロンもどう凄いのか、全然わかりません)

 貧困にあえぐ人たちは「そんな未来都市はいらないから、パンとミルクをくれ」って思ってるよ。それが市民だから

 

 市民が夢の未来都市メガロポリスを本気で望んでいると思い込んでいるのがコッポラ最大の過ちだろう。それならこの映画だって大ヒットしているはずなのに、大失敗しているというのが真実だよ。

 支配者階級の誇大妄想のために泣かされた人々の姿は今やってる大阪万博の姿に似ている。誰も求めていない夢と未来の「いのち輝く万博」のために工事費未払いで倒産する会社があったり虫とガスにまみれた直射日光すら避けられない場所を歩かされる市民の犠牲によって成り立つ万博。誰もそんな未来は求めてなかったんだって。

 

 コッポラがそれでもマシなのは制作費を自分で調達したってところだね。大阪万博は税金だからな。金返せ!

 

大人しくこちらを観ましょう

いのち輝いてません

2025年7月予定

7月12日(土)

『アイドル十戒リバース其の5』

会場:アワーズルーム

開演:19:00 料金:1500円+1D

出演:竹内義和 しばりやトーマス

 

サイキックをやってた人と聞いてた人のアイドル談義。

 

7月15日(火)

『旧シネマパラダイス』

会場:アワーズルーム

開演:20:00 料金:500円+1D

解説:しばりやトーマス

 

カルトを研究する若人の会。見つけた化石はほじくるな!

 

7月24日(木)

『キネマサロン肥後橋』

会場:アワーズルーム

開演:19:30 料金:500円+1D

解説:しばりやトーマス

※終了後YouTuber配信アリ

 

深夜の映画番組みたいな研究会。人間憑依!人類崩壊まであとわずか!

 

7月25日(金)

『僕の宗教へようこそ だいすき!アニメ』

会場:キイロイエイ

開演:19:00 料金:1000円+1D

出演:しばりやトーマス アシスタント・トモ

 

2025春アニメの感想回。語りたい人、お待ちしてます

 

7月29日(火)

『スーパーヒーロートーク』

会場:怪獣シアター

開演:20:00 料金:1500

出演:にしね・ザ・タイガー  しばりやトーマス

 

東映・ニチアサヒーローについて語りすぎるトークライブ

あの子はしょうがない子だから『おばあちゃんと僕の約束』

 世界中でヒットしたタイ映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』のプロデューサーが製作した『おばあちゃんと僕の約束』は一人暮らしをして「立派なお墓に入りたい」という終活をしている祖母とその遺産を独り占めして優雅が暮らしをしたいと考えるボンクラなニートの孫が織りなす家族愛のドラマだ。

 

※後半ネタバレです

 

 先祖を偲ぶ墓参りの日に呼び出された大学生(といっても中退しているけど)のエムは面倒くさそうに携帯ゲームばかりしている。人気のないゲーム配信者のエムはさしたる夢もなく、だらだら遊んで暮らしたいと考える、どこにでもいるボンクラニート。一家の長である祖母のメンジュは先祖を偲ぶ日に一族が全員集まらないことに不満。商社マンとして裕福な暮らしをしている長男のキアンは妻子を連れてこず、借金まみれの次男ソーイは顔を見せるが、困った時にお金をもらおうとしているのでご機嫌取りのためだけに来ている。長女でエムの母親チウに「僕は来ているだけマシ」というエムを見てメンジュ婆ちゃんはお墓が小さくて立派じゃないから揃わないのだ、大きなお墓を買えば家族みんなが集まるはずだ、と。

 

 メンジュ婆ちゃんは墓の坂道で転んでしまい緊急入院。医者の診断で末期のがんであることが判明する。本人には病気のことを明かさないようにとチウに言い含める医者。

 そのころエムの従姉妹のムイは祖父の末期の世話を甲斐甲斐しくしていたことで多くの遺産を譲り受け、悠々自適に暮らしていると聞き、今まで疎遠にしていたメンジュ婆ちゃんの元へ日参しはじめるどころか強引に引っ越してしまう。

 ロクでもない理由で婆ちゃんのところに転がり込むエムだが中々メンジュ婆ちゃんは心を開いてくれない。婆ちゃんが毎朝市場で粥を売っていると聞くと手伝おうとしたり(ただし朝がめちゃくちゃ早いのでウンザリ)、部屋に監視カメラをつけたりして気を引こうと悪戦苦闘するも受け入れてもらえず、毎日のように自分の口座に粥の売り上げを入金しにいくときも「残高を見られたくない」と銀行の入り口で待てと言われるのだった。

