しばりやトーマスの斜陽産業・続 -40ページ目

祝日本一 猛虎伝説2023

 11月5日、日本シリーズ第7戦で阪神タイガースはオリックスバファローズを7-1で下し38年ぶりの日本一を成し遂げた。おめでとう!

 

 

 2003年、2005年、2014年(2位で終了してCS突破で進出)とリーグ優勝しながらいずれも日本シリーズでいいところを見せられずに敗退。特に2005年の千葉ロッテマリーンズ相手に4連敗し、トータルスコア33-4という結果は長年タイガースファンにとって悪夢として記憶された。なんでや、阪神関係ないやろ!

 

 今年は同じ関西球団のオリックスバファローズとの対戦で、1964年の南海ホークス対阪神タイガース以来59年ぶりの関西対決。しかも6戦目までがタイスコアで7戦目にもつれ込むというのも同じ。因果めいたものを感じる。

 

 その時はパ・リーグのホークスが勝ったが今回はセ・リーグのタイガースが勝って、38年前に唯一の日本一を現役選手として達成した岡田が監督として二度目の日本一を達成。現役・監督として日本一を経験したタイガースの選手は岡田だけである(平田ヘッドコーチ、嶋田バッテリーコーチも85年の優勝メンバー)。

 

 色々言い出したらキリがないのでこのへんにしとくけど、負けるの当たり前、万年最下位の暗黒時代を眺めてきた人間からすると2023年は本当にいいシーズンだった。33-4の呪いも消え去ったことだろう。

 これからは優勝、日本一を記念したグッズ、商品、コラボレーションが行われるだろう。期待したいのはゲームだ。ぜひとも『猛虎伝説'2023』を出してくれ!

 

 君は幻のゲーム『猛虎伝説'95 阪神タイガース』を知っているか?1995年にスーパーファミコンで発売予定だったゲームで大手の人気野球ゲームファミスタスタイルで、既存の12球団にプラス、歴代の阪神タイガース、年度別10チームが選択できるという夢のゲームだ。

 

パッケージにはバックスクリーン3連発トリオが大集合

 

 試合終了後にはファミスタ定番のナムコスポーツ紙面が代わりにデイリースポーツの紙面が登場!そう、デイリースポーツの協賛を受けていたらしい。

 

 なのにこのゲームは突然発売中止になったのだ。

雑誌に載った広告

 

 当時、「やっぱりな・・・」と僕らの周囲では笑いが起きていた。なぜなら95年のタイガースは2年連続4位という不調を引きずるように負けまくり、亀山・新庄コンビが故障離脱。藪・川尻・湯舟の先発陣は投げても投げても打線の援護に恵まれず黒星を重ねた。長期ロードに出る前に地元8連敗を喫し、あまりの負けっぷりに「負広」と揶揄された中村勝広監督は休養に追い込まれる。シーズン終了後には新庄が引退宣言(後に撤回)するなどまともな話題がひとつもなかった。その状況で猛虎伝説もへったくれもないわってことなんだろうか。

 

 しかし未発売に終わった理由は表向きの「諸事情につき」以外は知らされておらず、開発のアークシステムワークス(テクノスジャパンのシリーズやバンダイの版権ものなどをつくっていた会社)によると「完成していた」という証言もあり、販売されなかったのは開発が間に合わなかった以外の理由なのだろう。考えられるのは

 

①売れないと思われたので中止になった

②どこからクレームがついた

 

 ぐらいかな。①はタイガースなら何でも買う人はいるから、ありえないかな。実際出せば売れたと思うし(これとは別に『猛虎伝説2015』というアプリゲームが配信された)あとは②か。ゲームのシステムはファミスタ、選手のパラメータなどはパワプロに酷似していたのでナムコかコナミからクレームが来たというのはあるかもしれない。

 

 当時は「これぐらいならOK」と思われてたのかも。がファミスタの大ヒットを受けて類似品の野球ゲームが山ほど出たけど『燃えろ!プロ野球』『プロ野球ハリキリスタジアム』『がんばれ!ペナントレース』『スーパーリアルベースボール』『プロ野球?殺人事件!』(それは違う)どれもこれもファミスタとの差別化を図っていたのに、こちらはまんますぎたね。

 

 今ならきちんと差別化をしたうえで出せばヒットする、必ず!『猛虎伝説'2023 アレよアレ おーん』の発売を切に願うものです。

 

 

 

 

 

