talk show -15ページ目

終末の唄_031

「もしもし」

 かをりはまわりを気にしながら、小声で電話にでた。

「あっ、もしもし? かをり?」

 スピーカーから、女の声がした。

「うん。どうしたの?」

「ずっとケータイかけてたのよ? どうしてたの? まさか、いままだ、警察なの?」

「何言ってるのよ。いまは、ファミレスで優雅にお食事中よ?
 さっきまでは映画観てたから、電源切ってたのよ」

 かをりはぼくに、会社の同期のサチからだと言って、また携帯で話しだした。

「そうなんだ?
 じつはね、さっき会社に刑事がきて、かをりがある事件の重要参考人になっていて、今日は警察で取り調べを受けている、って言うのよ」

「取り調べ?」

 かをりは思わず大きな声をだしてしまい、あわててまわりを見渡し、小さくなった。

「それで、かをりの会社での評判を、いろんなひとに順番に聞いていくわけよ」サチが、言った。

「へえ」

「へえ、って、何? ひとが心配して連絡してあげてるのに」

「ごめん、ごめん。だけど、さっきも言ったように、わたしは今日は映画を観て、ファミレスでランチを食べています。証人もいるわよ?
 だから、警察なんかにはいっていません。いく用事も、理由もありません」とかをりは、言った。

「なんだ、デート中なんだ?」サチは少しほっとして、言った。

「うーん、どうなのかしらね?」

「でも、それじゃあ、あいつ、何だったんだろうね?

「さあ? わかんないわ、そんなこと」

「なんか、気味が悪いね。あんた、用心しなさいよ? 新手のストーカーか何かかもしれないからね?」

「うん。わかった」

「あ、課長に呼ばれたから、それじゃあ、もう切るね? くれぐれも、気をつけてね」

「うん、サンキュ」

「じゃあ」とサチが、言った。

「じゃあ」とかをりも、言った。

 電話を切ったあと、かをりはしばらく携帯電話の画面を複雑な表情で見つめていた

「どうしたの?」とぼくは、訊いた。

「うん、何だかね、会社に刑事がきて、わたしが何かの事件の重要参考人で今日警察に出頭してる、って言って、会社のみんなにわたしのこと、いろいろ訊いてまわってたんだって」

「何、それ?」

「変でしょ? だから、何かのいたずらじゃないか、って言ってたの。
 でもサチったら、すっごいこわがりだから、新手のストーカーか何かじゃないか、って、もうびくびくしてるのよ?」

「そうなんだ。でも、彼女が言うように、気をつけた方がいい」ぼくは真剣な顔で、言った。

世界には、ぼくらが思うよりも、もっと、悪意が満ちているんだから

「うん。わかったわ。気をつける」

 さっき皿をさげたウェイトレスが、食後のコーヒーを運んできた。
 かをりは静かなランチ用のBGMが宙の中にくるくると溶けだすように、コーヒーに垂らしたミルクをスプーンでくるくると静かに溶かす。
 そしてぼくの顔をじっと見て、言った。

「かわいそうに。随分、痩せたね?」

To be continued.


 

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終末の唄_030

♯07

「ねえ、どうだった?」かをりが、訊く。

「え? 何が?」ぼくが、聞き返す。

「何が、って――映画に決まってるでしょう?」

「ああ、そうだ。映画、ね」

「ああ、って何よ。あなたの気晴らしにと思って、ひとがせっかく有給使って会社休んで、こうやって誘ってやってるってのに」

「うん、わかってる」

「それに、あなたがこういうのが好きだっていうから、わざわざウディ・アレンなんかにしたのよ?
 ほんとうはわたしは、ブラッド・ピットとかキアヌ・リーブスなんかがでてきて、どんちゃん派手にやるヤツが観たかったのにさ」

 かをりはチケットブースでもらった映画のチラシを興味なさげに見ながら、言った。

「もちろん、感謝してるよ。ありがとう」

 ぼくは今日、有給休暇をとって仕事を休んだかをりと昼前に待ち合わせをして、久しぶりにふたりで映画を観にきたのだった。
 けれどぼくは、頭がぼうっとして映画の内容どころではなかった。実際、ひどい眠気との戦いだったのだ。