 ある日、家族が久しぶりに寄り合った場でエムはメンジュ婆ちゃんのガンのことを告げてしまう。キアンおじさんやソーイおじさんはガンのことを始めて聞かされ仰天。家族で婆ちゃんの介護について相談がもたれチウは仕事を夜勤に変えて昼間の介護に付き合い、キアンは長男の自分が面倒を見ると自分の家で暮らすよう提案したりするがメンジュは子供のたちの真意を疑い始める。エムにも「お前も遺産が目当てなのかい?」とズバリな核心をつくがエムは下手くそなポーカーフェイスで乗り切る(全然乗り切れてない)。

 

 すべてはエムの「婆ちゃんの遺産で悠々自適な生活」のためだが、次々自分の計画は邪魔され続ける。ソーイおじさんは借金の返済に行き詰まり、メンジュのへそくり20万バーツを盗み出す。その瞬間はエムの監視カメラにしっかり写っていたのだがメンジュは「あの子はしょうがない子だから・・・」といって許してしまうのだ。

 その行為を追求しようとしたエムだが、おばあちゃんを悲しませたくないと思うようになり、父方の祖父の遺産である純銀製のベルトをソーイに渡し婆ちゃんには「おじさんは仕事で外国に行っている」とバレバレのウソをつく。婆ちゃんの家にはエムが勝手に売りに出していた婆ちゃんの家を買いたいという人がやってくる。エムの真意にそれとなく気づいた婆ちゃんだが何も言わない。何も言わなかった理由は明らかだ。

 

 家族が集まる大きなお墓を買う金がなくなったメンジュは疎遠になった兄のもとをエムを連れて訪れる。豪邸で暮らす兄は両親の遺産をすべて独り占めにしてメンジュにははした金すら渡さなかった。メンジュはその時の分け前をもらって墓を買おうとするのだが「父さんがお前に金を渡さなかったのは正解だ。渡してもお前の夫が無駄遣いするだけだから」と絶縁を言い渡す。なんちゅう兄貴だよ。

 

 ムイに呼び出されて彼女の仕事を手伝ったりするエムは祖父の排泄の世話までしていた彼女が「匂いなんてそのうち気にならなくなる」とまでいい介護人として尽くしている聖女のような人間だと思いきや、実はすべてを計算づくでやっていただけで、祖父が食べ物を喉に詰まらせて苦しんでいるのをそのまま見過ごしたということを明かされ意気消沈。

 メンジュ婆ちゃんの兄の振る舞いなんかを見るにつけ、自分が何をやっているのかわからなくなってくるエム。それでもこれまでのことをなかったことに出来ないエムは婆ちゃんの面倒を見続けるが、医者から治療の効果がなく自宅介護に切り替えるよう言われた婆ちゃんは遺産の整理をはじめ、唯一の資産である自宅の権利書を次男ソーイに渡すことを決める。

 

「あの子はしょうがない子だから、あのお金でやり直すといい」

 

 と金を盗むようなぼんくらおじさん(エムは自分自身のことは棚にあげて)にどこまでも甘い婆ちゃんにエムは「僕はこんなにお婆ちゃんの面倒を見たのに、何もくれないの?」と本音を漏らしてしまい、婆ちゃんの元を飛び出し自宅へ戻る。

しょうがないっていうのはおばあちゃんからすると「しょうがないくらいかわいい」ってことで、見捨てるほどではないってことだね。

 

 久しぶりに帰って来たエムを見て母チウは

「あんたがいなくなって静かになった家を見たら、わたしたち兄妹が家を出て行ったときの母さんの気持ちがやっとわかったわ」

 と告げ、自分は介護の見返りに何も求めなかったが、あんたは面倒を見てくれたんだからいくらか取り分を渡すというも、わずかな金のことで争ったり右往左往する人々をあまりに見過ぎてきたエムは「金なんかいらない」と拒否し、施設で暮らす婆ちゃんに「うちで一緒に暮らそう」と引き取る。遺産欲しさに身勝手に振舞ってきたキアンとソーイはエムにもう何もいえない。エムも本当にかけがえのないものはお金なんかじゃなく婆ちゃんとの毎日だったことに気づくのだった。家族はやっぱり一緒にいた方がいいよ!

 

 

 こうして婆ちゃんの最期を看取ったエムは葬儀の日、銀行から電話を受け取る。それは婆ちゃんがエムの名義でずっと昔から溜めてきた定額預金の満期の知らせ。エムが子供のころ、神童と謳われ(そんな時代があったのだ)テストで100点を取ったお祝いに何が欲しいと聞かれたエムは

「お金が欲しい」

 子供らしくないおねだりに婆ちゃんは眉を顰めるがエムは「お金が溜まったらおばあちゃんに大きな家を買ってあげられるから」といったのでおばあちゃんはそのためにずっとお金を貯めていたのだった(口座の金額を見られたくなかったのはそのためだった!)。

 

 最後の最後にこの大逆転のオチは全く予想できずやられた!