ひねりゼロ!人間ドラマは-90.0『ゴジラ-1.0』

 ゴジラ生誕70周年記念作品という位置づけで作られた国内産ゴジラの新作が『ゴジラ-1.0』だ。初代が公開された11月3日から上映開始されている。

「あれ?ゴジラの生誕70周年は2024年じゃないの?」

 というオタクもいると思われるので説明すると、ゴジラは現在モンスターバースシリーズを制作しているレジェンダリー・ピクチャーズとの契約の関係でモンスターバースの新作と同年に東宝のゴジラ新作は公開できない、という縛りがある。2024年に『ゴジラxコング:ザ・ニュー・エンパイア』(『ゴジラVSコング』の続編)が公開予定なので『ゴジラ-1.0』は2023年公開となった。

 なんで国内ゴジラが海外の会社の影響を受けなきゃならんのじゃい!と思うが、東宝はその代わりに『ゴジラ-1.0』をアメリカの劇場で迅速的に公開してくれる約束をとりつけたらしい。『シン・ゴジラ』はアメリカの一部の劇場で一週間限定公開だけだったけど、今回は12月1日から北米1,500館で公開するという。そこまでしてくれるんじゃあ、1年ずらす程度は我慢するよね!

 

 そういうことは置いといて、『ゴジラ-1.0』である。監督は国内きってのヒットメーカーにして国内VFX映画の第一人者、山崎貴。彼が数々の映画をヒットさせて、国内映画のVFXレベルを数段上げたことは疑いようもないが、内容が面白いのかというとそれはまた別だ。

 

こんなこと書かれてるし

 

※以下ネタバレです

 

 舞台は山崎監督が大好きな昭和、大戦末期だ。特攻隊員として出動しながら機体の故障を理由に大戸島の守備隊基地に零戦を緊急着陸する海軍少尉・敷島浩一(神木隆之介)。だが守備隊の整備兵は故障個所を確認できなかった。敷島は死ぬ恐怖に怯えて任務を放棄したのだ。整備隊長の橘(青木崇高)は「みんな生き残りたいと思っている」と敷島の行為に見て見ぬふりをする。

 

 その夜、大戸島の巨大な生物が現れる。それは大戸島の伝承にある生物・ゴジラだった。敷島はゴジラを倒すために乗ってきた零戦の機銃で攻撃するよう頼まれるが、またも恐怖のために引き金が引けない。その間にゴジラは基地を破壊し、整備兵らを食い散らかし、踏みつぶしていく。生き残った敷島は同じく生き残り、仲間の遺体を弔っている橘に「お前が引き金を引かなかったから、みんな死んだ」と責められ、引き上げ船の中で整備兵らが持っていた家族の写真を押し付けられる。

 

 大戸島とはもちろん初代『ゴジラ』に出てくる「伝説の怪物・呉爾羅」が最初に現れたとされる場所だ。この設定が示すように『ゴジラ-1.0』は初代のリメイクであり、エピソードゼロと言える。

 

 故郷の東京へ戻った敷島は、両親が待つ自宅が空襲の被害で瓦礫の山になっているのを見て愕然とする。空襲で子どもを失った隣家の澄子(安藤サクラ)からは、お前ら軍人が役に立たなかったせいだ、と詰られる。

 両親から生きて帰ってきてくれ、と言われた敷島は特攻から逃げ出し、ゴジラからも逃げ出し、帰ってきても居場所がない。なぜ、生き残ったのか、なんのために生きているのかもわからない虚ろなままで日々を過ごす。

 敷島は闇市の通りで突然見知らぬ女性から赤子を押し付けられ、置き去りにもできず困惑する。その女性、典子(浜辺美波)はいつしか敷島の元で居候暮らしをはじめる。彼女も空襲で虫の息だった母親から子供・明子を押し付けられたのだ。子供もロクに育てられない二人を見かねた澄子が面倒を見てくれるようになる。

 

 居候二人を養うために敷島は戦時中に設置されたままの機雷の撤去という危険だが高給の仕事に飛びつく。木造の撤去船「新生丸」の艇長・秋津(佐々木蔵之介)、元軍人で戦地に行く前に終戦を迎えた水島(山田裕貴)、「ガクシャ」と呼ばれる野田(吉岡秀隆)らと知り合った敷島は生活に余裕もでき始めるが、特攻からもゴジラからも逃げた記憶に苛まれ、典子と明子を家族として迎えることができない敷島。

