駄科駅【長野県】(飯田線。2021年、2022年訪問) | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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今回の【駅】シリーズは、
長野県南部、飯田市の南部郊外に広がる住宅地に位置する飯田線の駅で、輝山会記念病院への最寄駅で小駅ながらタクシーがよく待機している駅、また「あさひ豆腐」や「生みそずい」といった大豆加工品を製造している旭松食品本店(現在の本社は大阪)への最寄駅であり、そして駅名の響きが何となく好きな駅(私だけだと思いますがw)、
駄科駅 (だしなえき。Dashina Station) です。
  
  
駅名  
駄科駅 (駅番号なし) 
 
所在地    
長野県飯田市    
 
乗車可能路線  
JR東海:飯田線  
 
隣の駅  
豊橋方……時又駅  
辰野方……毛賀駅    
  
訪問・撮影時  
2021年7月、2022年7月  
 
 
駅概要  
駅形態……………地平駅(1927年開業)。
駅舎………………西側に扉のない簡易駅舎があります。
出入口……………西側のみ。東からは南約550mまたは北約170mにある踏切を渡って西側へ。
バリアフリー……○(段差はスロープで解消)。
点字ブロック……駅出入口~駅舎内~ホーム間に設置。
駅前広場…………○(但し狭いです。バス停留所・タクシー乗り場併設)。
 
 


駅舎です。東方向を望む。メインの通りから東へ入った場所に駄科駅があります。
以前は木造駅舎が存在したと思われますが、1998年に放火されて焼失したため、翌1999年に簡易駅舎(実際は待合室)が再建されました。
簡易駅舎は密閉構造ではなく、ホーム側がオープンになっています。
また、簡易駅舎はホーム面と床面高さが揃えられていて、駅外とは段差がありますが、スロープにより解消されていて、バリアフリーに対応しています。
出入口前には郵便ポストがあります。
駅舎前には小さいながらも駅前広場があり、バス停留所とタクシー乗り場(タクシー駐車場)が設けられています。
駅舎の右側にはトイレの小屋があり、車いす対応トイレを併設しています。
そして駅舎の左側には屋根付きの無料駐輪場があります。
 
 

駅前です。西方向を望む。
駅周辺は住宅地が広がっています。商店は殆ど見られませんが、約600m西を通る国道151号線沿いには商店が点在しています。
 
一方、駅東側には民家が少なく、約300m東を天竜川が北から南へ流れています。
約400m北東には輝山会記念病院があり、駄科駅は通院利用も少なからずあると思われます。
 
 

また、駅東側には「あさひ豆腐」や「生みそずい」を製造している旭松食品の本店・天竜第一工場、天竜第二工場があります。
長らく駄科の地に本社機能も有していましたが、1990年に大阪へと移転しました。こちらは本店として現在に至ります。
かつては「なっとういち」も製造していましたが、ミツカンに納豆事業(製造部門を除く)を譲渡しました。
 
 



駅舎内です。上写真は東(ホーム側)を、中写真は南西を、下写真は西を望む。
駅舎と言うより待合所といった感じです。外から見れば密室構造に見えますが、ホームから見たらご覧の通りです。暑さ寒さはある程度しかしのげません。
通路の南側にはベンチが3組置かれています。北側の側壁には時刻表と運賃表が掲示されています。
 
駅員配置………なし(国鉄時代の1984年より無人駅)。
自動改札機……なし(無人駅なのでそのまま入場可能です)。
ICカード………利用不可(エリア外。ICエリア内から乗り越しの場合は

                                  全区間現金精算になります)。
出札窓口………なし(現行駅舎は無人駅を前提に再建されました)。
自動券売機……なし(きっぷは車内で車掌から購入を。

                            ワンマンの場合は整理券を取り下車駅で支払)。
自動精算機……なし(車内精算です。事前に車掌または運転士へ申し出て下さい)。
その他設備……ホーム側の側壁に集札箱あり。
駅舎内設備……ベンチ。
トイレ…………あり(駅舎の南側にあります車いす対応トイレ併設)。 
売店……………なし。  
コンビニ………なし(最寄店舗は約1km西北西の「ローソン」)。
 
駅舎を通り抜けるとホームです。駅舎(待合所)とホームの間に段差はありません。
駄科駅はバリアフリーに対応しています。
 
 

建植式駅名標です。電照式ではありません。
JR東海・在来線の標準デザインで、国鉄タイプと同じく所在地も併記されています。
アルファベット部分にはJR東海のコーポレートカラーであるオレンジが塗られています。
尚、飯田線において、豊川駅より北(辰野方)の各駅においては駅ナンバリングが導入されていません。
 