 

 エムはそのお金を全額下し、約束どおり大きな家、家族が集まるお墓を買ったのだった。

 

 ほんの少し前の日本だったら毎年のように見かけた類の映画だが老人の医療負担が過去最高になったり、老人はとっととくたばれなんてロクでもないことを言い出す連中がテレビでバカ面さらすようになった現代日本では絶対に作られない類の映画だろう。タイにはまだ人の善意と家族のドラマが残っていた!

英語タイトルはHow to Make Millions Before Grandma Dies(おばあちゃんが死ぬ前に何百万ドルも稼ぐ方法)と素っ気もない直訳タイトルだが(これだから英語圏の人間は・・・)、タイの原題はLAHN MAH。孫を表すLAHNと婆ちゃんを表すMAHの合体で、ここから邦題の『おばあちゃんと僕の約束』になったという、この邦題は奮っている。

 みんなもたまには墓参りしよう!

 

 

またタレント吹き替え!人はなぜ同じ過ちを繰り返すのか

夏の超大作『ジュラシック・ワールド/復活の大地』の吹き替え版キャストが発表。メインどころのスカーレット・ヨハンソンには松本若菜、ジョナサン・ベイリーに岩田剛典、ルナ・ブレイズには吉川愛が配役された。

 

 

 他のキャストには楠大典、小野大輔、高山みなみ、大西健晴、水瀬いのり、小林千晃、三上哲ら職業声優及び吹き替え実績のある俳優が置かれている。

 なのになぜメインにはタレント吹き替えなんじゃい!!

 

 同じ夏の超大作『スーパーマン』はメインどころが職業声優で固められ、ファンが胸をなでおろしたところなのに、『ジュラシック・ワールド』と来たら・・・

 

 

 

『ジュラシック・ワールド』シリーズは生きた恐竜のテーマパークをつくっては制御できずに檻を破って暴れ出す恐竜が人を食って大惨事になることを繰り返す。そのたびに「もうパークはつくるな!」と思うのだけどそれと同じでなぜタレント吹き替えにするのか。

 

人はなぜ同じ過ちを繰り返すのか・・・

 

 

配給会社自ら、映画のテーマを体現しているということか・・・なるほど深いね(そんなわけねーだろ!)

 大人しく字幕版を見ることにします。

 

 

 

 

 

歌舞伎役者バカ一代『国宝』

 原作・吉田修一、監督・李相日、『悪人』『怒り』の座組による映画『国宝』はある歌舞伎役者二人の数十年にわたる波乱の人生を描いたドラマだ。

 

 上方歌舞伎の名門、花井半二郎(渡辺謙)は長崎の歌舞伎役者の宴会に招かれ幕間に披露された見世物の女形に見惚れる。それは宴会のパトロンである極道・立花権五郎(永瀬正敏)の一人息子、喜久雄によるものだった。宴会に立花の抗争相手がカチコミに現れ、権五郎は喜久雄の目の前で惨殺される。

 父の仇討に失敗した喜久雄を半二郎は引き取ることに。紋紋を入れた喜久雄を引き取ることに妻の幸子(寺島しのぶ)はいい顔をしないが家には半二郎の跡取り息子、俊介がおり半二郎は二人を同じ学校に通わせ、芸の道に歩ませる。喜久雄(吉沢亮)は花井東一郎、俊介(横浜流星)は花井半也と名乗り、新進気鋭の女形・東半コンビとして名を馳せる。

 二人は良き友人でありライバルであったが、パトロンの梅木社長(嶋田久作)の部下、竹野(三浦貴大)から

 

「しょせん歌舞伎は血の世界や。もらわれっ子のあんたはどんなに頑張っても二代目にはなれん」

 

 と歌舞伎は世襲に過ぎないという雑言に喜久雄は激昂する。そんなことはない、芸の腕さえあれば必ず認めてもらえる。そう信じる喜久雄だった。

 ある日、半二郎は事故に遭い自分が主演の『曾根崎心中』の代役を立てなければならなくなった。俊介は自分が指名されるものと疑わなかったが、半二郎が指名した代役は喜久雄だった。複雑な心の内を吐露しながらも喜久雄を励ます俊介。

 病床での過酷な演技指導に音を上げそうになる喜久雄。所詮極道の息子でしかない自分に半二郎の代役など無理なのか。俊介に「お前の血が欲しい。お前の血を飲めば名門の血になれるんやろか」縋りつく。しかし俊介は「お前には芸があるやないか」と。

 

 歌舞伎は血統なのか?それとも芸の才能なのか?

