調査報告書の問題点その2(2024/7/19)
みなさん、ごきげんよう。
「弥助」と言う名の歴史のフリー素材。
さて、今回も前回の記事でも触れていた「大阪府泉南市・中1いじめ自殺」の調査報告についてです。
泉南市中学生自死の重大事態の調査に係る報告書(要約版)
今回も、こちらについて、わたくしの見解を簡単に述べたいと思います。
依頼を受けた事案ではないため、詳細な分析ではない事はご了承ください。
なので、ここから先は「さとう社会・心理研究所」の視点になります。
今回も専門的な観点からの詳細な説明は有料メルマガでお話しすると思います。
前記事でもご紹介のマイクラ配信でもうろ覚えながらお話ししております。
配信やアーカイブに視聴やコメントも付いており、関心を持っていただけることを嬉しく思っております。
相談等をご検討の方には参考にして頂ければと思います。
配信しているのは同一の別人と言う体でやっております。
研究所の宣伝などは行っておらず、ご相談も行っておりません。
ご相談希望の方、研究所にご用の方はメールにてお願いいたします。
今回は調査報告書28頁、「第4 自死に至るまでの関係者の対応並びに自死の背景及び原因」です。
ここで取り上げるべきは、この件において最も重要な点について触れていない事です。
わたくしは、初回で「おおむね良くできている」と述べていたと思いますが、点数を付けるなら「0点」ですと述べておりました。
では、その理由についてお話ししたいと思います。
念のため、本調査委員会だけの問題ではなく、社会全般に及んでいる認識の不足であり、今後の課題としてのお話だとお考えください。
今回は調査報告書36頁、「(イ) 校長の説明及び対応」です。
調査報告では校長について以下の様に指摘しております。
・「いろいろ聞いている」と答えるのみで、その後も、兄の5年生の授業の問題はすでに解決しているかのような返答を行った。
・保護者との関係を今後どのように構築していくべきかの目的意識を十分持っていたかについては疑問が残る。
・母の会話を遮るように、当該児童に話しかけたり、当該児童が主張する内容を「(教員Jはそのようなことは)言ってません」と断定したり、また当該児童にも同意を求めるなど、思いや言い分をしっかり聞こうとせず、教員がそのような発言をするはずないという結論だけを押し付ける形となった
もちろん、これらの指摘は正確で、この訪問により教員の態度は明らかに変わっている。
気が緩み過ぎた教員によって翔さんが封筒で叩かれるという事案に至っている。
これは、校長の家庭訪問を転機として起こっており、校長は平成29年12月の教員Fによる問題は終わっているものと宣言していた。
しかしながら、調査報告14頁の冒頭にある「(教員Fについては)本当に不備があったら処分される」という趣旨の発言には一切触れられていない。
わたくしは、この発言を最も重視しており、マイクラ配信でも「この校長が松波翔さんを殺害した」と述べております。
この言葉の問題は、「自分たちには一切の非はない」と言ってしまっている事です。
調査報告で述べられている様な「兄の5年生の授業の問題はすでに解決しているかのような返答」ではない。
そもそも、「教員Fがこの発言を理由に処分されていない以上、不備はありませんでした」と言っている。
なぜなら、「(教員Fについては)本当に不備があったら処分される」からです。
翔さんが教員に封筒で叩かれた件など、校長の家庭訪問、特に、このご発言は教員にとって大きな励みとなった事でしょう。
「教育委員会が教員Fを処分しない以上、我々には一切の非はなく、松波翔と母親こそが我々を苦しめる加害者である」
しかしながら、調査報告では、この発言に触れず、他の翔さんと母親の行動に影響を与えていない発言ばかりを取り上げている。
翔さんを自殺に追い込んだ事例の調査報告であるのなら、いじめや自殺に関する調査報告であるのなら、「その後の言動に変化を与えた言動」にこそ重点を置いて分析しなければ意味がない。
校長による家庭訪問の後、教員による家庭訪問は減少。
翔さんは6月には警察を呼ぶという様になり、明らかに拒絶的になっていく。
関係修復のきっかけとなり得た修学旅行や卒業証書など、小学校は自ら徹底的に翔さんや母親との関係を悪化させていった。
母親は翌令和3年5月、小学校へのペナルティを指導主事に求めております。
もちろん、教育委員会は加害者であり犯罪者である母親の要求には屈しない。
教育委員会は小学校、教員Fに処分を下すことはない。
「(教員Fについては)本当に不備があったら処分される」
教育委員会が処分をしない以上、小学校は自分たちには一切の問題はないと言い続けることができるからです。
改めて、調査委員の皆さんは事実認定読んで書きました?
令和2年5月の校長の家庭訪問における最大の問題とは、
事の発端である「平成29年12月の教員Fの発言には一切の問題はなかった」と宣言した事です
問題は解決したのではなく、教育委員会が処分しない以上、問題は存在していなかった。との立場を採った。
教育委員会と示し合わせた上での言葉だったのかも知れません。
教育委員会が教員を処分しなければ彼らは被害者と主張することができる状態であり、
その後の行動は、すべてそれに沿ったものであった。
前回お話しした調査報告の内容でも、「母親は学校と話し合わない不誠実者であり、翔さんの事を一切考えていない自分勝手な親である」と道徳的断罪がなされていた。
翔さんと母親は論理的にではなく体感的に発言の意味を理解していたのかも知れません。
そのため、翔さんは、それまで以上に拒絶的になり、
有効な行動をとる事は出来なかったものの、母親は小学校へのペナルティを求めていた。
これは、「行き過ぎた要求」などではなく、この校長の発言により、
「問題化するための課題が再設定されてしまっていたから」に他なりません。
虐待者。これがこの調査委員会の正体です。
被害者に寄り添う事はとても難しい。よってお金をいただいております。
以上から、わたくし、さとう社会・心理研究所としては、本件調査報告は、「おおむね良い出来ではあるが0点である」と結論付けております。
では、今回もこの辺で。
さとう院さとう(さとう社会研究所・さとう心理コンサルティング)