 映画を観終わったあと、ぼくらは昼下がりのロイヤルホストで遅めのランチをとっていた。
 平日のこんな時間の店内はとても空いていた。

「それで――具合の方は、その後どうなの?」

 かをりはそう言うと、ペーパーナフキンで口元を拭った。口紅の赤い色と、いま食べたチキンにかかっていたソースのオレンジ色が、白いペーパーに吸い取られていった。

「うん。
 あまり、よくはないね」

 ぼくもかをりと同じようにペーパーで口を拭い、グラスの水を一口飲んだ。

「なんか、そうみたいね」かをりはぼくをじっと見て、言った。

「まだ、その、銀色のオバケがでてくるの?」

「オバケじゃないけど――、まあ、そんなヤツがでてくるよ。相変わらずね」

「で、クリニックの先生は何て? 今日もこのあと、診察にいくんでしょう?」

「うん。先生は、気長に治しましょう、って、言ってる」

「ふうん。気長にねえ」かをりはカフェオレ色のざっくりとしたニットのセーターの首もとを少し掻いて、言った。

 ウェイトレスが食べ終わった皿をさげにきた。

「あんまり気長過ぎても、わたしの立場としてはちょっと困るんだけどなあ。
 たまたま仲がよかった先輩の校正士に、結婚で退社するから代わりにいいひといない? って訊かれて、就職もしないでボーっとしてたあなたのことをすぐに思いついて、推薦したのはこのわたしなんだからね?
 この不況の中で働き口が見つかっただけでも、ありがたいと思ってよ? ほんとよかったわよね、あなた。学生時代からタウン誌の校正のアルバイトをしていて。運が良かったわ。〝芸は身をたすく〟よね」

「ごめん。きみにもいろいろと迷惑かけるね」とぼくは、言った。

「いや、まあ、いいのよ? わたしのことは。仕方ないもの。
 ケガなんかと違って、こういう病気は回復が目に見えないものね。
 まあ、先生の言うとおり、ゆっくりと気長に治した方がいいかもね」

「うん」

 そのとき、かをりのバッグの中で、マナーモードになっていた携帯電話がブルブルと震えた。
 かをりはふたつに折れた電話を開き、画面を見た。

To be continued.

 

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終末の唄_029

 次に現れた男に、長谷は同じような質問をした。

「刑事さん、それって、何かの間違いですよー」

 まだ若いその男子社員(二十六歳くらいか?)は、まったくおかしな冗談を言うよな、とでもいいたげな態度で笑った。

「まじめな話、なんだがね?」長谷が重々しく、言った。

「いや、あれだけ頭のいいひとが、考えられないっスよ」

 男子社員は灰皿を自分の前に手繰りよせてから、タバコを取り出して火をつけた。
 まったく、オツムの弱そうなヤツだな、と長谷は眉間に皺をよせて思った。

「男子社員の中で、彼女の評判はどうなんですか?」

「いやべつに――問題ないですよ? いいですよ、評判」

男はタバコ臭い息を吐きながら、言った。そして顎の下の剃り残しの髭を、親指と人差し指で挟んで抜きだした。

「彼女、美人だし。そのわりに性格もいいし、よく気がつくし。
 ただ強いて言えば――」

「強いて、言えば? 何?」

「条件がよすぎて、オレたち凡人には高嶺の花かなーって、感じっスかね」

「もういいよ。ありがとう。すぐに業務に戻ってくれたまえ。ごくろうさん」

 長谷は追い返すように、そう言った。


 次に長谷は、同僚の女子社員を呼んだ。
 残念ながら彼女は制服を着てはいなかったけれど、長谷好みのすらっとした細身の美人で、胸元がわりに深く切れ込んだグリーンのタンクトップを着ていたので、長谷はそれはそれで充分に楽しめた。
 そして彼女に対しても、また同じ質問を繰り返した。けれど彼女も先のふたりと同じく、かをりを賞賛するばかりだった。

「社内で、彼女のつきあいはいい方ですか?」長谷が、訊いた。

「そうですねえー、まあ、どちらかと言うと、そんなにいい方ではありませんね。わたしたちみたいにしょっちゅう集まって飲みにいったりする方では、確かにないですね。
 ただ彼女の場合は、それでひとづきあいが悪いってまわりが思ったりしないんですよね。彼女には彼女の世界があるんだから、そこへ帰っていくだけなんだから、それでいいのよって、みんな納得しちゃってるんですよね。不思議なんだけれど。
 彼女は、そういうひとなんですよ」

 そのあとも長谷は続けて何人か面談したが、聞きだせる話の内容はだいたいみな同じようなものだった。
 この調査方法では、かをりに対して好感を持っているものは、「まさか彼女がそんなことをするはずがない」と彼女をかばう発言をし、普段からよく思っていないものは、「やっぱりねえ」というような反応を示し、彼女の難点をひけらかしに入るものだ。けれど結果として、かをりのことを悪くいうようなものは、だれひとりとしていなかった。

「恐れいったよ」 

 長谷はもうこれ以上調べてみても結果は同じだろうと判断すると、そそくさと会社をあとにした。
 ぼやぼやしていたら、かをりから何かの用事で会社に電話がかかってくるかもしれないし、あるいはだれかがオレのことを彼女にしらせているかもしれないからな。長居は無用だ。
 まあ調査はうまくいったよ。報告書には、こう書いてやろう。

〝パーフェクト・ガール〟

To be continued.

 

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