さとう社会問題研究所・心理コンサルティングのブログ

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(2026/7/14)

 

2020年の大河原化工機冤罪殺人事件と同様の国、特に司法(裁判所)と行政(検察)の共謀による殺人事件です。

 

本来、刑事裁判で死刑判決が確定し、法務大臣の命令がなければ国が人を殺す事は出来ません。(刑事訴訟法第475条)

 

これに対し、記事の様に、未成年の人物を客観的な証拠もなく長期にわたって拘束し、精神的圧迫を加え続け殺害する。

 

大河原化工機冤罪殺人事件では、裁判所と検察が、被告のガンの治療を受けさせないという消極的手法で「無実の人物」を殺害しております。

 

裁判所と検察が共謀すれば、人を殺すのに刑事裁判も死刑判決も不要。

 

大河原化工機冤罪殺人事件によって、国はただ人を殺すだけの方法を確立しております。

 

現在、政府はスパイ防止法や国家情報会議など、戦前の特別高等警察や治安維持法の様なファシストのシステムを導入しておりますが、

 

誰がいつ、どのような理由でスパイを理由に拘束され、病気にされて放置されて「病死」にされても不思議ではない状況にあります。

 

要するに、あなたもいつ殺されるか分からない、と言う事ですね。

 

記事の件は兵庫県と言うのも納得できますね。

 


「ママあいたい」「何にもしてないのに」 兵庫県警が逮捕した16歳少女が衰弱死 ノートにつづられた「違法捜査」と無実の訴え

「娘はなんのことだかまったくわからずに警察に連れていかれました。不当な勾留をされ、身に覚えのない取り調べを受け、さぞ怖かっただろうと思うと涙が止まりません」

 兵庫県内の障害者福祉施設に勤めていた少女(当時16歳)が昨年12月に極度にやせ細り、低栄養状態となって死亡したのは、兵庫県警や神戸地検の違法な捜査や勾留、取り調べが原因だったとして、少女の母親が6月17日、県や国に国家賠償を求める訴訟を神戸地裁に起こした。母親は冒頭のように言い、少女が勾留中に取り調べの様子を記録していた「被疑者ノート」を見せてくれた。その記述からは、警察や検察の不当な勾留や取り調べの一端が見えてくる。

 少女の母親は兵庫県内で障害者福祉施設を運営している。母親の話や訴状によると、少女は障害者支援に力を注ぐ母親の背中を見て育ち、障害者福祉施設のスタッフとして働くようになった。必要な資格も取得し、利用者にも信頼を得て、施設にかけがえのない存在になっていた。その人生が暗転するきっかけとなったのは、昨年2月15日に開催された施設のバレンタインイベントだった。

 イベントには施設利用者やスタッフ35人が参加した。その一人が在宅で生活介護などの支援を受けていた施設利用者のXさんだった。母親が振り返る。

「Xさんは在宅で介護のお世話をしていた利用者でしたが、人がたくさんいる場所は苦手で、イベントでも手足をばたつかせ、男性スタッフがとめようとしたが、イライラしたままだった。そのうちXさんは自分の指をかむ、近くの人にかみつこうとするなど、より不機嫌になっていった。娘はそれに気づき、Xさんの横に入ってなだめようとしたが、おさまらず、腕をつねられたりして大変だった。娘が『あかんよ』と言いながら、お菓子などをあげるとようやく落ち着いた」

 母親はXさんにつねられて青あざになった少女の腕の写真も見せてくれた。

■4カ月後にいきなりやってきた警察官


 その後、イベントは大きなトラブルもなく無事に終了して、Xさんも自宅に帰ったという。

 ところが、4カ月もたった昨年6月17日朝7時ごろ、突然、兵庫県警明石署の警察官が多数、少女が勤める障害者施設にやってきた。2月のバレンタインイベントでXさんに対応した少女と、もう一人の男性スタッフに、Xさんに対する暴行の疑いがあり、任意同行するという話だった。