 ビキニ環礁の原爆実験によって海底奥深くに眠っていたゴジラは目覚め、核の影響でさらに巨大に、狂暴化する。米軍の艦艇は次々破壊され、ゴジラは日本に向かう。ソ連と対立するアメリカは大規模に海軍を動かせず、日本政府に処理を押し付ける。

 こうして米軍から返還された重巡・高雄が到着するまで新生丸は現場での見張りを命じられる。だがそれより早く海域に現れたゴジラに新生丸の乗組員らは攻撃を仕掛けるが歯が立たない。ゴジラに機雷を咥えさせ、敷島が船の機銃で破壊するもゴジラは受けた傷をあっという間に再生してしまった。到着した高雄の砲撃をものともせず、放射能火炎で高雄が海の藻屑に。

 

 新生丸の乗組員が機雷と機銃でゴジラと一戦交える様子は『ジョーズ』のオマージュ風に演出されている。「海から襲ってくる怪物による恐怖映画」といえばジョーズだろう。スピルバーグは『ゴジラ』に影響を受けた人物だから引用する部分としては間違っていない。

 ゴジラが放射能火炎を吐くときは尻尾と背びれのトゲが上に伸びるというギミックが施されており、これは面白いアイデアだ。

 

 銀座に上陸したゴジラは破壊の限りを尽くす。ゴジラが電車を咥えたり、電車の中で浜辺美波が吊られる場面や、ビルの影からゴジラが顔を見せたり、路上から観客側に顔を向けてゴジラを眺める場面などはエメリッヒ版『GODZILLA』風の映像になっている(そこ、引用するの?)

 

 銀座の町を廃墟に変えたゴジラの前に人間はなすすべがない。日本政府も当てにはできない。そこで集められたのは民間主導の「巨大生物對策説明会」による元軍人らの集団だ。会のブレーンとして姿を見せたのはなんと野田で、彼は元海軍工廠で兵器の開発をしていたという。彼の立案による駆逐艦二隻でゴジラにワイヤーを巻き付け、フロンガスの気泡で相模湾の海底深く沈め、水圧で押しつぶし、それが失敗した場合にバルーンを膨らませ、浮上させ急激な水圧の変化で破壊する二段構えの「海神(わだつみ)作戦」の概要が説明される。しかしこの作戦の成功確率は未知数で、死ぬかもしれない。

 集まった元軍人らはやっと生きて帰ってきたのに、また死地に送り込む気かと反発。離脱者を生んでしまう。それはそうだ。日本が敗戦した理由は旧日本軍の命じたことすべてが誤りであったことは誰もが知っている。それでいて、ゴジラが現れても政府主導の対策が取れない。政府に対する不信感は極限に達している。この辺の「政府に対する不信感」というテーマは『シン・ゴジラ』と似通っている。

野田はそんな彼らに兵士の命を軽視し過ぎた旧日本軍のやり口を批判し、死ぬのではなく、生きるために戦うのだと説得する。

 

 

 山崎貴監督は『永遠の0』『アルキメデスの大戦』などで反戦争のテーマを打ち出しており、『ゴジラ-1.0』は戦争で死んだ人間を英雄視するのではなく(この辺は山崎貴だ)、生き残ってしまった者たちが生きていく理由を探し続ける物語だ。

 敷島は死ぬことができなかったことを悔やんでおり、生きる理由を探していたが毎晩悪夢に魘される。敷島は作戦の成否を高めるべく、戦闘機「震電」に乗りゴジラを誘導する作戦を考え付く。この作戦にはもう一つの目的があった。「海神作戦」が失敗したときには震電に抱えた爆弾で特攻をかける気なのだ。銀座のゴジラ被害で典子を失った敷島は覚悟を決め、残された明子を澄子に託し、二度目の特攻に飛び立つ。

 

 

 山崎貴と白組によるVFXは大変すばらしく、かつて東宝スタジオのプールに寒天の海をつくってた時代はもう遠い昔だ。ジョーズやエメリッヒ版ゴジラのオマージュシーンは本家に負けていなかったし、銀座の破壊場面はこれまでのゴジラで観たことがないほどにスペクタクルで美しい。

 

 一方でストーリー面には課題が残る、というか・・・かなりひどい。山崎貴作品はいつもストーリーがシンプルかつストレートで、捻りになる部分が一切、ない。『ゴジラ-1.0』は次の展開が用意に予想でき、伏線というものが一切ない!登場人物の説明過剰なセリフも相まって、サプライズというものが存在しないのだ。