 

 こうして幕を挙げた舞台で喜久雄は見事に『曾根崎心中』のお初を狂気じみた演技で見事にこなした。代役の舞台は大成功を納めるが、喜久雄の本物の才能を目の当たりにし恐れを抱いた俊介は花井の家から、歌舞伎の世界からも逃げ出してしまう。

『曾根崎心中』の大成功で世間に名を知らしめた喜久雄は舞妓の藤駒(見上愛)との間に密かに娘を授かるが、世間に公表することはできない。

 糖尿のため失明寸前となり衰える一方の半二郎の跡を継ぎ、三代目を襲名することになる喜久雄。だが半二郎は舞台で吐血し、襲名披露は中断。死の淵で俊介の名を呼び続ける半二郎に愕然とする喜久雄。

 

 先代という後ろ盾を失った喜久雄は先代の影響力で押さえつけてきた出自の問題や隠し子騒動などが噴出し、歌舞伎よりもスキャンダルの世界で名を馳せるように。

 幼い頃から目をかけてもらっていた吾妻千五郎(中村鴈治郎)の庇護を受けて返り咲きを狙うも千五郎の娘、彰子(森七菜)を利用するためだけに近付いたことで怒りをかってしまう(ちなみに森七菜が知らん間にえらくいやらしい女になっていて驚いた。岩井俊二の映画に出てた時は美少女だったのに)。

 入れ替わるように俊介は喜久雄を追って長崎からやってきていた幼馴染の春江(高畑充希)との間に授かった息子を連れて花井の家に舞い戻る。15年もの間地方で宴会や寄席の見世物などをしていたという苦難の日々もマスコミによって美談としてまつりあげられる一方、喜久雄は花井の家に別れを告げ、歌舞伎の世界から去る。立場は完全に逆転し息子と孫が帰って来たと幸子からは完全にいないものとして扱われるのだった。

「しょせん歌舞伎は血統やな。極道はどこまでいっても極道や」

 毒づいた喜久雄は俊介と最悪の別れとなり、それでもついていくという彰子とともにかつての俊介のように地方の宴会で見世物役者としてどん底の生活を続けることに。

 ある宴会で女形の見世物をした喜久雄は酔客から本物の女と間違われて手を出されそうになり、殴打される。たとえどん底の生活でも喜久雄の本物の芸は錆び付かなかった。ビルの屋上でただひとり憑りつかれたように舞い踊る喜久雄を見て。これ以上はついていけないと去ってゆく彰子。

 喜久雄は彰子のことなんか見ていない。彼が見ているのは少年時代に人間国宝の小野川万菊(田中泯)が魅せた『鷺娘』のような一握りの歌舞伎役者だけが目にする「景色」だけ。それだけを追い求めていたから。

 

 孤独に陥る喜久雄の前に現れたのは竹野で、高齢で寝たきりになってしまった万菊に呼び出された喜久雄は彼の助言によって再び歌舞伎の世界に舞い戻り、かつての俊介のように失意の日々がマスコミによって美談にされた喜久雄は見事に立ち直り東半コンビは歌舞伎の世界を席捲する。だが俊介の体もまた半二郎のように糖尿に冒されていたのだった。

 

 

喜久雄があらゆるものを犠牲にし、芸の道ひとすじをつらぬき人間国宝に上り詰めるまでの姿を描いた物語で数十年に渡る大河ロマンなので上映時間174分!だが濃密すぎる描き方なのであっという間の3時間。

 歌舞伎役者というのは文字通りの役者バカなので半二郎も息子に跡を継がせとけばいいのに、喜久雄の演技に魅入られてお前こそお初や!とやってしまったがために残された人たちはもう地獄ですよ。それでも役者として本物の才能を見捨てられないわけで。

  喜久雄と俊介はお互い自分が持ってないものを欲しがり、自分が持っているものに苦しめられていく。俊介は血統に、喜久雄は芸の才能に。俊介が本物の役者バカになり切った瞬間は二人で共演した『曾根崎心中』で俊介演じるお初が投げ出した右足に縁の下の徳兵衛(喜久雄)が縋りつく場面。糖尿の影響で俊介は壊死した左足を義足にしているが、投げ出した右足もすでに壊死し始めていた。喜久雄は徳兵衛以上に役に入り込んでその足に縋りつく。

 

 吉沢亮と横浜流星の凄まじい演技は圧巻のひとことで、特に吉沢亮の入り込みがえげつなく、中村鴈治郎に相当厳しい演技指導をされたという。『国宝』を見ればどんだけのものだったのか容易にわかる。

 一説にはキッツイ演技指導のストレスを発散するために酒に溺れ、あのマンション侵入騒動をやらかすことに繋がったと言われているぐらい。

 

 この映画は役者がみんなすごい。田中泯の化け物じみた存在感(前半と後半の落差にも驚く)といい、渡辺謙も芸(と阪神タイガース)のために家族を犠牲にしてきた人なので説得力がありすぎるわ!

 

 歌舞伎役者の大河ロマンという設定なのに企画を東宝に持っていかれた松竹、それでいいの?吉田×李の座組だから東宝ってことになったんだろうけど、松竹さんしっかりして!