 少女の母親は別の施設にいたが、連絡をもらって現場にいた署員に電話で「30分ほどで着くのでそれまで待ってほしい」と求め、署員は「わかりました」と言ったという。だが、母親の到着を待たず、少女とスタッフは明石署に連行され、そこで暴行容疑で逮捕された。

「娘がなぜ逮捕されたのか、まったく理解できませんでした。16歳で、警察に調べられたり、かかわったりすることはまったくこれまでなかった」(母親)

■証言者は「オーバーに言ってしまった」と謝罪


 なぜ逮捕されたのか。母親の代理人である向井義博弁護士の説明によると、こうだ。

「バレンタインイベントでXさんが暴れそうになったとき、少女と男性スタッフが止めようとしてあごのあたりに触れた。それを見ていた参加者のYさんが後日、ある市役所の障がい福祉課の職員に、少女やスタッフによるXさんへの対応は虐待なのではないかと話した。それがXさんの親に連絡され、Xさんの親が明石署に被害申告をした。明石署は少女の母親や施設に事情聴取もせず、他の参加者にも十分に話を聞かず、周辺捜査もしないまま、Yさんの話だけで逮捕したのです」

 ちなみに暴行を受けたとされたXさんにけがはなく、医師の診断も受けていないという。

 虐待ではないかと証言したYさんは施設の利用者だった。向井弁護士によると、少女が死亡した後に少女の母親と面談した際、Yさんは、少女らがXさんのあごを押さえたと市職員や警察に言ってしまったが、実際はあごに手を添えていたのであり、「オーバーに言ってしまってすいませんでした」と謝罪したという。

 だが、そのYさんの証言をもとに少女は逮捕され、執拗に“自白”を迫られることになった。接見が禁じられ、弁護士以外は面会できない状態になり、女性用の留置施設がある県警小野署に移送された。弁護士が差し入れた被疑者ノートに少女が記したメモによると、少女は午前中と、昼休憩から午後3時ごろまで、休憩後から夕食まで、夕食後と、1日4度、計5時間以上の取り調べを受けた。

■「施設をつぶしたいわけじゃないねん」


 ノートに記された記述を見ると、警察の取調官は、次のように脅迫めいた言葉で“自白”を迫っている。

〈すなおに言え、しょうじきに言ってくれ〉

〈少年(院)に行きたいんか、いつまでがんばるん?〉

〈別にしせつをつぶしたいわけじゃないねん お母さんこまらすな〉

 そして、こんな言葉で追い込んでいる。

〈みんなと言ってる事とあなたが言ってる事がちがうのはなんでやろうな おかしくないか 自分がけいさつかんやったらおかしいと思わん〉

 実際には、一緒に逮捕されたスタッフ含め誰も暴行を認めていなかったので、このメモ通りなら虚偽に基づく取り調べだろう。

■「ショックで食べれない」


 取り調べを受けた少女は、自分の心情についても記している。

〈なにもしてないのに ショックで食べれない〉

〈どうかおねがいします 1日でも早くかえりたいです。お母さんにあいたいです〉

〈何にもしてないのに こんなんになるんですか 自由をかえしてほしいです〉

〈ママ早くあいたい こんなむすめでごめんなさい〉

〈ママあいたい 不安でいっぱい ごめんね えいが行こうね いつもありがとう〉

 長時間にわたる取り調べを受け、少女はノートのページがいっぱいになるまで取り調べの様子やつらい心情をつづっていた。その一部は文字がにじんでいた。

「涙があふれてノートに落ちて、文字がにじんだと娘は言っていました」(母親)

 取り調べの中で、「飴」を与えるようにやさしい言葉が投げかけられることもあった。

〈おれがせきにんもってけんじさんところにもっていくから ホンマにしんぱいせんでいい。てきにみえるかもしれんけど そんな事する子じゃないってしんじてる おれも言いかたがわるかったな ごめんな〉