 筆者は最初の大戸島の場面でこの映画のオチが読めたし、死んだとされた浜辺美波が実は生きているんだろうとか、神木隆之介も特攻するけど最後には脱出するんでしょということも予想できた。これは別に筆者がすごいと言いたいのではなく、観客の多くが予想できたのではないだろうか。伏線の張り方が下手過ぎるから・・・

 

 観客が不安になるところがひとつもないので安心して観ることができる、ともいえるが老害世代の筆者はこの程度じゃ納得できない。

 VFXは100点だけど、ドラマ部分は心に残るものが何もないので-1.0どころか-90.0ぐらいですね。

 

 

 

 

残虐娯楽アクションの極致『シス 不死身の男』

 冬の荒野を舞台に老戦士がナチス・ドイツの兵士をツルハシ一本で抹殺しまくるフィンランド映画『シス 不死身の男』はフィンランド国内で250日間のロングランを達成して大ヒット。全世界でも全世界で1410万ドル(約21億円)を稼ぎ、ついに日本上陸!

 

 1944年。当時のフィンランドはソビエト連邦との冬戦争を激しい抵抗の末、半年でモスクワ講和条約を結んで停戦。独立を勝ち取ったものの、領土の一部をソ連に奪われ、国内では不満が高まっていた。バルト三国を併合したソ連を危険視するドイツとフィンランドは手を組み、ソ連と戦うことに。継続戦争である。

 軍事大国ドイツを背後につけたフィンランドだが、ドイツ軍は次第にソ連に押し返され、フィンランドは講和を持ちかけるがソ連は「国内のドイツ軍をフィンランド軍が自力で追い出す」ことを条件にしたためまとまらず、戦争は続いたが1944年9月19日、親独派の大統領が辞任したことでソ連との間に休戦協定が結ばれ、ドイツ軍の多くは撤退することに。しかしフィンランドの降伏をよしとしないヒトラーはラップランド地方を破壊し焦土に変えたラップランド戦争)。『シス 不死身の男』はラップランド戦争直後あたりを舞台にしている

 

 凍てつく荒野をひとりの老人、アアタミ(ヨルマ・トンミラ)と飼い犬が歩いている。アアタミは荒野で偶然金塊を見つけ、鉱脈を掘り当てた。鞄に入れ持ち去ろうとしたところをブルーノ・ヘルドルフ中尉(アクセル・ヘニー)率いる戦車隊に出くわす。それはやり過ごしたが、後続の兵士たちに金塊を奪われそうになったアアタミはナイフと連中から奪った銃で容赦なく皆殺し。無言で。

 銃声で異変を感じたへルドルフは戻ってきて、金塊の存在に気づく。撤退中のへルドルフは下手をすれば処刑が待っている。だが金塊があればそれを回避できると考え、老人を地雷源に追い込む。だがアアタミは奇抜な作戦(わざと地雷を爆破させて煙幕をつくる)で地雷原を踏破し、銃撃から鉄兜ひとつで身を守る!

 金塊をあきらめきれないへルドルフは部下を平気で見殺しにして金塊を奪う作戦に出るが、ツルハシにスコップしか持ってない老人の反撃を食らう。ただのジジイになぜやられる?

 アアタミの正体はフィンランド軍の元コマンドで、冬戦争、継続戦争でソ連兵300人以上を殺した伝説の「不死身の男」だった!画してアアタミとへルドルフ一行の血で血を洗う殺し合いが幕を開ける!

 

 アアタミはソ連兵に家族を殺され、軍のコントロールを受け付けない復讐の鬼と化した過去がある。なにしろフィンランド軍が手を焼いて末に「勝手にしていいから」とさじを投げ、アアタミは勝手に300人以上を殺した。無茶苦茶にもほどがあるよ。

 ずっと無言のアアタミの過去に触れる部分はそこと、ドイツ軍が連れ去ろうとする民間の女性が「彼は不死身の男よ。強いというだけじゃない、決してあきらめないのよ」という説明的なセリフぐらいしかない。

 冬戦争に継続戦争、ラップランド戦争というフィンランドにとってやられっぱなし奪われっぱなしの歴史が背景にあるにもかかわらず、暗い話には一切ならずに男の復讐だけをひたすら追求する、娯楽映画の形を崩してないのが良いね。

 

 アアタミは『イコライザー』のマッコールも真っ青の「手元にあるものはなんでも武器」のスタイルでドイツ兵を血祭に挙げる。腕や手がポンポン飛ぶゴア描写もさることながら、絞首されても死なないアアタミ、本物の死神かもしれない。戦争の被害者にされがちな女性陣が最後に大復讐を遂げるのもカッコいい。映画のどこを切り取っても痺れる描写だらけで90分台というランニングタイムも相まって飽きさせないぜ。

 

 監督のヤルマリ・ヘランダーはヘナチョコ大統領と初な童貞少年がフィンランド山中をサバイバルする『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』(2015)をスマッシュヒットさせた男。サミュエル・L・ジャクソンが就任演説の前にズボンの前を小便で濡らしちゃって、演説の草稿で前を隠して(演説内容をでっちあげた)乗り切ったことで「男は強くなくても、強く見せることが大事なんだぜ、ヨー、メーン」とそんなダサい話を堂々と語られても!

 そんなおしゃべりダサ大統領とは違ってアアタミを演じたヨルマ・トンミラは64歳とは思えないハードアクションの数々を見せつけた!実際には強くないかもしれないが、強そうに見せることが大事なんだぜ、ヨー、メーン。

 

 

 

 

汚物は消毒だ!『バレリーナ』

 先日、志穂美悦子さんがインスタグラムで誕生日を祝っていて、68歳にしてバッキバキに鍛え上げていた肉体を披露していた。日本でアクション女優としての地位を切り開いた志穂美さんだが、その後、日本では彼女の後を継ぎ、彼女ほど成功した女優がいないのが残念だ。

 

 お隣の韓国では女流アクション映画はいっぱいあるのに・・・(日本にもあるけどさ)さて韓国映画界がまたまた世界に送りこんできた女流アクション映画がある。10月からネットフリックスで配信されている『バレリーナ』だ。

 

 冒頭、コンビニを襲おうとしたチンピラ連中を、たまたまグラノーラを買いに店にやってきた若い女性、オクジュ(チョン・ジョンソ)が一瞬にしてぶちのめすシークエンスで鷲掴みだ!

 オクジュは親友のミニ(パク・ユリム)から深夜に「会いたい」と呼び出されるが、部屋に残されたのは奇麗に包装されたトゥシューズと「復讐して あなたならできる」とのメッセージ。湯舟の中でミニは手首を切って死んでいた・・・

 箱に残されたメッセージからオクジュはチェプロ(キム・ジフン)という男にたどり着く。忍び込んだ男の家の隠し部屋からは手錠や鞭といった女を苛むための道具と、奇麗に整理整頓されたUSB。そのひとつには“バレリーナ”というラベルが貼ってあった。

 

 ミニはオクジュの中学生時代の同級生で、それ以来「離れがたい」友人だった。メッセージの意味を突き止めたオクジュはVIPを専門にする元ボディガードという前職を利用してチェプロに近付き、狩場であるモーテルについていき、隠し持っていたナイフで復讐を果たす・・・

 と簡単には話は進まず、単なる変態野郎と思っていたチェプロはたぐいまれな格闘術でオクジュを翻弄する。されど恨みは人一倍のオクジュにやがて圧倒され、左頬と唇に達するまで切り裂かれ、あと一息というところで護衛の銃撃を受けたオクジュは同じモーテルでチェプロの奴隷として扱われていた女学生に救われ、逃亡。

 チェプロは弱みを握った女を売り飛ばしているギャングのボスから「さっさと商品を売れ、女はこちらで始末する」とせっつかれるもプライドが高いチェプロは「自分でけじめをつける」と手助けを拒否するのだった。

 

 

シスターフッド的なテーマの元、ろくでなしの男たちに復讐を挑むヒロインを描いた本作はわかりやすいほど男根主義的な世界が描かれている。ランボルギーニを乗り回し、女性に薬物を飲ませて映像を撮り、絶対に逆らえない状況に追い込んで苛むことにエクスタシーを感じるド変態で、彼の相棒の薬剤師もギャングのボスも女性を搾取することに何の疑問も覚えない人間のクズである。チェプロが人身売買組織と結託して女性を性的搾取し、映像に残す様子はn番部屋事件を彷彿とさせる。

 

 一方、オクジュとミニの関係は幻想的な世界として表現され、現実味がない。現実にはこんな世界など存在しないと言わんばかり。『バレリーナ』は男性上位の社会にオクジュが突き立てる反抗の刃だ。

 チェプロに復讐するために老夫婦から拳銃を買う場面があるが、ほとんどが古びて使えない銃ばかり現実の男性上位社会など古くて弾も出ないような、タマ無し野郎に過ぎない

『バレリーナ』に出てくる男たちはみんな見てくれと口ばかりが達者で何の役にも立たない。ゴミのような男しか出てこないの。チェプロの女の口説き方(知り合いを装って話しかける)の手垢にまみれた感やギャングのボスのダサすぎる最期には笑っちゃったよ。ボスがサラブレッド飼ってるのも、馬!巨根!とモロに男根主義だ。

 クライマックスはそんなろくでなしの男社会をオクジュが跡形もなく焼き尽くす!汚物は消毒だ!

 

 シンプルすぎてまったく横道に逸れない物語はランニングタイム93分で、2時間以上も使って無駄に大作感を出そうとしないつくりも好感だ。悪党は最初から最後まで悪党のまま。悪いやつにも理由があるんだ、みたいな逃げを打たなかったのも良い。犯人に同情させられるような物語なんかいらねえんだ!

 

 話が複雑化しすぎてすんなり楽しめなくなった『The Witch/魔女』シリーズよりこちらを推すね。チョン・ジョンソは身もだえするほどカッコいいぞ!

 

 

 

お年寄りを事故から守れ『水戸黄門のお年寄りの交通安全』

 昨今、高齢者ドライバーによる運転事故・暴走などが問題化して、免許の自主返納が訴えられてますが、かつて老人といえば事故を起こす方ではなく被害に遭う方であった。春・夏・秋・年末の交通事故防止運動、安全運動期間ではいかにしてお年寄りを車の事故から避けるかが、問われていたもの。

 

 Amazon primeのToei On Demandに『水戸黄門のお年寄りの交通安全』という新作が入っていた。これは平成9年東映教育映像部制作の作品。東映教育映像部制作では人権啓発、防犯・防災、学校教材などの映像を地方公共団体、各種学校、企業等に非営利・無料での上映・貸出を目的とした作品なので、一般ユーザーが手に入れることができない。

 東映チャンネルなどで放送していたそうだが、配信で観られるのはありがたい。

 

 ちなみに出演陣は佐野浅夫黄門時代のメンバーだ。さて、どういう内容かというと・・・

 

 どこぞの町を行く御一行。大八車がけたたましく行き交う通りをふらふらと歩く老人が大八車に跳ね飛ばされる。すかさず老人を助け起こす助さん格さん。ぶつかった瞬間に大八車の積み荷から零れ落ちたのはご禁制の翡翠であったことを見逃さなかった助さん。

 

 荷を運んでいた大黒屋の主はかつて奉公人だったという老人を介抱すると言って連れていく。その前に老人は懐の薬を女房に飲ませてくれといって黄門らに手渡す。

 お銀が大黒屋のあとをつけていくと、悪代官と手を組んでいた大黒屋は権力をつかって事故をもみ消していたことも判明。そのころ、老人の女房に薬を届けた八兵衛は護身のため居座っていたが、証拠を隠滅しようとする大黒屋の用心棒らにアッという間に蹴散らされた。八兵衛だからね。うっかりしすぎ。

 

 こういう黄門時代劇の合間に東映京都撮影所をゆく黄門・助さん・格さんが外を歩くと交通安全映画に出演中の八兵衛・お銀が「道を真ん中を歩くのは危険です」「横断歩道を渡る時は左右を確認してわたりましょう」といった交通安全のマナーを教えてくれるわけ。

 あくまで現代の話だが、江戸時代にも通じる内容になっているのがポイントで、車の影から飛び出そうとして事故に遭う、といったケースは江戸時代にもあった、ということで大八車を道に無造作に止めておくと現代でいうところの駐車違反にあたる、として処罰されていたという学びも教えてくれるのだった。

 

 さて江戸時代の話に戻ると、老夫婦を亡き者にしようとしていたところに黄門一行が登場!

「助さん!格さん!こらしめてやりなさい!」

「この紋所が目に入らぬか!ここにおわすお方をどなたと心得る!恐れ多くも前の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!」

「ご老公の御前である、頭が高い!控えおろう!」

 

 という定番のやり取りがあって交通事故をもみ消そうとした悪党は一掃されるのでした。めでたしめでたし。以上の内容がテレビサイズの25分に収まっている。途中で葵の御紋のアイキャッチも入り、制作は監督:井上泰治、脚本:吉田和義/山内鉄也という本編のスタッフなのでほぼ水戸黄門のテレビを見ているのと同じ。

 同様の作品に『大岡越前のお年寄りの交通安全』『鞍馬天狗のお年寄りの交通安全』『かげろうお銀のお年寄りの交通安全』もあるので、観ようと思う。内容は同じだと思うけど・・・