 


駅構造……地平駅(概ね南南西~北北東方向。ホームは緩やかなカーブを描いています)。
配線………単式ホーム1面1線(棒線駅)。
 
番線は設定されておらず、下り飯田・辰野方面、上り天竜峡・豊橋方面とも同じホームに発着しますので、乗り間違えないよう注意が必要です。
また、左側にはどう見てもホーム跡のような構造物がありますが、手前の辰野方は現ホームに面した本線との間隔が狭く、不自然です。
しかし、奥の豊橋方はもう1線分のスペースがありそうな気もします。まさかホーム中ほどで2線が合流するはずはないと思いますが…。
ひとつの可能性として、以前は左側のホームを使っていたものの駅舎とは構内踏切で連絡していたと思われ不便で、利便性向上のため右側にホームを新設し、線路を移設したと私は推測しますが、真相やいかに…。
  
ホーム有効長……4両分(左のホーム跡も約4両分あります)。
ホームドア………なし。
ホーム幅…………全体的に狭いです。
上屋(屋根)………駅舎に面した中ほど約0.5両分。雨天時の乗降は要注意。 
ホーム上設備……待合室(簡易駅舎。空調なし)、集札箱。ベンチは待合室内のみ。
 
ホーム中ほどの駅舎部分に出入口があります。
  
写真は2枚とも豊橋方を望む。
 
 

辰野方を望む。左側に駅舎があり、右側にホーム跡があります。
こちらはホーム側の線路とホーム跡の間のスペースが広いですが、よく見てみると1列車分の幅があるかどうかといったレベルで、やはり駅舎側にホームと線路を付け替えたと推測するのが妥当でしょうか? 
ちなみに、旧ホームは土台を見る限り絶対古いですが、現行ホームも土台は見えませんがさほど新しいとも思えません。
 
 

こちらはホーム跡の豊橋方の端です。東を望む。
スロープ状になっていて、右側に構内踏切があったと断定できます(踏切前の地面に足跡マークが描かれているため)。
現在は構内踏切の復活をさせじと、線路跡部分に機器箱が設置されています。
このホーム跡と過去の配線について、ますます謎が深まるばかりです…。
 
 


豊橋方を望む。
この先、田畑が混在した住宅地の中を大きく右へカーブし、県道237号線と踏切で交差するとすぐにトンネルに入り、河岸段丘の地下を西南西へ走ります。その後はトンネルを出て左へカーブしながら新川を渡り、緑に囲まれた新川の谷を南下するとやがて左側の谷が広がり、時又駅へと至ります。
 
 


辰野方を望む。
この先、左へカーブして右手の崖下に輝山会記念病院を見ながら北北西へ走ります。左手は河岸段丘の崖になっていて、崖上には田園が広がっています。その後は右へカーブして谷へ進むと築堤区間になり、毛賀沢川を渡るとすぐ築堤区間が終わり、丘の上へと戻ります。その後は右へカーブしながら掘割区間を上り勾配で走り、やがて平坦になって田園に住宅が混在した中を北上するようになると毛賀駅(けがえき)へと至ります。
  
  
あとがき  
下車(乗車)時・・・2021年、2022年          
 
単式ホーム1面1線の棒線駅で、無人駅です。交換設備の跡が残っています。駅舎は実質的待合室の簡素なものが鎮座しています。放火により先代駅舎が焼失したため、1999年に新築されました。駅前は住宅地が広がっているため、小駅ながら一定の利用があります。駅裏の東側には旭松食品本店や輝山会記念病院があります。病院がある関係なのか、駅前にはタクシーが常駐しています(但し病院までワンメーターで行けそうな距離ですが…)。余談ですが、私はなぜかこの駅名が好きですw 車掌の「次は駄科、だしなです」のアナウンスに萌えてしまいますww 駅名に「駄」が付くものの、駅周辺は全然「駄」ではないと思います。
  
鉄路のみで  
東京から・・・当日到達可能、日帰り往復可能。中央東線~辰野から飯田線を南下。豊橋経由もほぼ同時間。 
大阪から・・・当日到達可能、日帰り往復可能。東海道新幹線~豊橋から飯田線を北上。 
 
食料・飲料 (500m以内)  
コンビニ・・・・・・なし (最寄店舗は約1km西北西の「ローソン」)    
飲食チェーン店・・・なし   
 
東京、大阪とも到達難易度が高いですが、飯田線を乗り鉄の際は、ぜひ一度は駄科駅でも途中下車してみて下さい!
  
(参考:JR東海のHP、Google地図、Wikipedia)