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さとう社会問題研究所・心理コンサルティングのブログ

あらゆる社会での対人関係の問題は心の問題の原因にもなります。
法律や政策により苦しめられている方たちもいます。


さとう社会問題研究所では、社会問題を始め、
クライアントの抱える様々な問題解決のため、助言を続けています。

調査報告書の問題点その1(2024/7/11)

 

【2024年7月16日追記】投稿当初、記事のタイトルを「感想」としておりましたが、有料メルマガをご覧になった方から、

「感想ではなく問題点とした方が良い」という趣旨のお言葉をいただき、

虐待の専門家としての姿勢を明確にお示しするためにもタイトルを変更しております。

 

みなさん、ごきげんよう。

 

暑かったり雨が降ったり体が辛いです。

 

 

さて、今回も前回の記事でも触れていた「大阪府泉南市・中1いじめ自殺」の調査報告についてです。

 

泉南市中学生自死の重大事態の調査に係る報告書(要約版)

 

今回も、こちらについて、わたくしの見解を簡単に述べたいと思います。

 

依頼を受けた事案ではないため、詳細な分析ではない事はご了承ください。

 

なので、ここから先は「さとう社会・心理研究所」の視点になります。

 

今回も専門的な観点からの詳細な説明は有料メルマガでお話しすると思います。

 

前記事でもご紹介のマイクラ配信でもうろ覚えながらお話ししております。

 

配信やアーカイブに視聴やコメントも付いており、関心を持っていただけることを嬉しく思っております。

 

相談等をご検討の方には参考にして頂ければと思います。

 

 

配信しているのは同一の別人と言う体でやっております。

 

研究所の宣伝などは行っておらず、ご相談も行っておりません。

 

ご相談希望の方、研究所にご用の方はメールにてお願いいたします。

 

 

今回は調査報告書28頁、「第4 自死に至るまでの関係者の対応並びに自死の背景及び原因」です。

 

ここで取り上げるべきは、本件調査報告を作成した方の認識の不足です。

 

わたくしは、初回で「おおむね良くできている」と述べていたと思いますが、点数を付けるなら「0点」です。

 

では、その理由についてお話ししたいと思います。

 

念のため、本調査委員会だけの問題ではなく、社会全般に及んでいる認識の不足であり、今後の課題としてのお話だとお考えください。

 

ここで指摘したいのは39頁の記述のみです。

 

「(8)小学校での出来事を記した手紙を読むことを、中学校に要求した件」の第一段落の記述です。

 

「母においては、これまでの経緯の中で学校に対する不信感が募っていた事は十分理解できるが、当該児童のことを第一に考えるならば、登校できなくなる様な関係に陥ることを回避するために、自分の感情を抑え、もう少し冷静になって、学校との話し合いに応じるべきであった。学校がこの手紙を読めないと言った理由に耳を傾け、互いに話し合いながら代替案を探るべきであった」

 

この問題の本質が全く理解できていないから出てくる妄言です。

 

わたくし自身、かなり期待して読んでいて、ここまで結構な出来だったので、この記述で大いに失望してしまいました。

 

ここまで正確に経緯を踏まえて分析して、その結果がこの記述です。

 

わたくしが、ここまで述べてきた事に「権力を背景にした加害者の問題点」「学校が加害者となる問題の特殊性」があります。

 

簡単にですが特徴を挙げておきますと、

 

1、被害者と加害者の分離ができていない

 

DVや虐待の場合、被害者は自治体や警察などから徹底的に守られ加害者から分離される。

 

これを悪用し、離婚や親権を有利に進めるため虚偽の申し立てをする事例すらある。

 

加害者である教師や学校、教育委員会が被害者である児童生徒、保護者と直接交渉できる。

 

2、対応の主導権を加害者が握っている

 

パワハラなどの事案でも分かる通り、一般的に加害者の方が優越的立場である場合が多い。

 

パワハラの場合、企業が加害者で労働基準監督署が労災の判断をして被害者に対応がなされる。

 

対して、学校が加害者の場合、その対応は教育委員会が主導を握るが、学校の人事は教育委員会が決めており、

そういう意味では学校と教育委員会は同じ組織である。

 

 

この文章の何が問題なのかを簡単に述べていきます。

 

・「当該児童のことを第一に考えるならば、」

 

母が翔さんの事を考えていないと言っている。しかも借屍還魂

 

翔さんは、あなた達に母を断罪させるために死んだのですか?