 これに対して少女は、こうつづっている。

〈きゅうにやさしくなってこわかった〉

〈まけません〉

 少女は勾留期限だった6月27日を頼りにしていた様子も記している。

〈ぜったい27日帰ります。〉

〈27日でれるよね、でれないかな〉

 だが、取調官は勾留期限を待ちわびる少女の思いを利用するようにこう告げている。

〈27日にバイバイできひんぞ〉

〈すなおに言え、27日に帰されん〉

 身に覚えのない容疑を認めなかった少女に対し、神戸地検は27日に神戸簡裁に勾留期間延長を請求し、裁判所は10日間の勾留延長を認めた。弁護団が準抗告を申し立てたところ、勾留延長は7月2日までの5日間に短縮された。

 勾留期限前日の7月1日のノートに、少女はこうつづっている。

〈これでさいごのとりしらべとなる〉

〈明日おかあさんに会える〉

 しかし、7月2日、神戸地検は神戸地裁に再び勾留期間延長を請求した。この請求は神戸地裁に一度却下されたが、神戸地検が準抗告を申し立てたところ、さらに5日間、7月7日までの延長が認められた。

■勾留後の体重は27.7キロ

 

 少女はもう限界だったのだろう。逮捕後、ほとんど食事がとれず弱っていたところに勾留延長のショックが襲った。2度目の勾留延長となった7月3日、2度嘔吐して留置場内で倒れ、病院へ救急搬送された。だが、輸液の処置がされただけで、再度、少女は留置場に戻された。

「運ばれたと聞いて病院へ行きましたが、明石署員から『会えません』と拒絶されました。『入院を』と言ってもとりあってもらえない。本当に心配で胸が張り裂けそうでした」(母親)

 救急搬送されたことを聞いた弁護団が勾留執行停止を申し立てたところ、7月4日に少女は突然、処分保留で釈放された。逮捕から18日間の身体拘束だった。「共犯」とされたスタッフも7月7日に釈放され、その後、2人とも不起訴となった。弁護団は不起訴の理由開示を申し立てた。「嫌疑なし」の不起訴だったら少女の気持ちもやわらぐという思いがあったが、神戸地検は応じなかったという。

「警察から出てくると、これが娘かと思えないほどやせ細って、ガリガリでした。予期せぬ逮捕のうえ、ありもしない罪を認めろと警察から強要され続け、食事がとれなかったそうです。娘を抱きしめると『ずっとお母さんと一緒にいる』と泣いていました。家に戻った後も『また捕まる』『警察怖い』と夜になるとうなされ、極度の不安状態が続きました。なんとか食べても、吐き気がとまらない。内臓が食べ物を吸収できずトイレに駆け込む状態でした」(母親)

 釈放後に少女の体重を測ると、27.7キロしかなかった。逮捕前は37.5キロだったので、勾留によって10キロも体重が減っていた。病院では、身体拘束のストレスにより食事がとれなくなり、病的に痩せた「羸瘦(るいそう)著明」、「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)などと診断された。

「娘は手にナッツを細かく砕いたものを持ち、時間を見つけては口にいれてなんとか体力を回復させようとしていた。その一方で、利用者のお世話もしていた。だが、体力は回復せず、施設の一角にベッドを置いてそこに横になりながら、頑張っていました」(母親)

 一時は体力も回復に向かったが昨年11月になると再び悪化。12月13日になると呼びかけても反応がなくなり、救急搬送されたが翌14日に亡くなった。死因は「低栄養状態(推定)」とされた。

■「間違いが明らかになったら謝って」

 

 少女は「冤罪」で逮捕され、容疑を認めなかったことから「人質司法」で長期間勾留され続け、体調を崩して命まで失ってしまった。母親はこう訴える。

「十分な捜査もせずにいきなり逮捕した明石署、まだ16歳で逃亡の恐れもないのに、2度も勾留延長をした神戸地検はおかしい。裁判ではどうして娘が命を失ったのか、それを明らかにしたい。警察や検察は、裁判で間違っていたことが明らかになれば、謝ってほしい」

 元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士はこう指摘する。

「この件では、警察、検察、裁判所、それぞれに大きな問題がある。一番の問題は検察だ。亡くなった女性は未成年の16歳であり、暴行の被害者とされる人の診断書などもなく客観的な証拠もないのだから、身体拘束は極めて慎重にしなければいけなかった。警察が逮捕したとしても、送検されたときに検察は女性から事情を聴いているので、その時点で逃亡の恐れなどないことははっきりしていたはず。そこで勾留しなければこんな悲劇はおこらなかった。それどころか、自白を得ようとして、女性の年齢や精神状態、健康状態などを考慮せず、勾留延長を請求、通らないと準抗告。本来、警察を止めなきゃいけない検察が、一緒になって自白獲得に動いている。国家賠償訴訟は違法性を争点に争われるのでしょうが、それ以前に、常識としてあり得ない捜査、勾留だ」

 

(2025/10/30)

 

この統計は今後も悪化するでしょう。
不登校の増加は、子供たちにとって学校が安全な場ではない事が原因であると考えております。

 

不登校の理由は複数ある事は間違いありません。
しかしながら、不登校が子供たちにとっての「逃避」である事は共通している。
その理由を考えるなら、学校が子供たちにとって魅力的である以前に危険な場所であると認識されてしまっている。

対して、いじめ認知の増加は、学校側の意識の変化、これに限っては改善に外ならないものでしょう。

ただし、いじめ認知は学校、教師、そして教育委員会の意識次第であり、かつては公然と隠蔽されるものでした。
彼らの認識や対応次第で増えも減りもする極めて恣意的な統計結果であると言えます。

わたくしは統計法を存じておりませんが、これが学校、教育委員会からの報告のみで構成されているとするならば、
事態の改善に寄与するものではないという事だけは間違いないと考えております。

また、大阪府泉南市・中1いじめ自殺や旭川女子中学生凍死事件など、
学校や教育委員会が加害者である場合、彼らが公然と事態の隠蔽に動いた場合の悪質さ、子どもにとっての危険性は、
「学校が加害者となる問題の特殊性」というテーマにて発信を続けております。

 

 

不登校の小中学生が過去最多35万3970人、いじめ認知も最多76万9022件…昨年度』(読売新聞、2025年10月29日)

 不登校の小中学生が2024年度は35万3970人に上り、過去最多となったことが29日、文部科学省の問題行動・不登校調査でわかった。12年連続の増加で5年前から倍近くに増えた。小中高校などで認知されたいじめの件数は76万9022件で、生命や心身への被害などを含む「重大事態」やネットいじめも過去最多となった。

 調査は毎年、国公私立の小中高校などを対象に実施。不登校は病気、経済的理由を除いて年30日以上登校していない状況を指す。

 不登校を学校別にみると、小学生13万7704人(前年度比5・6%増)、中学生21万6266人(同0・1%増)で、小中学生全体の3・9%を占めた。このうち90日以上の欠席は19万1958人で、これまでで最多だった。
 

作られる病気(2025/9/25)

 

非加熱血液製剤など医学とは極めて政治的なものである事を忘れてはならない

 

片親阻害症候群など、裁判所にとって都合悪い病気は否定するが、

 

国が犯罪者を生み出すために作り出された病気も存在している

 

揺さぶられっ子症候群は、その中でたまたま否定された疾患であると考えるべき

 

日本の裁判は、推定無罪を無視し、人質司法と呼ばれる長期間の拘束の果てに行われるものであるという事。

 

その人質司法の恩恵は報道機関と社会の好奇心が享受している

 

我々は、これらの事を踏まえた上で、医学にも司法にも報道にも疑いを持って臨まなければ、

 

わたくしが最近指摘している「デジタルファシズム、デジタルソーシャリズム」の更なる拡大を許すことになります

 

 

多くの冤罪を生んだ「揺さぶられっ子症候群」、正義を掲げる検察やメディアに欠けている「人は間違える」という前提』(JPPRESS、2025年9月25日)

 日本の刑事裁判の有罪率は「99.8%」。ひとたび起訴されると、裁判で有罪となる確率は99.8%だということだ。この極めて高い有罪率のなかで、「逆転無罪」が続出した事件がある。「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome/通称:SBS)」である。

 2010年代、乳幼児を強く揺さぶって「虐待」したとして親などが逮捕・起訴され、センセーショナルに報道される事件が相次いだ。逮捕されると容疑者として実名を晒され、長きにわたる勾留を余儀なくされる。しかし、弁護士や研究者らによって「SBS検証プロジェクト」が立ち上がり、裁判が始まると一転、無罪判決が相次ぐ*注。

※注:2018年以降、「SBS検証プロジェクト」が関与した裁判での無罪判決は13人(うち2人は公判中)。

 なぜ多くの冤罪が生まれたのか──。

 この事件を8年間取材してきた関西テレビ・上田大輔記者が監督を務めた映画『揺さぶられる正義』が公開された。「虐待をなくす正義」と「冤罪をなくす正義」のぶつかり合い、引き裂かれた家族の苦悩、“犯人”のレッテルを貼るメディアの責任……。映画は日本の刑事司法とメディアの在り方を問うと同時に、誰の身にも起きうる冤罪とは何かを描く。

 若き日に刑事弁護人に憧れ司法試験に合格するも、挫折して企業内弁護士から記者へとたどり着いたという上田監督。初となる映画作品の公開を機に話を聞いた。

大阪で多発した冤罪の背景に「児童虐待」への熱心な土壌

 

──2010年代から日本でSBS事件による逮捕・起訴が急増しました。中でも大阪で多発しています。まず、背景を教えてください。

上田大輔氏(以下敬称略) SBSとは、赤ちゃんの上半身を激しく揺さぶることで頭部に強い回転性の外力が加わり、脳の中などに損傷が生じる症候群です。

 これは、1970年代のアメリカでは、目立った外傷がないにもかかわらず乳幼児に硬膜下血腫が見られた場合の「仮説」だったのですが、90年代には、いわゆる3つの徴候(硬膜下血腫・眼底出血・脳浮腫)が見つかれば、強い揺さぶりが原因である可能性が高いと診断されるようになりました。この理論が日本に輸入されて2010年代からマニュアル化され、急激に広がっていったという歴史があります。

 ではなぜ大阪を中心に増えたのかといえば、これは統計などがあるわけではないので私見になりますが、大阪には児童虐待に熱心な土壌があるんです。

 2004年に岸和田の中学生虐待事件、2010年に二児置き去り死事件が起こっています。こうした悲惨な虐待死事件を経て、児童相談所、捜査機関、医師らが連携して、児童虐待防止に取り組んできました。

 SBSの場合、赤ちゃんの頭蓋内に出血が見つかると大きな病院に転院させるのですが、そこに児童虐待に詳しいとされる熱心な小児科医がいて、一定の症状でSBSの可能性が高いと診断する。すると児童相談所と大阪府警にすぐに通報がいくシステムが出来上がっていた。そうした連携がいち早く確立されたのが大阪だった、という背景があると思います。

 多機関が連携するのはいいことなのですが、SBSの一連の事件は、一つのパターンが出来上がるとすべてをそのパターンに当てはめて、突っ走ってしまう恐ろしさが表出した事件だったと思います。

──SBSの揺さぶりの基準は「1秒間に3往復」で、かなりの力が必要とされると感じました。

上田 当時、私自身も赤ちゃんを育てていたので、そこまで激しい揺さぶりをする親がそんなにいるのだろうかと違和感を覚え、取材を始めました。

日本の刑事司法の実態「有罪推定、人質司法、冤罪の検証なし」

 

──映画では、SBSによる虐待を疑われて逮捕・起訴された後、無罪になった4つの事件を中心に描かれています。その一つ、生後2カ月の女児が死亡して小柄な祖母が疑われた事件では、動機もないし、家族の誰も疑っていないのに、3徴候が見られるというだけで一審では有罪判決。二審で弁護側が病死の可能性を示したことで逆転無罪となりましたが、孫を亡くした上に逮捕・起訴され勾留された苦しみは、想像を絶すると思いました。この映画では刑事司法の問題がさまざまに問われていますが、どういった点が問題でしょうか。

上田 一つは日本の司法が「有罪推定」であることです。無罪推定(=疑わしきは罰せず)が原則というものの、実際は「有罪推定」の国だと、私は言い切るようにしています。

 有罪推定とは、言い方を変えると、人権の保障よりも秩序の維持を優先しているのではないかということです。多少、人権が後退しても疑わしい人は身柄を拘束しておけば、今まで通り社会がまわっていくだろうという秩序維持を優先する考えが、多くの裁判官にあるのではと思っています。

 例えば、否認したり黙秘したりしていると勾留が長引く、非人道的な「人質司法」が続いているのも、「犯人」を釈放して証拠を隠したり、逃げたりしたときに裁判所の責任が問われかねないと裁判官は考えてしまうのだと思います。この発想も結局は「有罪推定」と言えるのではないかと思うんです。

──別の事件で二審で無罪になった今西貴大さんは、5年以上勾留されていました。この時間は何をもってしても返ってきません。

上田 今西事件では検察は上告しています。最初の起訴の正しさを何としても守ろうとする意識が検察はものすごく強い。これは組織の病理だと思います。大川原化工機事件で検察が起訴を取り消したのは結局は事件をねつ造していたからで、例外中の例外中の例外くらい、検察は起訴取り消しに後ろ向きです。

──冤罪が起きても、原因を検証する仕組みがないことは大きな問題であり、冤罪が繰り返される一因になっていると感じます。

上田 非常に問題だと思います。大川原化工機の冤罪事件で検察は謝罪し、検証報告をしましたが全くもって不十分だし、袴田さんの冤罪事件では、検察庁トップの検事総長が「到底承服できない」などという声明を出しています。

 検察組織のそうした異常性をメディアがもっと追及し、国会に第三者の検証委員会を設けるなどの動きがあってしかるべきですが、それができていない責任を感じます。検察を甘やかしてきたのはメディアなのではないかと思っています。

メディアの責任、「逮捕報道中心主義」に向き合う

 

──映画には上田監督も登場し、自らにも刃を向けます。つまり、メディアの在り方を問うています。例えばメディアは「逮捕報道中心主義」だと。

上田 私が勝手に作った言葉ですが、逮捕時は大きく報じるのに、裁判報道の取り扱いは小さい。映画では犯人と疑われ逮捕され、マスコミにもみくちゃにされた方や家族との対話を重ねるにあたり、記者として自分たちがやってきたことに向き合わざるを得ませんでした。

──「一回、こいつ黒なんやなって思われたら、白に塗り替えるのは無理やと思う」という今西さんの言葉は重いです。そんな中でも取材に応じた今西さんには、上田さんへの一定の信頼があったと想像します。この映画のみならず、取材相手との信頼関係はどのように築かれていますか。

上田 偉そうに語れる秘訣やコツは何もないのですが、自分はこういう理由で記者になりこういう取材をしていると、自分自身の話をするようにしていました。

 今回の映画では、逮捕報道でメディア不信になられている方々に話を聞きにいったので、みなさん「メディアが来た」と感じられるわけです。もちろん私はメディアの人間ではあるのですが、その前に一人の人間でもあり、こういう経緯で記者になり、こういう問題意識を持っているから、最初の報道と異なる角度で話を聞きたいんですということを、何度も伝えるようにしていました。

──『揺さぶられる正義』では、検察、弁護士、メディアとそれぞれの立場の正義がぶつかり合い、せめぎ合いますが、裁判で大きな役割を果たす「専門家」の正義とは何かも深く考えさせられます。ある小児科医の「低い確率で冤罪になったとしても、虐待を見逃したくない」という趣旨の言葉には考え込みました。

上田 すごい発言だなと思うとともに、本音なのだろうなとも思いました。そして、子供の命を守るためには少々の冤罪は仕方ないというのは……、世の中の本音ではないかとも思っています。

 児童虐待事件で冤罪の可能性を問う難しさがここにあるのですが、ただ、子供を守るために掲げた正義が、結果として何を生み出しているか。本当に子供のためになっているのか。例えば傷害罪で逮捕され一審で無罪になった赤阪友昭さんは、長い間、家族との接触を禁止されてきました。虐待とされたことで、子供の先天性の疾患も見逃されました。そうした現実は彼らの正義と見合っているのか。映画を見て考えていただけたらと思います。

──どんな正義を掲げたとしても「人間は誰しも間違うもの」、その前提に立たなければいけないと強く感じました。

上田 映画で伝えたかったことの一つです。もちろん間違えるのは検察や専門家だけでなく、メディアも同じです。

苦労して司法試験に合格するも憧れの刑事弁護士に絶望

 

──上田監督は関西テレビの「弁護士記者」です。無実の人を救う刑事弁護士に憧れて司法試験を受けたものの、絶望して関西テレビに入社したと経歴に書かれています。絶望するきっかけは何だったのでしょうか。

上田 司法試験の勉強が進むにつれて、法律が実際にどう運用されているかが分かってくるわけです。

 法律には「疑わしきは罰せず」とあるのに、実態はかけ離れていて、どんどん有罪になっていることが分かってくる。刑事弁護だけで食べている弁護士はほぼいないんです。無実の依頼者が有罪になる姿を見ないといけないかもしれない。精神的に相当タフじゃないとやっていけない、自分には向いていないんじゃないかと思うようになりました。

 とどめを刺されたのが、司法試験を最後に受けた年の1月に公開された映画『それでもボクはやってない』(周防正行監督)です。刑事裁判の現実がエンターテインメントとして見事に描かれていて、受かっても刑事弁護はやめておこうと思いました。自分にできるとは思えなかった。

──入社後、法務部で企業内弁護士として働くも、記者としてなら刑事事件に向き合えるのではないかと、37歳の時に記者に転身されました。記者と法律家は上田さんの中でどのようなバランスを保っていますか。

上田 まず法律家と記者の思考形式には、かなりの共通点があると思います。つまり事実を調べて、論点を見つけて、それに対するさまざまな見解や主張・反論を精査して、法律家なら裁判官に伝えるための文書をまとめる、記者なら文章や映像にして視聴者に伝える、ということが主な仕事ですから、似ていると思っています。

 一方で違うところもあって、自分で問題を探し、不条理な立場に置かれている方に自分から会いに行って、彼らの声を社会に届けていくのは記者にしかできない仕事です。数は少ないかもしれませんが、自分の役割が果たせたときの喜びは、他にかえがたいものがあります。

 37歳からの出発でしたが、記者になってよかったし、自分に向いていたと思っています。

──映画に登場する秋田真志弁護士は、「Winny事件」や「プレサンス事件」でも無罪を勝ち取った弁護士です。そうした方を間近で取材されて、刑事弁護士への思いを再び掻き立てられることはないですか。

上田 いえ、秋田先生の法廷での尋問はすご過ぎて、自分には到底できないという気持ちになります。余計にやりたくなくなるというか(笑)。これからも自分は記者として、日本の刑事司法を考えていきたいし、私にはそれしかできないと思っています。