 

・「自分の感情を抑え、もう少し冷静になって」

 

まるで母親が狂人かの様な指摘

 

高ストレス状態の人間に勧めるはカウンセリングか精神科の受診

 

そもそも、母親の頭がおかしくなったのは学校が原因でしょ

 

翔さんを口実に学校の責任を母親に取れと言っている。

 

・「学校との話し合いに応じるべきであった」

 

「加害者と被害者は分離が基本」に反する

 

これはモラハラ事案で被害者が言う「加害者とは話し合いにならなかった」と言う言葉と同じ

 

実際、昨年ご紹介した記事のやり取りを見ても、教師は翔さんの言葉を聞いておらず会話になっていない。


作文の基本に「序論と結論で違う事を書いてはいけない」というのがあります。

 

事実認定の記述を見て、自分で書いておいてよくこんな事が言えるなと。

 

わたくしは、第1回目の感想から、「加害者と被害者の分離」を述べておりました。

 

遅かった。もっと早く学校や教育委員会との交渉を打ち切るべきであった。

 

・「学校がこの手紙を読めないと言った理由に耳を傾け、互いに話し合いながら代替案を探るべきであった」

 

事実認定読んで書いてます?

 

学校と教育委員会は翔さんと母親の要望は全部拒否している。

 

その上、被害者である母親に誠意を求めている

 

この調査委員会の人たちは教育委員会の手先でないなら頭がおかしい

 

 

虐待者。これがこの調査委員会の正体です。

 

被害者に寄り添う事はとても難しい。よってお金をいただいております。

 

 

以上から、わたくし、さとう社会・心理研究所としては、本件調査報告は、「おおむね良い出来ではあるが0点である」と結論付けております。

 

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

近況と最近の発信(2024/7/10)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

暑かったり雨が降ったりしておりますね。

 

 

さて、今回も最近の発信についてです。

 

Xではポストもしておりましたし、毎週土日のマイクラ配信もやれております。

 

マイクラは砂漠にて畳の制作を進めております。

 

Xでのポストについては、そちらをご確認いただければと思います。

 

さとう院さとう(さとう社会・心理研究所)(@s_splnet)さん / X

 

今回は土曜日は定期的にお話ししている「あなたの人生を良くする考え方」、

日曜日には前記事で簡単な感想を述べていた「大阪府泉南市・中1いじめ自殺」の調査報告書についてです。

 

先週のアメブロ記事にてお話しした「調査報告書の感想その5(2024/7/4)」では、

令和2年5月の校長の言葉が事案に及ぼした悪影響、中途半端に専門家が介入する事の弊害などに触れておりました。

 

これらの点について、有料メルマガでは、より専門的すぎる観点から説明を行っております。

 

うろ覚えではありますが、下でご紹介のマイクラ配信内でもお話ししているので、

気になった方はぜひ、ご視聴いただければと思います。

 

また、最近の配信のアーカイブにコメントをいただいており、

考えるきっかけになっている様でうれしく思います。

 

わたくしは事案は違えど、基本的には毎回同じことを申しております。

 

社会問題の解決に必要な考え方、暴力の論理の前には、

「自分には関係ない」と言う考え方は許されない事を学んでいただけるかと思います。

 

ご相談を検討なさっている方、このブログや研究所のサイトをご覧いただいている方には、

「こういう人」という参考にはして頂けるかと思います。

 

 

38分ごろから「あなたの人生を良くする考え方」ついて

 

「対価と見返り」について話している部分は検討中の内容のため元となる文章がなく、言語化を試みているものです。

 

前記事をお読みになってからご視聴いただければ少しは分かり易いかも知れません。

 

 

22分ごろから「大阪府泉南市・中1いじめ自殺の調査報告書」ついて

 

 

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング

対価と見返り(2024/7/8)

 

みなさん、ごきげんよう。

 

先日土曜のマイクラ配信で「あなたの人生が良くなる考え方」の一環で、「対価と見返り」について触れておりました。

 

ただ、研究中の内容である事もあり、上手く説明できていなかったと感じ、わたくし自身の考えの整理も兼ね、本当に簡単ながら記しておこうと考えました。

 

そもそも、対価と見返りとは全く違うものです。

 

物やサービスと交換する貨幣を対価と言います。これは経済の言葉です。

 

見返りとは、道徳の言葉です。経済の言葉ではありません。

 

そのため、一般的な経済の説明では見返りと言う言葉が使われる事はありません。

 

ただし、さとう社会研究所では貧困をテーマとして取り上げており、

 

「見返りと言う言葉が日本の資本主義を歪めている問題」

 

土曜日のマイクラ配信では、途中からこのお話をしていたつもりでした。

 

具体的に、どのような問題があるのかを挙げてみると、

 

・対価と見返りが同一のものとして、混同して使われる事で日本の資本主義が歪められている

 

・対価に対する道徳的反論としての見返りと言う言葉

 

・搾取の口実や貧困の要求としての見返りと言う言葉

 

先日のマイクラ配信も要点だけ取り上げれば、こういうお話をしていました。

 

そのため、「経済の説明では見返りと言う言葉を使ってはいけない」というお話をしておりました。

 

ただ、配信では、この辺りの説明などが上手くできていなかったと感じており、

 

せっかくお聴きくださった方にもご迷惑をおかけしてしまったと感じました。


そこで、一度、整理も兼ねて文字にて説明したいと思いました。

 

 

では、今回もこの辺で。

 

 

さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング